1982/5/15 ナンシーお姉さんとの対決 リングの上なら先輩も関係ない!!

ジャパン女子プロレスさんのYoutubeより

1982/5/15 大宮スケートセンター ナンシー久美・ジャンボ堀vs松本香・ワイルド香月

 

 

(↓AIでフルハイビジョンに変換した動画です)

[AI FHD 60fps] AJW 1982 05 15 松本・香月vsナンシー・堀大宮スケートセンター

[AI FHD 60fps] AJW 1982 05 15 松本・香月vsナンシー・堀大宮スケートセンターリンクyoutu.be

 

 

松本が1980年にデビューしてからは、先輩からのイジメ、練習のキツさで、灰色の日々が続きます。先輩からのイジメ、練習のキツさ、想像と違う狂った世界、色々な理由で、オーディション合格の11名は、次々にやめていきます。

このときに松本は何とか踏みとどまるのですが、その根本にあるのは、どうやら松本が背負っていた母親への想いだったようです。

父親の酒による暴力でずっと苦労してきた母親、内職でなんとか生計を立ててきた母親を、一日も早く楽にしてあげたい、なんとかプロレスで成功したい。家出同然でプロレスラーになった松本は、ひどいイジメに遭っても、帰る場所はありませんでした。

その時の様子は平塚雅弘著の「ザ・ヒール」に詳しく書かれていますが、せっかくなので、別の本からも引用してみます。

 

「おかあちゃん」より-------------------------------

厳しい練習や先輩のいじめ・・・。

巡業先の奄美大島でのことだ。その時私は熊谷の実家に電話をかけようとしていた。

私はいじめの繰り返しに、すでに耐えられなくなっていた。それでどうしても電話で母の声が聴きたかったのだ。女子プロレスに入って初めての電話だった。それまでは、私は母が心配するだろうと思い、どんなことがあっても電話はかけまいと思っていた。しかしその時だけはダメだった。

「おかあちゃんね・・・」

と切り出したとき、母の声が響いた。

「香、どうしたの? がんばってる?」

先を越されて、私は何も言えなくなってしまった。

"旅は嫌だ。東京に帰りたい!"

久しぶりに母の声を聴いて涙があふれてきた。私は泣いていた。

「どうしたの? 何かつらいことがあったんじゃないの? 泣いているの?」

とっさに私はウソをついた。

「ううん、違うんだよ。悲しいテレビさっき見たばっかりだったから」

公衆電話の向こうに、港を出ていく連絡船が見えた。

「だいじょうぶだよ。しっかりやっているから安心して。つらいこと?そんなのみんなと一緒だから。それよりおかちゃん、体の方、大丈夫? 私のことより自分の体のこと心配するんだよ。がんばるからね、わたし。がんばるからね、おかあちゃん。それだけ言いたくて電話したんだ。じゃあね」

 

一方的にまくし立てて電話を切った。これ以上、電話をしていると大声で泣きだしそうだった。その頃、強がる自分ともろい自分とが、心の中で同居していた。

港を出た。目の前に美しい海が広がっていた。その海ははるか東京にまでつながっていた。

 

この道しかないと決めて入った女子プロレスの世界だったが、理想と現実のギャップは大きかった。まだスタートしたばかりと思っていても、つらいことがあると途端に弱気になった。このままじゃ、とてもやっていける自信はなかった。事実、同期で入団した仲間はそのほとんどがやめていた。世間一般の常識では通用しないところが、この世界にはあった。どんなに耐えたからといっても、それがものになるとは限らない。しかしそれを乗り越えなければ、リングへの夢も栄光の切符も手に入らないのだ。

 

"死にたい・・"と思ったことも一度や二度ではない。しかし死んでどうなる。そりゃ死んだら私は楽になるだろう。だが母の苦労はそのままだ。私が救わなければ、誰が母を救うのか。

"そうだ、泣いているわけにはいかない。がんばらなくちゃ!"

奄美の海は穏やかだった。珊瑚礁がはるか遠くで白い波を立てている。その時、母は自分にとってこの海のようなものだと思った。そう思うと、気持ちが楽になった。明日は二十歳の誕生日、という日だった。

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さて試合を見ていきたいと思います。

今回はナンシー久美が相手です。テレビ撮りでのナンシーとの対戦がどれくらいあったのか分かりませんが、今のところこの試合以外には見つかりません。1980年のB班の地方大会では、何度か対戦したのかもしれませんね。

 

 

ナンシーは普通に美人です。1980年以降、ビューティー時代のベビーフェイスの先輩方は次々と引退していきましたが、1982年まで残っていたのはナンシーくらいかもしれません。女子プロレス下火時代にも、頑張っていたと思います。

 

 

松本の相方はワイルド香月(伊藤 浩江、後のタランチェラ)。デビル軍団のNo.2です。松本と同じ55年組です。格闘センスだけを問えば、55年組でNo.1のセンスだったかもしれません。もしワイルド香月がケガで引退しなければ、ダンプ松本の独壇場はなかったかもしれない、というほど、重要なレスラーだった感じがします。この部分に関しては1984年のまとめで述べようと思います。

ちなみにワイルド香月は、帽子を毎回お客様に向かって投げていて、この姿だけでも格好いいです(これは沢田研二の真似かもしれない)。いかにもデビル雅美が好きそうな大人のキャラクターです。

 

 

一方の松本はミーハー的なガウンにバンダナをしています。デビルあたりが着ると怖そうなガウンですが、松本の童顔と容姿だと、なんとなく、ジャッキー佐藤の追いかけのような格好です。直前に紹介されたワイルド香月とはあまりに対照的です。

 

志生野アナ「そして、松本かおり選手であります」

 

志生野さん、いい加減にその間違いはやめましょう。「かおり」ではなくて「かおる」です。

 

志生野アナ「さぁ、この試合はなにか一波乱もふた波乱もありそうな感じがします」

 

 

松本とワイルド香月は、ブラッグ軍団のためか黒い水着で統一しています。

1982年だと、まだ目立つ水着は先輩の前では着られない感じだったのか、遠慮があったのか、そのあたりは分かりません。

 

 

ナンシーと松本は全く目を合わせません。

 

なにか見ているこちらの方がドキドキする対戦です。松本は「亀の甲羅やら、百発投げやら、今までの恨み、リングで晴らしてやる!!」とう気持ちなのか、「やっぱり先輩は怖い」なのか、どちらなんでしょうね。

 

さてゴング開始と同時にブラック軍団が先制し、何気に松本がナンシーに一発蹴りを食らわします。

 

 

ワイルド香月から松本へタッチ。松本はここぞとばかりににナンシーをロープの反動を利用して投げ飛ばします。しかし、ナンシーはジャンボにタッチ。

 

 

ジャンボを攻める松本。太ってはいるが、泣きながらの股割りでシゴかれたため、足も柔軟です。

 

(ワイルド香月の反則技とワルっぽさに注目)

 

松本の反則技と、ワイルド香月の反則技の使い方に注目です。松本がヒップドロップ、踏みつぶしなどパワフルさをアピールするのに対し、ワイルド香月はリングに顔をすりつぶしたり、ロープに顔をこすりつけたりと、細身ながらテクニックと大胆な気迫ある攻撃を繰り返します。器用でテクニシャン、この時点で同期とは思えないほどの完成度の高さがあります。

 

(松本は分かりやすい重量攻撃)

 

志生野アナ「ヒップドロップなんですけど、松本が落っこちてきますとね」

志生野アナ「内臓が飛び出るような、見てて怖いですね」

志生野アナ「85kgがいま完全に上に乗っかっております。これはたまりません」

 

 

ジャンボからナンシーにタッチしたところで、松本が必殺のラリアートをぶちかませようとしますが、ナンシーはそれをよけて関節技へ。絶対に松本にやられてたまるか、という意地も見え隠れしています。しかしワイルド香月が機転を利かせて、ナンシーの技を解きます。

 

志生野アナ「しかしこういう風にワイルド香月がサッと出てまいります」

志生野アナ「この辺は躊躇しませんね、立派ですね」

解説者「(香月は)そういうところはやはりうまいですよね。心得てますよね、出番を」

志生野アナ「松本にとっては本当に頼もしい先輩ということが言えるでしょう」

 

いや、松本とワイルド香月は同期ですし・・。前もライオネス飛鳥が先輩みたいなことを志生野さんは言っていましたが、A班のテレビ中継をしていた目立った選手と、B班とでは、A班のほうがテレビ登場が早かったので、先輩と勘違いしているんですかね。

 

松本の攻撃開始。まずはボディアタック、そして抱え上げてから落とします。

 


 

 

ここぞとばかりにナンシーを攻撃!!

ここで解説者と志生野アナが気になることを言い出します。

 

解説者「松本にとってはナンシーも堀も全部先輩なんですけどね」

志生野アナ「あ、そうですね」

志生野アナ「本当に先輩を先輩と思っていないような」

解説者「リングにあがれば、立派だと思いますけどね」

志生野アナ「特にブラックはねぇ」

志生野アナ「松本なんか本当にいまナンシーをこれでもかという感じで攻めていますけど

志生野アナ「これ、控室ではこういった態度は絶対に取れないんですよね

解説者「リングだけですね」

志生野アナ「リングの上だけですね

解説者「このときとばかりにやってますね、ハッハッハ


外から見ても全女の異常な縦社会は分かっていたんですね。

 

志生野アナ「松本が登場しますと、場内もなにか沸いております」

1982年時点で、すでに松本の体型は他のレスラーと違って特徴的です。豆タンクのような体はユーモラスに感じます。

 

 

志生野アナ「ああっと、(ジャンボが松本を)抱え上げた」

志生野アナ「今度は抱え上げられました」

志生野アナ「自分の体重がありますんでね、このへんはちょっと苦しいところであります」

志生野アナ「さぁ、ナンシーが待っている!!」


松本が落とされた瞬間に、場内から笑い声が起こります。

相変わらず、松本がいくら悪に徹しも、お客様に親近感を持たれてしまい、今後も悩み続けるところになりますね・・。

 

 

堀が松本を羽交い絞めにしたところへ、ナンシーのミサイルキック。完全には当たらなかったので、松本は難を逃れました。

そのあと、ワイルド香月にタッチしますが、ジャンボのパワーボム2発で3カウント。勝負は先輩たちの勝利となりました。

 

 

ワイルド香月の背中を手当てする松本。

心の中では

 

「くっそー、負けた!! こんちくしょう!! こんちくしょう!! こんちくしょう!!」

 

と思っていたのでしょうか。

控室では、ナンシーへの絶対服従は変わらないわけですし、先輩でも容赦なく攻撃できるのはリングの中だけです。

 

ちなみに当時の本にダンプのナンシーに対する意見が書かれているので抜粋してみます。

(後年にダンプがナンシーと飲みに行っているブログがあったので、いまはほぼ遺恨はないようにみえますが・・)

 

「どんとこい芸能界」より-------------------------

新人のころはさんざんいじめられたぜ。ビューティペアとかナンシー久美とか、女子プロにはスターがたくさんいて、怖い先輩ばかりだった。最近はみんなが自分のことで精一杯で教育も悪くなっているので、三年目ぐらいの子が威張りだすけど、ダンプの新人の頃は先輩、後輩の関係は厳しかった。先輩に「ビール飲め」と言われて飲めないと、アタマからビールをひっかけられた。今のダンプなら喜んで飲むけど、同時は飲めなくて悔しい思いをした。

ダンプはナンシー久美に散々いじめられたんだよね。年は同じだったんだけど、彼女は五年ぐらい先輩。ダンプが新人のときは、強い人だな、と思っていた。プロレスを始めたころは、マットの上でキックされるときって、恐怖なんだよね。だから、キックされると避けちゃう。キックというのは足が縮んでいるときに当たれば、あとは足で押すだけだから、痛くないんだよ。それを知らないときはもう怖くて怖くて・・。ダンプは臆病だからいつも逃げちゃっていたんだよね。それでさ、ナンシーに手を縛られて体中にキックをされ続けた。

ダンプが挨拶しても返事もしてくれなかったこともあったんだ。性格がさ、イジワルだったんだろうと思うよ。でもさ、機嫌がよくて優しいときもあったんだ。どういう心境だったのか、わからないけどね。普段優しければ、試合でマットに上がったときに怖い人でも「仕事には厳しい人なんだ」と理解できるけど、ふだんもシカトされていると、「ああ、イジワルな女なんだな」と思っちゃうよ。

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