
1984年10月号に、クラッシュギャルズが特集されましたので、見ていたいと思います。
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人気沸騰!! 日本列島をクラッシュ旋風が吹き荒れる
"ビューティペアの再来"ともいわれ、今、女のコたちの間で絶大の人気を誇るのがクラ ッシュ・ギャルズ。 ボーイッシュなライオネス飛鳥と、まだあどけなさが残る長与千種のコンビは、リング上では男子顔負けの技を次々とくりひろげ、ファンのドを抜く。
そんな彼女たちが「炎の聖書(バイブル)」という曲で、ついにレコードデビューした。
型やぶりの女子 プロレスラー
クラッシュ・ギャルズって知っている? 女子プロレス界の期待の新星で、若い女の子の間でもすごい人気なんだ。
彼女らってどんな女の子か? まず2人の横顔から紹介しよう。 ライオネス飛鳥。本名は北村智子。昭和38年7月28日埼玉県 蓮田市の生れなんだ。
埼玉県立蓮田高校を卒業後、 元女子野球ニューヤンキースの練習生になったんだ。でも、女子野球は将来性がないと思い、 女子プロレスに入ろうと、昭和 55年の新人オーディションを受け見事に合格したんだ。
「小学生の頃、ビューティペア を見て女子プロレスに憧れていたんです」
55年5月10日大宮スケートセ ンターでデビュー。同年の新人王決定戦で大森ゆかりを破って新人王になったんだ。
56年1月4日に全日本ジュニ ア・チャンピオン。そして57年7月19日、東京の大田体育館でマスクド・ユウとの二度目の死闘の末、全日本チャンピオンになったんだ。
ボーイッシュでダイナミックなファイターとし て人気を集めた。 身長170cm、体重68kg、B88・W72・H93 趣味 映画鑑賞。
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長与千種は本名も同じ 昭和38年1月8日、長崎 県大村市に生まれた。
大村市立玖島中学を卒業した昭和55年4月に、 全日本女子プロレスに推薦されて入門した。 「小さい頃から沖縄の小林流空手を習ってたでし ょう。それで注目され九州のプロモーターから推薦されて女子プロレスに 入ることになったんです。 女子プロレスは小学生時代からずっと憧れていたんです」
55年8月8日、田園コ ロシアムでデビュー。
「ところが、その年から翌年にかけては病気ばかりしていて、ぜんぜんパッとしなかったんです」
第3代全日本ジュニア・ チャンピオンになった。 型破りな試合ぶりは女子プロレスの"長州 力"といわれて人気を博した。
身長165cm、体重63kg B88・W67・H90。
ライオネス飛鳥と長与千種がタッグを組む ことになったのは昨年 の夏。 「私達の上にはジャガー横田、ミミ萩原、シャンボ堀、大森ゆかりらがいて、このままじ 浮び上がれないでしょう。 その危機感が2人を結びつけたんです」
セールスポイントは空手。長与の得意な空手殺法を武器にし ようと、極真空手の山崎照朝氏に特訓を受けた。
そして、58年8月27日、クラ ッシュ・ギャルズは、WWWA 世界タッグチャンピオンの大森ゆかり・ジャンボ堀組と対戦し、同じ技を交替でくり出すクラッシュの連係プレーで、チャ ンピオン組を追いつめたが、試合は負けた。
だが、この試合で クラッシュの人気は盛り上がっ た。なお、この試合はその年の年間最優秀試合に選ばれた。
シブがき隊も真 つ青の振り付け
8月21日、クラッシュ・ギャルズのデビュー曲『炎の聖書(パ イブル)」がビクターから発売された。
軽快でリズミカルなアクショ ン・ポップスで、激しい動きで歌いまくりシブがき隊も顔負けとの評判だ。
「レコードを出すって聞いたと きは、どうして私達が? と思 いました。歌は嫌いじゃないけど、とてもプロとしてやってゆ く自信がなかったからです。でも周囲の人達に"なにごともいい経験になるから"と説得され やっとその気になったんです」 レコードを出すことに最初は ちょっと抵抗した2人だが、 「やるからにはヒットを狙って がんばります」とファイトを燃やしているのだ。
さらに、10月5日にはファー スト・アルバム(題名未定)も 出ることになり、クラッシュ・ ギャルズは激しい試合のあい間をぬい、レコーディングのためスタジオ通いを続けているのだ。 「デビュー曲のレコーディングの時は、なんにもわからず精神的にもすごーく疲れました。でも今度はだいぶ馴れてきたでし よう。わりとリラックスして歌えるようになりました。プロレスとはまた違った楽しさが歌にあることが少しづつわかるようになってきました」
レコード関係者も、「リズム感もいいし、声にのびとパンチ力がありますね」
と歌手クラッシュ・ギャルズに期待しているんだ。
女子プロから芸能界入りしたタレントといえば、マッハ文朱を筆頭にミミ萩原、ジャッキー 佐藤らと多いよね。でも、クラ ッシュ・ギャルズは、「リングを捨てて芸能界入りするつもりはぜんぜんありません。
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あくまでもプロレスを続けてい きます。プロレスと歌を何とか両立してやってゆきたいんです」
プロレスと歌の両方に全力投球しようという2人なのだ。
「全盛期のビューティペアの人気にくらべると、まだ少し負けていますが、これで歌がヒットすればビューティの人気を追い越す日も近いでしょう」と女子プロレス関係者も期待しているのだ。
ビューティペアとは違います!!!
現在、飛鳥と長与はいつも行動をともにし、チームワークの充実をはかっているのだ。
「入門したのは同じだったが、最初から仲がよかったわけじゃないんです」
入門後、とんとん拍子でめざましい活躍ぶりを見せたのは飛鳥の方で、長与は環境の激変から病気となった。
「試合に出れば負けてばかり。体も気持も両方おちこんでいる 時、飛鳥ははなばなしく活躍していたでしょう。すっかり離された感じだったわ」
と長与は当時をふり返るのだ。 ところが、長与が健康を取り戻し、予想もしないスピードで脚光を浴びはじめると、今度は、飛鳥が壁にぶつかり低迷しはじめた。
「長与が全日本ジュニア選手権を取った日に、私もひとつ上の全日本選手権を取ったんです。 ところがダンプ松本に王座から引きずりおろされてから、急に弱気になっちゃったんです」
全日本ジュニア選手権を獲得してからの長与は連戦連勝の快進撃を続けていたが、立野記代に敗れて彼女も再び挫折した。
「少しずつ大きくなっていた自信が一気にしぼんじゃったわ」
壁にぶっつかり悩むことが 2人を近づけたようだ。どちらかともなく話すようになった。
「いまのままだと、一生浮び上がれないんじゃないかって思ったんです。どうすればいいか? 長与の得意の空手殺法を2人の 武器にしてやってみない? それでぴったり話が合ったんです」
こうしてクラッシュ・ギャル ズが誕生した。
「一番大変だったのは、山崎照朝先生の空手の特訓でした。長与は空手二段でしょう。彼女のレベルに早く追いつかなければ と必死でやったんです」
持ち前の根性と運動神経で、 飛鳥の技術はぐんぐん伸びた。 そして、昨年の"フジテレビ杯トーナメント"で2人は見事に 優勝し、人気を不動のものにし たのだ。
「でも、まだまだです。いま以上に練習し、近い日にWWWA チャンピオン・ベルトを取らなくちゃ」
と、ますます意欲を燃やす2 人なのだ。
ところで"ビューティペアの再来"と言われることに2人は 反発する。
「ビューティのようなショー的 プロレスには賛成できないん です。あくまで格闘技としての 本質を極めていきたいと思っているんです」
プロレスに歌に、クラッシュ・ギャルズ旋風が吹きまくるこ とだけは間違いなさそうだ。
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飛鳥が空手の特訓をどこまでしたのかはあまり興味がなかったのですが、山崎照朝さんの本によると、数日程度のようにみえます。合宿による会得だと思うので、見様見真似的なところがあるのは否めないのですが、"空手"つまり、シュートスタイルというのが当時は流行していましたから、ポーズだけでも十分にウケる要素だったと思います。
また、「ビューティのようなショー的なプロレスには賛成できない」というのは、このときの2人の共通の言葉ですが、結局飛鳥はプロレスに専念したくて芸能活動から離脱して、長与と別れてしまいます。長与は家族や生活のこともあって芸能を一人で続けていきますが、なかなかペアで意見を一致して続けていくのは難しいのかなと思いました。
↓ちなみにクラッシュの空手など通用しないという極悪同盟のインタビュー。
いまとなっては、確かにクレーンの言う通りの感じがします・・。(^^;