1984/10/31 単行本女子プロレスララバイ その③ 本格ジャーナリストが描く女子プロレス

②の続きです。

 

 

(反則負けの裁定に不満なユウは、リング・アナに抗議する。拍手なきカーテン・コールといったところか)

 

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童顔で愛嬌のあるダンプ松本が陽のヒールなら、底知れぬ凄みを漂わせたクレーン・ユウは陰のヒールだろう。
 

クレーン・ユウ。東京都北区滝野川出身、中学時代から不良グループに入って家族中を困らせていたという本格筋金入り。そんな娘に父親だけは理解を示した。


「ハンパなことだけはするな! やるなら自分の責任で徹底してやれ」
これが父親の主義だった。高校を一年で中退して女子プロレス入り、十七歳でプロデビューした彼女はそれから二年後にマスクをつけてマスクド・ユウとなった。そして三年半を経た五十九年四月、後楽園ホールでのクラッシュとの対戦でマスクを剥がされ、素顔にもどった。本荘ゆかり(本名)でデビューしてから五年の歳月が流れていた。

 

「マスクをかぶっていると視野が狭くて闘いにくかったけど、いざ素顔でリングに上がると、もう恥しくて恥しくて……」と豪快に笑うユウ嬢。胸に隠した凶器をリング上でポロッと落とし、慌てて拾う場面を何度も見たが、あのほほえましい姿が、彼女の屈託のない笑いと重なった。


五十八年九月、彼女のよき相談相手だった父親が肝臓ガンで亡くなった。その日の興行地は栃木県足利市で、テレビの録画どりが入っていた。入院中の父親は、娘の元気な姿をテレビで見るのを楽しみにしていた。娘はいつになく張切った。試合を終えて家に電話すると、おばあちゃんの泣き声が飛びこんできた。
「さっき、父さん死んじゃったよ」
「……ウソォー」
あとは声にならず、電話口にしゃがみこんでしまった。
不良少女は、とうとう父親の死に目に会えなかった。家族のなかでたったひとリプロレス入りに賛成した父親は、その娘に看とられずに逝った。その夜、国松マネージャーは、東京に向って全速力でレッド・フェニックス号を走らせた。 一分でも早く家にたどり着きたいと願うユウ嬢の気持ちが痛いほどわかったからである。

 

ヒールのお二人には、はげましのお手紙はまずこない。プレゼントもこない。来るのは抗議の手紙ときまっている。なかでも、「ブタ、死んじまえ!」がいちばん多い。ダンプ嬢には「埼玉県の恥!」と書かれた手紙がカミソリ同封でよく来る。
会場でのヤジや抗議文がふえたことが、最近ようやくうれしく思えるようになった、とプロらしい発言も聞けた。ただ、お二人とも家族から諫められるのがいちばん悲しいという。クレーン・ユウは大好きなおばあちゃんから「お前、なんであんなことすンの。あまり悪いことしないでね」と言われ
るのがつらいと言った。

 

最年長のダンプの場合、もっと悪に徹すべきだとまわりから言われ、自分でもそう思っていたので、最近とみに凶悪ぶりがエスカレートしている。髪を金髪に染めてスパナを振りまわし、クサリでチョーク攻めする悪行ぶりは目にあまるものがある。憎々しく振るまうアウトローぶりも板についてきた。
 

郷里の母親は、娘のあまりの変わりように驚いて、テレビ中継のあった夜に電話をかけてきた。
「あんた、どうしてそんなに悪い子になったの。昔はもっといい子だったのに」
仕事だから仕方のないことだとわかっていても、母親としてはひとこと言わずにおれなかったのだろう。
「もう埼玉には帰ってこないで。ご近所にあわせる顔がないわ。そんな髪の毛になって、一緒に町も歩けない」
叱る母親は事情をよく知っている。

 

叱られている娘も本当の母親の気持ちをわかっている。どちらが悪いわけでもないし、心底から出た言葉でないことをお互いが知っている。
ダンプ嬢は最後にこう言った。

「どんなにブタ、死ねッ! って言われても悪役だからそれはいいんです。だけど、中年のおばさんから卑怯者! って言われると、無性に悲しくなるんです。お母さんに意見されているようで、いちばん胸にこたえます」
 

ジャガー横田やクラッシュ・ギャルズに声援をおくるお嬢ちゃんたちよ! 君たちの憧れのスターが、実は、二人のヒールたちによって支えられていること、彼女たちがいるからこそ輝いて見えることを、どうか忘れないでくれたまえ!

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選手のカラダに触らないでください

 

リングサイドが燃えだすと、いろんな客が吠えはじめる。
「外人女、お前が悪い。警察呼ぶぞ!」
「おいダンプ、お前それでも日本人か― 凶器なんか使いよって、恥を知れ、恥を!」
「デビル、やめて― 千種が可哀相!」
「凶器を調べろ、オッパイに隠したぞ! レフリーなにやってんだ!」
老若男女、それぞれの熱いメッセージがリング上で交錯し、夜空に吸いこまれてゆく。
プロレスにつきものの場外乱闘も、女子プロの場合は、男子プロレスとひと味違った色合いをもっている。客席めがけて選手が突進してきても、逃げるどころか、男性客はむしろそれを喜んでいるかのように、ニヤニヤデレデレと待ち構えている。なかには、このときとばかリカラダの柔らかい部分に手を伸ばす不届き者がいる。

 

″女子プロ界の聖子ちゃん″で人気のある立野記代は、その最大の被害者で、客席になだれこむとどこからともなく手が伸びてきて、ボリュームたっぶりの胸にタッチされる。股間に手がすべりこんだこともあったそうだ。最近はそうでもなくなったが、いっとき場外乱闘ノイローゼになって、座席にぶつけられる痛さより客に触られる恐怖が先に立ったという。直接の被害ではないが、お目当てのレスラーがリングで闘っている姿を見ながらマスターベーションしている学生もいるほどだ。


この手の被害はカワイコちゃんレスラーに限られていて、ダンプ松本やクレーン・ユウには魔手は伸びてこない。ただ、正義感に燃えた単純バカな客が、ヒールの反則に激怒して無謀にも手向かってくることがある。
 

ダンプ松本は、以前そういう客にうしろから缶ビールで殴られたことがあって、振りむきざま反射的に客の顔面めがけて強烈なパンチを喰らわせてしまった。殴られた客は座席三列分ふっ飛んだらしい。その客がどうなったか知らないが、試合後、ダンプは国松マネージャーにこっぴどく叱られた。

いくら女性と言えども、百キロの肉体から飛びだすパンチカは相当だろう。

 

阪神タイガースの島野、柴田両コーチが審判に暴行を加えて一シーズン棒にふった事件は記憶に新しいと思う。その翌年、僕は甲子園球場へ行ったのだが、試合中、またも審判のジャッヂに阪神側が抗議するという場面があって、両チームが険悪なムードに包まれた。当然、阪神ファンは騒ぎだし、ヤジが飛び交った。ご存知のかたも多いと思うが、トラキチのヤジはえげつなく、おもろい。そのときのヤジで出色だったのが、
「シマノ行け! お前の出番や!」
これには笑った。周囲の観客にドッと受けた。
女子プロの場外乱闘で、カワイコちゃんレスラーが客席めがけて投げ飛ばされる。厚かましい中年男性客は「こっちに投げてくれ」とニタニタ笑いを浮かべて待ち構えている。投げられたレスラーが地面に叩きつけられると、不届き者が胸やお尻に手を伸ばす。レスラーの歪んだ表情には、痛さよりも不快感が浴れている。お客さん、触るのやめてください、きっと彼女はそう言いたいのだろう。でも、本人がそんなことは言えない。じっと我慢している。そのときだ、僕が叫ぶのは。

 

「ダンプ行け! あんたの出番だ!」

 

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