1984/10/31 単行本女子プロレスララバイ その② 本格ジャーナリストが描く女子プロレス

①からの続きです。

 

 

(動物好きのダンプ嬢は、ポロンとクルミの2匹のポメラニアンを飼っている。これは1983年夏のひとコマ)

 

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恐怖のデビュー戦


「一人だけ殺してもいいって言われたら、わたし、ナンシーさんを殺してたでしょうね」
いきなり物騒な発言で恐縮だが、こう言ったのは一人や二人だけではない。ナンシーさんとは、ビューティ・ペア全盛期にビクトリア富士見とペアを組んで活躍したナンシー久美のことである。現在活躍しているスター選手の多くが、ナンシー久美のシゴキを体験し、殺したいとまで憎んだ。


ここでシゴキの内容を詳しく述べる気はない。それを書いてしまうと、どうしても加害者を糾弾するスタイルになって公平を欠く。現役選手側の感想は聞けても、当のナンシー久美の発言が拾えないのでは仕方がない。スポーツの分野において、上級の者が下級の者に制裁を加えることはよくある。それが女性特有の陰質さに覆われていたとしても特異な事例とは言えないだろう。殺したいほど憎んだ、この言葉だけで充分だと思う。

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(ノーメイクのときと、メイク後がこれど変わる人もめずらしい。メイクした顔を鏡で見て、「我ながら怖い」というのも、ダンプらしい)

 

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がんばれヒールたち!
 

「ひと粒で三度おいしい」っていうのがたしかチョコレートのコピーにあったと思うのだが、「ひと興行で七試合楽しめる!」なんてキャッチフレーズ、女子プロンスは使わないだろうか。
新人同士のシングルマッチに始まって、小人プロンス、セミファイナル、メインエベントまで、歌謡ショーを含めてたっぷり二時間半、ボリューム感いっぱいの興行である。

 

冬場は屋外での興行ができないので体育館がほとんどだが、四月に入ると、オープン興行がスタートする。試合開始が六時半、夏になると七時開始となるが、まだ空は明るいので第一、第二試合は薄暮試合である。そして、日がとっぶりと暮れ、場内の雰囲気が次第に高まってくるころになると、選手通路が急に騒がしくなる。まがまがしいテーマ曲によって、われらがヒ―ルたちの登場である。
 

悪行のかぎりを尽くす憎っくきレスラーは、ダンプ松本、クレーン・ユウ(マスクを剥がされてしまったのでマスクド・ユウを改名した)の凶悪二百キロメガトンコンビ。デビル軍団解散も辞さず、ひたすら悪の道を極めておられるたのもしいお二人である。
 

黒いノースリーブの皮ジャン姿で、クサリを振りまわしながらゆっくりと、凄みをきかせてリングに上がる雄姿はなかなかのアウトローぶりだが、だからといって、まわりのお客さんが恐怖のあまリドヤドヤとうしろに下がるかというと、断じてそういうことはなく、終始ニヤニヤとおだやかな面持ち。こういう場面を指摘して、男子プロレスとの比較論を展開する人がいるが、そういう野暮はこのさい切り捨てることにする。とにかくお二人は、コワーイコワーイ悪の権化となって、ベビーフェイスをいためつけるのである。


彼女たち二人がいなければ、ベビーフェイスの華麗な技が生きてこないのは言うまでもない。観客の罵声を一身に浴びてこそヒールの存在が認められ、アイデンティティが確立されるわけで、ベビーフェイスがバラの花なら、ヒールはトゲ。トゲのないバラの花は存在しないのだ(品種改良で新種があったらゴメンナサイ)。
 

しかし、僕がいくらヒールに絶賛の拍手をおくったところで、ご本人たちが感じておられる悪役の悲哀は拭えない。同じ女性に生まれながら、ベビーフェイスは熱烈歓迎でテープひらひら、こちらは「ブタ、ゴー・ホーム!」の罵詈雑言、ときにはビールの空缶が飛んでくることもある。
プロと名のつくかぎり、ヒールは悪に徹しなければならない。ダンプもユウもそのことは充分に承知しているのだが、その裏にチラチラ見え隠れする乙女ごころがある。想像した以上に、お二人とも実に愛らしい。そうして、話を聞いていて、どちらにも共通するところのものは気のよさである。


ダンプ松本は、埼玉県熊谷市の高校を卒業して五十五年にプロレス入りした。現役最年長だが、キャリアではジャガーやデビルより短かいことになる。子供のころから料理が好きだった彼女は、高校を卒業したらケーキやクッキーをつくる仕事につきたいと思っていた。だから高三になって、地元のパン製造工場に就職が内定したときは、就職担当の先生から先方の人事課ヘウェデイングケーキをつくる部門に配属をたのみこんでもらったほどだ。希望が叶った彼女は、きっと心をときめかせたことだろう。将来、小さな可愛いケーキ屋さんを持つ夢を描いたと思う。


この時点では女子プロレスに入りたいという希望はまったくなかった。高校在学中にマッハ文朱のファンクラブに入っていたが、それはあくまで応援する側でしかなかった。

ケーキ屋かおるチャン(本名は松本香)を夢みていた女の子の人生を変えたのは、久しぶりにテレビで見た女子プロレス中継だった。ブラウン管にはジャッキー佐藤が映っていた。
このときの気持ちの変化はいまでも説明がつかないらしく、彼女は何度も「どうしてかなァ」とつぶやいた。こういうわりきれない気持ちを勝手に想像するのが僕は好きなので、だから勝手に分析させてもらうのだが、
それは、男が、安定より波乱を選ぶことで自分の男らしさを確認できるのに似ていて、女は女独特の勘や嗅覚によって、自分の人生の価値を見いだしたいと願っているせいではないだろうか。さらに考えれば、女に生まれたことへの反発がどの女性のなかにもあって、どうしようもなくやりきれない心情を何か荒々しいものにぶつけたいと心の隅っこで希求しているのではないか。とにかく彼女はケーキづくりの道を捨て、荒々しいものに賭けた。


就職先のパンエ場からは「今後、君の高校からは人を採らない」とまで言われ責任を痛感したが、ひたすら平身低頭、謝罪につとめプロレス入りを実現している。
 

当初から彼女はヒール役に選ばれたわけではなかった。入門一年後に社長から「どちらでも好きなほうを選べ」と言われたとき、自分からヒールを買って出たのである。他人のいやがることをすすんでやる犠牲的精神があったわけではない。彼女は外人レスラーが怖かったのだ。ベビーフェイスなら外人選手との対戦は避けられない。それまで身近かに外人を見たことがなかった彼女は、ただただ外人の大女がオソロシカッタという。外人が怖かったからヒールになったというのもおかしいが、そのあたりにダンプ松本のチャーミングな一面がうかがえる。

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