クラッシュブームを取り上げた「毎日グラフ」から引用します。
-------------------------------------------------------
ロバート・アルドリッチの女子プロレス映画「カリフォルニア・ドールス」に出てくる主人公アイリスとモリーの両選手は、リングに上がるたびに、欲望に満ちた中年男たちの好奇な目に絶えずさらされるのであった。試合が賭博の対象にされることもあり、賭けに負けた観客の中には、その腹いせにこんな野次を飛ばすものさえいたのである。
「おーい、次の試合から、その水着脱いでやったらどーだい!」
日本の女子プロレスも草創期はこれと似た寄り寄ったりだったらしい。
今のように何千人も入る大きな体育館で開かれることはなく、会場のほとんどがキャバレーやナイト・クラブだった。選手たちはプロレスをやってるつもりでも、男たちにとってはストリップ・ショーとたいして変わらなかった。暗い席に座った酔客たちは、ホステスにビールでも注いでもらいながら、あの「カリフォルニア・ドールス」の中年男たちと同じような淫靡な目で選手たちを眺めていたのである。場外乱闘になると、ドサクサにまぎれて選手の体に触る客もいたほどであった。
そんな女子プロレス界に転機が訪れるのは、70年代中盤に入ってからである。ジャッキー佐藤とマキ上田のタッグ・チーム、ビューティー・ペアーの誕生が、大きなきっかけだった。20年以上にわたり日本のプロレス界を見続けてきた志生野温夫アナウンサー(元NTV、現在フリー)が、こう語る。
「ビューティー・ペアーの人気が女子プロレスのファン層を全く 変えてしまいましたね。中年の男性に代わって小中高校生、それも 女の子のファンが圧倒的に多くなったんですよ。中年の男たちは、自分の娘ほどの年齢の客ばかりなので、もう恥ずかしくて見にこれないんじゃないですか」
女子プロレスがなぜそんなに人気があるのか。10月の巡業先の一つである千葉・船橋市民体育館に集まったファンに、その魅力のほどを聞いてみた。 「カッコいいし、根性のあるところが好き」(純子、中2)「女なのに強いから。それにライオネス飛鳥の髪形が可愛い」(由美子、中2)「ジャイアント馬場なんかより女子プロレスラーの方がスピードがあるから。男のプロレスはウソくさい」(昌男、中1)「強さに対するあこがれ」(真由美、高1)「 可愛いし、迫力もある」(愛、中3) 「長与千種がカッコいい」(和子、小5)「リング上では迫力があり、普段は可愛い。その違いが魅力的」 (みどり、高2) 返ってきた答えは、だいたい二通りに分けられる。簡単に言えば、一つは女子プロレスラーの「可愛らしさ」であり、もう一つは「強さ」とでもいったものである。この「可愛らしさ」と「強さ」は別別のものではなく、ファンにとっては絶えず背中合わせに同居しているものなのである。
つまり、こういうことだ。男子プロレスは「可愛らしさ」がないから魅力がないのであり、芸能界のアイドルたちは「強さ」がないから面白くないのである。女子プロレスには男子プロレスと芸能界のアイドル・タレントの魅力が、それぞれ同時に備わっているらしいのである。
「女子プロレスというのは、 ファンの子にとってパワーのある宝塚歌劇だと思いますよ」と志生野アナ。
人気のある女子プロレスラーが 総じて化粧っけがなく、しかも女盛り一歩手前の20歳以下というのも、「可愛らしさ」と「強さ」のバランスがちょうどそのへんでとれているからだとか。
志生野アナが続ける。
「女盛りで、色っぽい選手になると、小中学生のファンにはあまり人気がなくなりますね。逆にそういう選手は、中年の男性のファンが多くなるんです」
女子プロレス界当代一の人気者は、ライオネス飛鳥・長与千種のタッグチーム、クラッシュギャルズ。今年の8月には「炎の聖書」でレコード・デビューし芸能界入り。すでに10万枚売ったという。
「小6の時、ビューティー・ペアーを見たのがきっかけでした、この世界入ったのは。『女のくせに』なんて言われていたにもかかわらず、世間の人に認められ、しかも私たちに夢まで与えてくれ、すごい人たちだなと思いました。
自分もプロレスやって、『女のくせに』なんて言った人たちを見返してやろうと思って」(千種)
「子供の頃、肥満児コンプ レックスだったんです。そこへビューティー・ペアーが現れ、火をつけられて。自分もやりたい、やらなきゃいけないと思って。コンプレックスがよけいそうさせたんでしょうね。思い込んじゃうと、他人の意見、絶対聞かないタイプです から」(飛鳥)
一途なところ、少々気が強いところを除けば、二人とも全く普通の女の子である。「芸能界の雰囲気にはあまりなじめない」というように、芸能人にありがちな妙な気負いや、てらいはまるでない。
悩みの種はケガ。仕事がらケガは絶えないのだが、女子プロレス界を背負う売れっ子になると、少少のケガぐらいでは試合を休めないからだ。飛鳥は膝に、千種は膝と腰に、それぞれかなり強い打撲傷を負っているが、連日のように試合があるため、なかなか治らないという。「試合を休むと不安で。後輩に追い越されるんじゃないかって」と飛鳥。
千種がこんなことを言った。「控室の鏡の前で着替える時、なんで男に生まれなかったのかと思うことがありますね。男だったら下(パンツ)だけでいいのに、女は上もつけるでしょ。面倒くせー ーなーとつくづく思いますね」
約三千人の観客で埋めつくされた会場に、突然ロックのリズムが流れ出した。その一瞬、ファンが席を立ち、大挙してリングに向かって走り出す。会場内にこだまする激しい足音。ほとんどのファンがカメラを持っている。
目指すは、青コーナーの選手入場口。係員が席に戻らせようと、 ファンの波を押し返すが、ファンたちはまたすぐ戻ってくる。その繰り返しが何度かあるうち、クラッシュギャルズが入場。「チグサーッ!」「アスカーッ!」。ロックのリズムと黄色い声が、激しく交錯する。クラッシュギャルズがリングに上がると、またあの轟くような足音。今度はファンが席に帰る足音だ。
「メーンエベント、60分3本勝負―」。選手が紹介されると、紙テープがあちこちから飛び始める。色とりどりのテープが、またたくまにリングを埋める。係員たちはテープをリングから掃き出すのだが、余りにもその量が膨大なため、 ちょっとやそっとでは片付かない。
ゴングが鳴った。悲鳴に似た声援がさらに大きくなる。「頑張ってーッ」「危なーい、逃げてよーッ」「ヤッチャエーッ」「髪形、可愛いわよーッ」「行けー」。
敵役には逆にこんな声も。
「テメー、汚ねぇことすんなよーッ」「厚化粧すんなーッ」「バカヤローッ、死ねーッ」「目付きが悪いんだよ、テメーはッ」
思いつく限りの悪罵。ほとんどが、女子中高校生のファンから発せられた言葉である。別にツッパリというわけでもない。どこにでもいる平凡な女の子なのである。
男女を問わずプロレスには筋書きがある、八百長だという非難がつきものだが、ファンにとってそんなことは多分、どうでもいいことなのである。たとえ筋書き力ある としても、それは十分承知の上。まるで巧みに演出されたドラマを見るように、プロレスを楽しんでいるのである。少なくとも大人たちがプロレスを見るようなシニカルな目は、彼らのどこを探しても見当たらない。
試合終了後、会場から出てきたファンたちは、だれもが何かをやりとげたような充足感に満ちあふれていた。まるで何かに復讐でもしてやったかのような充足感てある。一体だれに復讐したのか。アホな先生にか。分からずやの親にか。喧嘩に負けた友達にか。社会にか。それとも、その全部にか。
また女子プロレスを見る機会があったら、彼らにその内なる復讐劇について聞いてみようと思う。
-------------------------------------------------------