山崎照朝さん著の「女子プロレス物語」に髪切りマッチについて詳細が記載されているので引用します。
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"髪切りマッチ"に興奮
一万三千ファン押しかける
武道館からわずか六日後の八月二十八日。大 阪城ホールも満員のファンで埋まった。 こけら落としして一年足らずの同ホールは収容人員一万七千人を誇る大会場だ。
地元で人気のあるボクシングのJ・バンタム 級王者、渡辺二郎が九月に世界タイトルマッチ を行ったが観衆は一万人だった。
「大阪は入らない」。女子プロのフロント陣はこれまでの実績から大阪を鬼門視していた。だからこれも一種のカケだった。
武道館の大成功が、大阪城のホールで不入りなら傷がつく。「お手並み拝見や」という冷ややかな声が興行界にはあった。
しかし、館内には武道館並みの一万三千人の ファンが駆けつけてきた。でも、武道館のあの熱狂ぶりとは異なる雰囲気が充満した。
一種異様なムードが支配した。
それはこの日のメーンイベントのカードと試合形式が並大抵のものではなかったからだ。 絶えずリングに血の雨を降らせる極悪同盟のボス、ダンプ松本とクラッシュの長与千種の遺恨をかけた対決、それも敗者が髪を切るという、 まさに女の意地をかけた一戦だった。
「武道館は飛鳥が主役。今度は個人人気NO.1の千種が主役ですからね。それも髪切りマッ チというので千種のファンは落ち着いていられなかったんじゃないですか」。
小川広報は大観衆を見やりながら、こう語ったが、ファン心理を よくついていた。
ダンプは、クラッシュ・ファンにすれば憎っくき敵だ。悪玉を正義の女戦士が、いまこそKOする、そんな勧善徴悪のドラマ性が大動員をかけたのだ。
「先生、千種は勝つよう」。試合前から千種ファンが私に何人も声をかけてくる。「勝ってほしい」気持ちが強過ぎるのか、みんな声を震わせ、 不安そうな顔つきだった。中には「千種は絶対に髪を切らないよね」と涙を浮かべる少女も。
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「あの時は本当にみんなが泣きました。 ジャガーさんが髪を切るなんて思ってもみなかった」。 千種は日本マットで過去たった一度だけあった 髪切りマッチを思い起こす。 五十八年五月七日、 横田がメキシコの覆面レスラー、ギャラクティカと、髪切りか、覆面はぎかをかけて戦い、横 田が負けて黒髪をマットに散らしたものだ。当時、泣いた千種が、いま髪をかける。それも怨 敵・ダンプと。 この両者の憎悪は三年前に始まる----。
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影武者集団で襲う
「ダンプはどいつだ!ひきょうだゾ!」
千種は絶叫した。それはだれがダンプか見分けがつかないほど完ぺきな影武者集団だった。 騒然とする巨大ホール。時間の経過を気にし氏家リングアナは赤コーナーの千種からコールした。一瞬リングを消してしまうかのような 七色の紙テープの乱舞。新人選手がテープを片 づけるのもつかの間、 氏家アナが「青コーナー ・・・・・・」とまで言った瞬間、影武者集団が千種に襲いかかったのだ。
セコンドについた横田、飛鳥が援護、リングは乱闘と化した中でゴングが鳴った。
髪の毛をつかまれ、投げ飛ばされる千種。 コーナーでは飛鳥と横田が襲われ、リング下へ。 千種は的が絞れず集団で襲う影武者になされるまま。やっとの思いでリングへ逃げ帰った千種 は「ダンプ、上がってこい」と怒りの絶叫を繰り返した。 これに応じるように影武者の一人がおもむろにリングへ上がってきた。 そして黒装束のコスチュームを脱ぐと素早くマスクをはいで身構えた。
それは紛れもなく金髪に鬼化粧を施したダン プだった。
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個性が売り物のプロレスとはいえ、これほどまでのダンプの演出をだれが予想しただろう。 超満員の憎悪。これがダンプの狙いなのだ。 「ファンが怒るほど燃える。 人気のクラッシュをいじめる。そこに極悪がアピールする最高の舞台がある」
クラッシュと同期でオーディションに合格し ながら四度のプロテストに失敗。
「お前はプロレスラーにはなれない」と会社から引導をわたされたにもかかわらず、宣伝カーに乗って興行の手助けをしながら、下積みの中でつかんだ生きる道。ダンプが悟ったプロレス道は「悪もエンターティナー」だった。
過激さを通りこした非道の極悪で、千種を血 の海に沈め、醜い姿をさらけ出させることによ って、ダンプは"悪の華"となれる。「どんなことしても勝って千種を坊主頭にしてやるぜ」。ダンプは自分の正体をさらけ出すと、 次の瞬間、極悪化粧のごとく、鬼となって千種に襲いかかっていった。
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前半の青字の部分が事実とは異なるような感じがします。これはジャパン・タッグ・トーナメントのような感じもしますが、未放送の部分でこのような演出があったのでしょうか。
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極悪残虐ダンプハサミ額攻撃
「髪切りマッチ」はダンプの無法ファイトで火ブタを切った。
165センチ、100キロの巨体をおどらせ千種の顔をかきむしる、髪の毛をワシづかみにして引 きずり回す。
今度は太もも30秒の両足ではさみ、丸太のよう な腕で首をしめる。
いまこそ極悪の残虐ぶりを見せるチャンスー―とばかりダンプは暴れた。 影武者を使う意表 策で千種の動揺をさそい、一気に反則で体力を奪うダンプの作動通りの試合運びとなった。 反則、そしてダンプ得意のラリアート。すかさず場外へ連れ出すと、影武者がバケツやチェーンで凶器の"集団リンチ"。場内は悲鳴がウズ巻いた。
千種はやっとの思いで影武者のバケツを奪うとダンプにお返しだ。これに逆上したダンプは 「髪切り」儀式のために用意されたハサミを目ざとく見つけると、リングアナらの制止を振り切り、ハサミを奪った。
流血地獄の幕が開く。 ハサミが千種の額を一撃。なんとも形容しがたい奇声を発して、ころげまわる千種に、第二、第三の攻撃が......。 千種の額から鮮血がほとばしる。 薄笑いを浮かべ るダンプ。それは見るも無惨なシーンだった。 ダンプへの涙声の「帰れ!」コールが爆発す る。「こりゃアカンわ」。私のうしろに座っていた 中年婦人は泣きじゃくる子供に同情して「チグサ!」コールを叫ぶ。
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千種は必死で反撃だ。だがせせら笑いしなが ら、ダンプは意識もうろうの千種に今度はチェーンで猛攻。
八分経過のアナウンス、その時である。国松マネは植田コミッショナーに「中止」を申し出 た。それほど危険な状態だった。植田氏は「タオルだ」と断を下し、国松マネが千種コーナーに走り、若手選手のタオルを奪うと投げ入れた。 いっせいに起きる泣き声とバ声。一万三千人のファンはありったけの声をふりしぼって「チグサ」の名を叫んだ。
だが、 千種は「タオル」を拒否した。フラフラしながらタオルをひろうと、リング外に投げ捨て、試合続行をアピール、ダンプに死力をふりしぼりアタックをかけたのである。
善玉と悪玉、三年にわたる二人の確執。負け れば極悪が女子プロ・マットを占領する。意識 もうろうな千種にタオルをひろわせたのは、そ んな華戦士の執念だろう
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この記事も違う感じがします。「リング外で影武者が襲い掛かって集団リンチ」とありますが放送にはありません。
またハサミを持ち出したのは長与が先でダンプはそれを奪い取ったように見えますが・・。放送ではカットされたのか不明ですね。
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ついに"刑執行" 千種、無念の大泣き
戦わなければいけない。勝たなければならない。
長く激しい極悪との戦い。主導権争いの真っただ中に立たされた千種の意地、それがタオルを拒否させたのだ。
ふらつきながら得意の回しゲリを放つ。だが 衰弱した体ではダンプの巨体に通じない。
また国松マネからタオルが投入された。リングのロープ越しをフワリと飛んだタオルを見て、安ドの気持ちをもったファンも多かったろう。 すでに勝負はついていた。勝ち負けよりも千種が危険だ。 怒号と号泣の中、「ヤメテ!」の叫びが高まった。
だが、千種は再びタオルをリング外へ投げ返したのである。
この試合はボクシングと違い"タオル"で即TKO負けとはならない特別ルールだった。3カウントのフォールか、ギブアップ、10カウントKO、ドクター、レフリーのストップの みで勝負が決まる。
「みんなよく見てろ!」。ダンプはマイクを奪うと大観衆に叫んだ。そしてマイクで千種の傷口を乱打した。 そんな後に三度目のタオル投入。 夢遊病者のような千種に投げ返す力はなかった。 マットに倒れた千種を見ながらレフェリーの10カウントが無情に響いた。
勝ちどきを上げるダンプ、極悪のメンメンは"髪切り”のため千種をリング中央に引き出し、 ついに刑の執行だ。
千種は泣いた。それは鮮血を洗い流すほど大 粒の涙だった。試合らしい試合もできず凶器攻撃にやられた。それは無念の涙だ。
ダンプは千種の黒髪を電気バリカンで刈ると、 リングに、客席に投げ捨てる。
千種のファンの悲鳴が、そのたびに耳をつんざく。「もう、そのへんでいい」。
断髪の屈辱を知 る横田が、目を真っ赤にした飛鳥が、千種を救う。つい今まで、一万三千人の絶叫と悲鳴で揺 れた巨大ホールにファン号泣が響く。 ファンばかりではない。極悪以外すべての選手が泣いた。中でもクラッシュとともに私のまな弟子の永堀一恵は、私の胸で泣きじゃくった。
永堀の同期にコンドル斎藤がいる。二人とも 私の自宅に三カ月あずけられたエリート。だが斎藤は、第二のクラッシュを夢見たフロントの思惑を振り切って極悪入りしていた。髪切りで 見せた永堀の涙も、勝負が逆だったら、私の胸にすがって泣くのは斎藤だったろう。それを思うと、とてもつらい永堀の涙だった。
8・28大阪城は無残にも千種が髪を切られて 終わったが、一方で若手までも巻き込んだ極悪とベビーフェースの抗争を深刻にさせた。
「今度はウチがやったる」と飛鳥。新たな遺恨を生み極悪カラーに染まった女子プロマットの奪還抗争へと発展いていく。
人気絶頂のクラッシュを狙い続け、ついに千種を痛めつけたダンプは、が然"時の人"となる-----。
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良いスチールがありますので拡大してみます。
長与の坊主、個人的には「はつらつとした少年」のようで、けっこう良いと思うのですが、こんなことを言うとファンの人に怒られそうなのでやめときます。