
1985/9/12の雑誌「週刊ザ・プロレス」に阿部四郎の改心について記事がありましたので引用します。
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横田、植田コミッショショナー、フジTVの包囲網に苦し紛れ
阿部レフェリー疑惑の改心
阿部四郎レフェリーがこのとこ ろ極悪レフェリーから真面目レフ ェリーに転向してすっかりおとな しくなった。ファンもとまどい気味で、かえれコールを連発しながら、首をかしげている。
理由はいまひとつはっきりしな いが、植田信治コミッショナーに、 これ以上メチャクチャのレフェリ ングを続けるならライセンスをコミッショナー権限でハク奪すると言い渡されたのが大きい。もともと植田コミッショナーは阿部四郎レフェリーとは犬猿の間柄。法を守る正義のコミッショナーとしては当然だ。
ことあるごとに阿部レフェリーのレフェリングに注意を与え、 事実、過去何度も出場停止の強行処分に踏み切ってもいる。こんな二人がつい先日、君津市体育館で派手にやり合ってしまった。本来、 予定のなかった阿部レフェリーが、 本庄ゆかりレフェリーをさしおいて勝手にリングに上ったからたまらない。マイクを持って阿部レフェリーをリングから強制的におろしただけではおさまらず、今度、二度とこのような態度をとったら、 永久追放と申し渡したのだ。さすがの阿部レフェリーも猫のようにおとなしくなった。
阿部レフェリーにとって怖い存在は世の中に三つある。ひとつがもちろんこの植田コミッショナー、次が女子プロレスを中継しているフジテレビだ。阿部レフェリーの一方的な極悪びいきに対して、放送当日の抗議電話は交換台の業務がマヒするほど。当然、女子プロレス中継担当の青柳プロデューサー、小林ディレクターに局からプレッシャーがかかる。どうしてあんなひどいレフェリーの存在を放置しておくのかと言うわけだ。テ レビも当然、コミッショナーと歩調を合わせることになる。
そして三つ目だが、これが阿部 レフェリーにとって一番怖い存在なのだ。その名はジャガー横田。
「ジャガーはオレに本気で技をかけてくる。この前もまともにドロップキックを受けて、オレ、胸骨にヒビが入ったままなんだよな」
ジャガーはジャガーで「阿部レフェリーは身体が大きいから攻めがいがある。いつか一度、スープ レックスをかけてやる」と、大変 な鼻息。
悪徳レフェリーいじめに快感を持っている風なのだ。そう言えば最近、ジャガーの試合でレフェリーをつとめることが多くなった阿部四郎、松永審判部長の狙いもこのへんにあるのだろう。もっとも、 いつまでもおとなしくしていられ ないのが阿部四郎。また極悪復帰 も十分考えられる。
(全日本女子プロレス実況アナウ ンサー)
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この記事にある君津市体育館の試合は以下のものです。
ウエダコミッショナーは1984年初頭は本当にライセンスを取り上げたり、罰金を取っていたりしていたらしいですが(プロレス取調室より)、それ以後はプロレスの興行として阿部四郎は容認しはじめたようですので、ウエダさんとの確執はもうおそらくないでしょう。
フジテレビの放送や小林ディレクターからの圧力という面は、これはさすがにウソでしょぅ。電話はかかってくると思いますが、それだけ女子プロレスが盛り上がっている証拠ですし、機材のぶっ壊しなども、全女とフジテレビである程度容認していたと思われます。
問題はジャガーですね。ジャガーは本気で阿部四郎を嫌っていたように思えます。実際この記事では肋骨にヒビを入れられたそうです。プロレスの価値観が全く違うこの2人、犬猿の仲だったのかもしれません。ジャガーがプロレスのショー的要素を重視せず、あまり好ましく思っていなかったので阿部四郎は手を焼いたと思われます。
今考えてみると、阿部四郎レフェリーが1985年中盤からあまり露出しなくなったのは、極悪同盟が組織として巨大になってきたことか大きいと思います。ダンプを中心に、ブル、コンドル、そして何人もの新人が入ったため、阿部四郎が目立つ場面が減りました。ダンプの独走が始まったといってよいでしょぅ。
また、少々阿部四郎のレフェリングは飽きられ、クラッシュvs極悪同盟に移行した、というのもあると思います。こればかりは仕方ないですね。