1985/11/19号の雑誌「週刊プロレス」に長与のケガについて掲載されていますので引用します。
------------------------------------------------------
長与千種は、いまや興行の"看板スター"だけに、負傷したといっても、会場には姿を見せ、リング上から欠場のおわび、そして歌のコーナーに出演している。
女子プロレス・ブームの立役者であるクラッシュ・ギャルズの長与千種が去る11月1日、山形県寒河江(さがえ)市民体育館での試合で右ヒザを負傷したー。アクシデントが起こったのは長与、山崎五紀組とデビル雅美、大森ゆかり組が対戦したメインイベントの3本目で、長与がデビルにフライングニールキックを見舞ったが、このとき、デビルが出した腕に長与の右足が当たり、マットに落ちた長与はそのままうずくまってしまった。試合は両者リングアウトに終わったが、痛みがひどい長与は深夜に帰京し治療を受けた。果たして長与のヒザは、どんな状態なのか?いつごろリングに復帰できるのか?
"看板スター"の欠場で興行は大丈夫なのか?
「当然ですよね。私が観客だったら、試合には出られなくとも、ひと目見たいと思うもの」
と長与千種は意外にも明るい表情で語り始めた。長与と会ったのは、事故から2日がたった11月4日の日曜、東京は東堀切2丁目にある「城山閣」のロビーで。ポカポカ陽気のなかで午後1時から行われたオープンの試合の日だ。
――かつてない重傷と聞いて駆けつけたんだけど、意外に元気そうなので、安心したよ。
長与 くさってもいられないしね。なにしろ歩くどころか1人で足をついて立つこともままならないのだから、ジタバタしても始まらないって、あきらめがついちゃった。
――事故の"現場"を目撃していないんだけど、どんな状態だったの?
長与2発目のニールキックを出したとき、デビルさんが両腕でブロックしようとしたんですね。そこに右足が巻きつく形になって、ヒザをやっちゃったんです。
――セコンドの話では「ケガでチコさんがワァーファー泣いたのは初めて」というほどだったらしいね。
長与 (笑いながら)いまでもね、先生(医師)の所にいると、一度、真っ直ぐに伸ばされるんだけど、もうハンパじゃなく痛くて、自然と涙が出てきちゃうんですよ。
――ヒザは長与選手にとって"爆弾"ともいうべき危険箇所なわけだけど・・・
長与 前から不安定だったことは確かだけど、今回の場合直接的にはつながりがないようです。いつもなら先生は、じん帯とか言うのに、今回はハッキリ、ヒザだと言っているし、自分でもそう感じます。全く新しいケガと受けとってもらって結構です。
――前のシリーズでも飛鳥が同じくヒザを負傷して欠場して欠場したし、ついてないね。
長与 いいことが多すぎたから、暮れまでに何かあるとイヤな予感はしていたし、これまでの代償かも(笑)。それとも神様が、いろんなことを考える機会を私に与えてくれたのかもしれません。不幸中の幸いにも、このシリーズはビッグマッチが組まれてはいないし、長与千種らしいファイトができるまでは、なるべく休みたいというのが自分の希望なのですが。
------------------------------------------------------
11/1の寒河江市の試合でケガをしたようです。
インタビューによるといままでのじん帯の調子が悪化したわけではなく、別にヒザをケガをしてしまったとのことです。
このあと、手術してリハビリが完了する1986/3月まで長与は欠場をするわけですが、その間も長与は放送席でパフォーマンスをしていましたから、存在感がかなりありました。
しかしファンはいたたまれなかったでしょう。全女としても長与のケガが治らなかったら痛手だったでしょうから、大森のケガも含めて1985年冬から1986年春は残りの選手でなんとかやりくりしていたと思います。幸い1985年に新人を大量に採用したので、それも良かったのかもしれません。