1985/11月号の雑誌「デラックスプロレス」にブル中野のエッセイがありましたので引用してみます。
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女子プロレス"ナイスギャル" ブル中野エッセイ
私、ヒール"レスラー"なんですから、ベストバウトを取る可能性だって
あると思うんです。
中野は練習が好きだ。「練習の中にすべてがあるって思うのね。練習してると何があっても気が晴れちゃう。ポカッと空が自分の頭の上にあいたみたいに悩みごとなんて、頭の上に抜けてっちゃう。練習、大好き」
それなのに、中野は他人に、自分の練習好きをみやぶられることをおそれている一面もある。
「わたしは、わたし自身は練習がただもう単純に好きなんだけどね、人の目にはそうみえないことあるでしょ。"劣等生の中野恵子が、いい子ぶって練習してるよ"ってふうにみえること、やっぱ、あるんです、ホント」
"わあ、パンダったら練習好きのフリしちゃってぇ"
この一言に中野は傷つく。
"そんなにみせびらかさなくたってマジメなことはわかるよ"
このセリフの裏にふくまれているトゲに中野はとびあがる。でも、もしかすると、ひょっとすると私は思う。これは中野一人の思いこみにすぎないのかもしれない、と。こういう一言を口にした人は、ホントになんの悪気もなく、ちよっとからかっただけなのかもしれない。
でも、新人の一年間を先輩たちの"無視"という針のムシロに座ってすごした中野の心は、そのちょっとしたからかいの言葉にも耐えられないほど、ほんのかすかな悪意のトゲにもすぐ血を噴くほど、ささくれてるんじゃないだろうか。そういえば、新人の頃の中野にはなかった癖が、現在の彼女にはある。それは軽いドモリだ。
中野が、何気ない質問にもすぐドギマギして、
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハイ...イ」
ドモリながら返事をする、かわいそうなほど神経質な応待を、私は何度目撃したことだろう。
だから、もし中野が、人のちょっとしたからかいの言葉に過剰反応を示していたとしても、私は彼女を責めたくない。
中野恵子はブル中野になってから強くなった。けれども同時に彼女は今、一種の"回復期の病人"なのだから。
「だからね、練習するときは人にみられないようにって、昼間は練習なんかあんまり熱心にやらないで、夜、夜中にね、コッソリ一人で練習しに出ていく。一人で。夜ってね、静かで、涼しくって、暗くって。そういうところで一人で一心に練習してると、自分の中に力が湧いてくるのがわかるの。
最近では、練習に斎藤をつれてくことが多いんだけど...」といいながら、中野の顔が一瞬曇る。
まずプライド捨てるのがヒール
「斎藤は...斎藤は苦しい時期ですよね。斎藤とわたし、バスでも隣に座っててね、斎藤がいうんです。
"あぁ、もうやめたい"
って、そういって泣くんです。わかるわかるんですよね、わたしもヒールに転向したときはツラかった。斎藤の気持ち、横にいて痛いほど、ジンジン伝わってくるんです。ヒールとして何かやりたい。でも何をしたらいいかわかんない。たとえ何かしても、自分がしたことに自信がもてない。だからちょっと叱られただけで、もう、もうガァ~クリきちゃう。自分が生きててもしょーがないクズみたくみえちゃう」でもねえ、ダンプさんに殴られた回数でいけば、わたしのほうがずうっと多いのにね...中野は呟いた。
殴られた?
「あのね、ヒールになるってどういうことかっていうとね、それまでもってるプライドとかそういったもん全部、いったんドブに捨てるってことなんですよ」。中野は思わずクックッと一人笑い出した。
「ヒールに転向して、わたし、いったい何度ダンプさんに殴られたかなあ。数え切れない。ホント。
練習してるとき殴られるんならまだいい。でもリングの上でも、試合中でも、ダンプさんの試合じゃなくてわたし自身の試合んときでもダンプさん、試合のあとにリングにのぼってきてパシーン!でしょ。
タッグ組んでても相手に殴られんのじゃなくて、味方のダンプさんにパッカンパッカン殴られてる、わたし。よく考えるとバカみたい。ねえ」
もう、面目なんてまるつぶれ!中野はなんだか楽しそうに笑う。
「メンツなんてね、ベビーフェースだったときのてらいなんてね、人前でパカパカ殴られてるうちにどっかにぶっとんじゃうですよ。まったく。んでもって頭半分刈り上げれば、ファンの男の子が一目みて
"あっ、ハゲたっ!"でしょ。ハゲですよ、ハゲ!
親だってベビーフェースんときには近所の人に自慢してたのが、ヒールになってからはなーんか下向いて道歩くって感じだし・・アハハ・・・もうわたしのプライドぐっちゃぐちゃのペチャンコ。ドブん中にはまりこんであとかたもないの」
こう語るときの中野の表情にはなんのくったくもない。こういうところが彼女の強さなんだな、と思う。人前でバカみたいに殴られて面目まるつぶれの自分の姿をポンと突き離して笑いとばせる、さめた面。ありのままの自分に対面できる冷静さ。
「うーん、でもね、昔のことだから笑えるんで、ハゲ!とかまともにののしられたときはバスん中にとじこもって出ていきたくないって思いましたよね」
それがいつごろからか変わった。
心から斉藤にはやめてほしくない
「自信が出てきたの。自分がすることに、自分の試合に、自分自身に。そしたらすべてがいい方にかわってきた。ダンプさんにも殴られなくなったし、試合んときもまごつかなくなった」
中野はちょっと考え込んだ。「やっぱ、あるところで自分がもってたプライドとか、こだわりとかをダンプさんが全部吐き出させてくれたからだと思うんです。もし、あのままベビーフェースのプライドを中途半端にもっていたら今頃つぶれてた。ぜったいにつぶれてたと思う」
そのことを斎藤に伝えたいんですよね、と中野は小さな声でタメ息と一緒に言葉を押しだす。
「今、苦しいのはそのあとに新しい自分が待ってるからだって。苦しければ苦しいほど、そのあとにくるものはステキなんだって。
あ、わたし、ホントに、心から、斎藤に負けてほしくない。やめてほしくないって思ってる。今、気がつきました。斎藤にはこの時期をなんとか乗り切ってほしいって思ってる」
今、中野は"ベストバウト"という言葉にこだわっている。
「ね、なぜヒールにはベストバウトがないんでしょう。なんでヒールはいい試合してもぜったいマトモにうけとられないのかなあ。いい試合だったら、それがべビーフェースがしたのだろうと、ヒールがしたのだろうと、どっかにちがい、あるんですか?ありますか?試合は試合。わたし、そう思ってる。試合は試合としてみてもらってもいいんじゃないかって。
ヒールだっていうだけで、はじめっからいい試合はしないもんだってキメつけられたら、お客さんだって面白くない。選手はもっと面白くない。レスラーしてる意味、なくなっちゃうもん。わたしはヒールだけど、ただの悪党じゃないもん。
わたしヒールレスラーなのよ!レスラーであることにかわりないんですよ。わたし、レスラーなんですから、ベストバウトする可能性だって、うんと、うんと、こんなにあるんですよ」
だから凶器って、少し考えることあるんです。最後に中野はいった。「凶器って持ってるだけでなんだか・・・凶器=ヒールみたいな・・・中途半端になっちゃう...どう言えばいいか、どうすればいいかわかんないけど・・・凶器ってヒールにとっても危ないものだと思う。もし凶器もたなければ? 凶器ナシのヒールって・・・もしいつかわたしがヒール全体のこと考えられるようなところにきたら・・・今はわからないけど・・・」
中野は口ごもりながら必死に自分の考えをまとめようとしている。
ダンプさんとはそういう話を?
「いいえ、いいえ」
中野は強く首をふった。
「ダンプさんとはしたこと、ありません。一度もその話は・・・」
しないの?出来ないの?
インタビュー中、初めて中野は目を上に向け、唇をかんで、最後にうつむき、結局ひとこともしゃべらなかった。
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ブルのヒール観はこの頃からだんだんと湧いてきていたのかもしれませんね。
「凶器をもしもっていなかったら・・それはヒール?」
凶器ナシでもヒールは成立するし、ベストバウトだってとれるはず、と中野はこの頃からヒール全体のことを考え始めました。ダンプがトップにする間は、この件についてダンプに相談することはできない(したらどうなるかは自明)でしょう。
ダンプが引退して獄門党を結成するまで、ヒールでベストバウトをとるというヒールの方向性についてはブル自身の課題となっていきます。