キョウヤに惚れたベンケイだが・・?
登場人物
ベンケイ。真っ直ぐな性格で力は強いが単純でお人よしで世話焼き。
盾神キョウヤ。デブ専でクールな面と喧嘩っ早い面を合わせ持つ。
夕陽が降り注ぐ河原。
先ほどまで、キョウヤとベンケイがバトルをしていたのがウソのように静まりかえっいる。
時折、鉄橋を通り過ぎる電車の音が、辺りに響くだけだ。
キョウヤは河原をしばらく歩いた後、いったん土手まで昇り、
そこから倉庫が立ち並ぶ、人気のない区域へと入っていった。
その間、後ろを振り向くことは一度もなかった。
ベンケイはキョウヤを見失わないよう、巨体を揺すりながら歩いていた。
そのあいだ、ベンケイはキョウヤのことを考えていた。
(一体、この男は何者なんじゃ・・。
わしが何度も勝負して、一度も勝てなかった相手なんぞ、生まれて初めてじゃわい・・)
ベンケイは幼少の頃から、体が人一倍大きかった。
だから、ケンカで負けたことはなかったし、クラスの中ではいわゆる"ガキ大将"と呼ばれる存在だった。
力で相手をねじ伏せる快感。
これは強いものにしか味わえぬ、圧倒的な優越感だ。
しかし、ベンケイが小学3年生のころ、突然ベイブレードというものが全国的に流行した。
ベンケイは興味はなかったが、物事の勝敗を決するのに、
なぜか"ベイブレードでバトルして勝つ"ということが世間の常識となっていったのだ。
そうなると事情が変わってくる。
いままで相手を力ずくで従わせてきたベンケイの勝者の論理は、通じなくなるのだ。
つまり、力ではなく、ベイブレードで勝たなくてはならない。
いままで優越感に浸ってきたベンケイにとって一大事だ。
ベンケイは寝る間を惜しんで、ベイブレードに夢中になった。
いや、正確には夢中になったのではない。
相手をねじ伏せるために、特訓をしたのだ。
そして、ベンケイは自分の巨体を活かして、パワーで相手を蹴散らす戦法にたどり着いた。
ベイブレードを発射するときに、人の倍のパワーで発射すれば、その威力だけで相手が吹っ飛ぶ。
巨漢のベンケイだからできる技だった。
そして、ベンケイは街で一番のベイブレーダーとなった。
しかし、先ほどキョウヤと戦って、ベンケイは鳥肌がたった。
キョウヤのベイブレード。
力で相手をねじ伏せるのではない。
ずる賢いテクニックというわけでもない。
なにかが根本的に違う。
それだけは直感できる。
ベンケイは、キョウヤの得体の知れない強さに惚れたのだ。
・・・。
しばらく歩くと、いつのまにか倉庫の中だった。
まだ陽は落ちていないが、倉庫の中は薄暗くて、ひんやりとしている。
キョウヤは倉庫の一番奥まで進むと、初めてベンケイに振り返った。
無言ではあったが、キョウヤの睨み付けるような鋭い目に、ベンケイはひどく緊張した。
ベンケイは挨拶をしようかと思ったが、なぜか言葉がでない。
しかし、先に話しかけたのはキョウヤだった。
「閉めろ」
「え?」
「そこを閉めろ」
「ハ、ハイ!」
ベンケイはいま入ってきた倉庫の扉をキッチリと閉める。
そして、小走りにキョウヤの前に戻った。
ベンケイの顔は、先ほどよりはどこか嬉しそうな顔になった。
なぜなら、寡黙なキョウヤが話しかけてくれたから。
単純な理由だが、ベンケイにはそれだけで満足だった。
倉庫の中で二人っきりになった、キョウヤとベンケイ。
今度はベンケイが真面目な声で話しかけた。
「わしはベンケイといいます。アンタについていきます。だから、ここまで来ました」
背筋を伸ばして直立不動。
まるで生徒が先生に自己紹介をするような、律儀な態度だ。
ベンケイの純真な声に、フッと笑いをこぼしたキョウヤが返事を返した。
「俺の名前は盾神キョウヤだ。どうしてついてきた? 目的は何だ?」
「わしはアンタ・・いや、キョウヤさんに惚れたんじゃい!」
「惚れただと? てめーは女か!?」
ベンケイは変な誤解を与えてしまったのではないかと、慌てて否定する。
「ち、違います。男として惚れたんです。キョウヤさんの底知れぬ強さに惚れたんです」
「キョウヤさん、キョウヤさんって、馴れ馴れしいぞ!」
「ス、スミマセン・・。でもキョウヤさん、どうか、わしをそばに置いてください」
たかが数メートルの距離なのだが、ベンケイの地声は倉庫中に響き渡るほど大きかった。
ベンケイはギュッと拳を握り締め、もう一度繰り返した。
「わしをそばに置いてください。キョウヤさんのためなら、なんでもします!」
ベンケイは真剣な表情で、キョウヤの返事を待った。
しかし、しばらくキョウヤから何も言葉もなく、ただ時間だけが闇雲に過ぎていった。
(わしがこんなに頼んでもダメなのか・・どうしたらいいんじゃい・・)
ベンケイの表情にに焦りの色が浮かんだとき・・。
キョウヤの声が耳元に届いた。
「おい、ベンケイ」
「ハ、ハイ!(名前を覚えてくれたんだ!)」
「お前は俺に従うと言ったが・・俺の言うことは何でも聞くのか?」
「もちろんです!」
ベンケイの声は少しだけ上ずっていた。
なぜなら、いまキョウヤが自分の名前を覚えてくれて、しかも認めてくれる・・ような感じがしたから。
しかし、キョウヤの声は相変わらず平坦で、感情を殺したようなものだった。
「・・ダメだな」
「は?」
「俺はお前のようなヤツをたくさん見てきた。『あなたの強さに憧れました』とか、
『仲間にしてください』とか、そんな言葉を並べて、俺に取り入ってくる連中をな」
ベンケイはキョウヤの言葉の意味が一瞬分からなかった。
しかし、自分が疑われているのだということを、やがて悟った。
ベンケイは気まずくなりそうな雰囲気を払拭しようと、キョウヤに向かって反論した。
「キョウヤさん、わしは違います。わしは本当に惚れたんです!」
「ヘヘヘッ、そうかい。
初めはみんなそういうんだ。『自分だけは違います』とか『自分の心は本物です』とかな。
ヘドが出るんだよ。そんな言葉だけ並べて、結局俺の周りでポイントを稼ぐだけのハイエナはな!」
「ハイエナ・・わしが・・!?」
「そうさ。人間の心なんて誰にもわかりやしねぇ。うわべでは何とでも言えるのさ。
自分の利益になることならば、人の肩を揉むし、土下座だってする。しかし心の中では別のことを考えている」
「わ、わしは違います! わしはキョウヤさんのことを・・」
そこまで口にして、ベンケイは言葉に詰まった。
ベンケイがキョウヤの強さに惚れたのは、紛れも無い事実だ。
しかし、キョウヤにくっついて、何をしようというのか?
もしかしたら、そばにいてポイントを稼ぐだけになるんじゃないのか?
そうしたら、ハイエナと呼ばれてもおかしくない。
ベンケイは苦悩に顔を歪ませていたが、やがて口を開いた。
「どうやったら信じてくれるんじゃい・・。
キョウヤさんの言っていることは分かります。確かに口ではなんとでもいえます。
だからといって、わしはそれ以外にキョウヤさんに信じてもらえる方法がないんじゃい・・」
頭を抱えるベンケイに、キョウヤは手を差し出すようにつぶやいた。
「ベンケイ、お前は本当に俺に惚れたのか?」
「もちろんです!」
「ならば、それを証明してもらおうか。これから俺のすることに耐えられればな」
「なんでも耐えます! 殴られようが蹴られようが、耐えて見せます」
その言葉に、キョウヤは悪魔の笑みを浮かべてみせる。
「フフフッ、よく言ったぜ。
しかし、殴ったり蹴ったりなんていうのは、しょせんは体の痛みだ。
そんなのは根性で耐えられるんだよ。一日も経てば痛みもなくなるさ。
だから、俺はそんなことじゃ信用できねぇ」
「は、はぁ・・?」
「本当に俺に惚れているのなら、あらゆることに耐えられるはずだ。
さぁベンケイ、これからお前の化けの皮を剥いでやるよ。
本当はお前に誠意なんて、これっぽっちもないってことをな!」
「そんなことありません!」
「なら耐えて見せろ! ベンケイ!」
キョウヤは手に持ったレオーネをベンケイに向かって構える。
「では始めようか。絶対に動くんじゃねーぞ!!」
「ハイッ!」
ベンケイは全身に汗を噴き出しながらも、ギュッと歯を食いしばった。
次回予告
ベンケイ 「わしはどんなことにも耐えてみせる。そしてキョウヤさんに認められるんじゃい!」