チョウジ小説(第2部) (完)


登場人物

秋道チョウジ。仲間想いでおっとりした性格。中忍合格を目指している。

次郎坊。土遁の術を使う巨漢。チョウジを自分のものにしたと思ったが・・?

大蛇丸。音隠れの里の長で、三色の丸薬を研究するためにチョウジを捕らえる。

薬師カブト。大蛇丸の側近で音隠れの里の医療忍者。


次郎坊はチョウジを背負ったまま、音の里を脱出した。
音の里を出て深い森に入り、木の枝の上をピョンピョンと飛び移る。
次郎坊は考えていた。
まず、音の里の追っ手を撒かなければならない。
なぜなら、チョウジを守りながら戦うことは、圧倒的に不利だから。
そのために、わざわざ森に入り、少し遠い町を目指すことにしたのだ。
もし、チョウジが一緒に戦えるのであれば話は別だが、今のチョウジは記憶を失ったただの子供だ。
おそらく、忍術も体術も使うことは出来ない。
それどころか、自分が忍者であることすら覚えていないだろう。
そのことを考えると、次郎坊は悔しさで怒りに震えた。
(チョウジからすべてを奪いやがって・・! 大蛇丸・・許せねぇ・・)
次郎坊は、やるせない気持ちになり、奥歯をギュッと噛みしめた。


裸の格好のままで、背中におんぶされたチョウジが、ヒョイと首を出す。
そして、次郎坊に不安気に話しかけてきた。
「これから、どうするの?」
「この森を走り抜ける。3日ほどかかるが、我慢してくれ。もちろん途中で休息は取るからな」
次郎坊の答えに、チョウジが心配そうな声で尋ねた。
「でも、僕は重いし・・もっと近い町があるんじゃ・・?」
「たしかに一番近い町はある。しかしそこは危険だ」
「どうして?」
「音の里では、いまごろお前がいなくなって大騒ぎになっているはすだ。
  お前をもてあそんでいた連中は、ずっとチョウジを愛撫したいと願っていたヤツらばかりだからな。
  必ず、お前をもう一度豚小屋に連れ戻そうと、追ってくるはずだ。
  もし、途中で追っ手に遭遇したら、俺たちが逃げ切れる可能性は低い」
その言葉を聞いて、チョウジの顔色が青くなった。
そして、次郎坊にギュッと抱きつく。
「また豚小屋でアイツらに・・・・もう戻りたくない・・怖いよ・・」
「大丈夫だ。こちらの方向に追ってくるとは思えない」
「う、うん・・」


次郎坊はチョウジを背中におぶり、1日中逃げ続けた。
夜になって体力の限界を感じた次郎坊は、大木を見つけて、その根元に降りたつ。
「よし、ここならば死角も多くて、見つからないだろう」
休息といっても、焚き火をつけて体を暖めることはできない。
敵に見つからいなように、あくまで暗闇の中での休息だ。
次郎坊は体に蓄積された疲労を癒すために、大きな木に寄りかかり、そのままコクッと眠りにつく。
しかし、いつ敵が襲ってくるかもしれないので、あくまでも気を張った状態を保った。
一方のチョウジは裸の格好のまま、両膝をかかえて次郎坊の隣に座っていた。
やはり不安なのだろうか。
チョウジはチラチラと次郎坊に目をやると、自然と話しかけていた。
「僕たち、逃げられるかな・・」
「大丈夫だ。おそらく敵は一番近くの町を探索しているのだろう」
「うん・・」
「町についたら、まずお前に服を買ってやらないとな。裸ではなにかと不便だろう?」
次郎坊の言葉に、チョウジはニコッと笑った。
「ほ、本当に!? 僕、このままじゃ豚同然だから・・うれしいよ!」
「ハハハ、そのままでは寒いだろう? 
  お前には"食"と描かれた白いシャツと、緑の上着が似合うんだ。いつもそういう格好をしていた」
「そうなの?」
「そうだ。俺の知っている秋道チョウジは、マフラーやピアスをして、何気なくお洒落な格好をしてたぜ」
「ありがとう。やっぱり次郎坊だけが僕のことを分かってくれているんだ・・」
そういうと、チョウジは次郎坊のすぐ隣に体をすりよせて、頭を次郎坊の肩にもたれかけた。
次郎坊に甘えるように。


チョウジはごく自然に、次郎坊に体を寄りかけた。
(チョウジが、俺に体を預けてくるなんて・・!)
そう考えたとき、次郎坊はなぜか心臓の鼓動が急激に速まった。
まるで次郎坊を慕うようなチョウジの行為に、抱きたくなるような愛おしささえ感じた。
(なんだこの気持ちは・・・。俺はチョウジを奴隷にしかったのに、この湧き上がるような感情はなんだ?)
次郎坊にとってチョウジは敵であり、憎らしい相手のはず。
本来ならば、チョウジを陵辱して、体をよがらせ、恥辱を与えてやることが目的だった。
しかし、いまのチョウジは無防備で、童心に戻った子供のようで、とても陵辱をする気にはなれない。
むしろ、この無垢な少年を守りたいという気持ちで一杯だった。
どうして、そんなふうに思うのかは、次郎坊自身にも分からなかった。
ふと気がつくと、チョウジは寒さからなのか、肩を寄せて体を震わせている。
「寒いのか? チョウジ?」
「うん・・ちょっと・・」
次郎坊は、自然とチョウジの肩に手を回し、自分の胸元に抱いていた。
(俺はチョウジに優しくしてやる資格があるのか? いままで散々に悪態をついたというのに・・)
次郎坊は心に背徳感を覚えながらも、いまはただチョウジのことを大切にしたいと思った。


チョウジは、次郎坊の胸の中で呟いた。
「あったかい・・。次郎坊の体はとてもおっきくて、気持ちいい・・」
「そ、そうか・・?」
「僕はいつもこうして、誰かに抱かれていた気がする。とっても懐かしい感じがするんだ」
「・・・」
「僕のことをもっと教えて。僕と次郎坊はいつもなにをしていたの?」
チョウジの質問に、次郎坊は困ったように頬をかく。
またウソをつくのは、なにか後ろめたい。
でも、いまは少しでもチョウジを安心させてやりたかった。
「俺たちはいつも一緒だった。こうして2人で寄り添りあう友達だったんだ。
  お前は俺と同じで忍者だったんだぞ。俺と一緒に修行したりして、毎日楽しく遊んでいた」
「そっか・・。よかった。次郎坊だけが僕のことを知ってくれている。だからとっても安心・・」
「チョウジ・・」
次郎坊はチョウジの頬に優しく手をあてて、自分の方に向かせる。
チョウジの瞳は輝くように透き通っており、一点の曇りもない。
見つめていると、なぜか吸い込まれるような気持ちになった。


次郎坊はチョウジに唇を重ねようとしたが、途中でフッと思いなおした。
(俺は一体なにをしているんだ・・)
自分がいましようとした行動は、自分がチョウジを"愛する行為"ではないのか?
次郎坊は、自分の内にある想いがいつの間にか変化していることに、少ながらず動揺した。
再び、チョウジに視線を合わせる。
チョウジはニコッと笑い、ゆっくりと目を閉じて、物欲しそうに唇をつぼめている。
その愛らしい表情に、次郎坊の心臓の鼓動は再び高鳴った。
(チョウジ・・お前が心の底から俺を求めてくるなんて・・)
次郎坊は、チョウジの肩をギュッと握り締め、胸の中に思いっきり抱きしめた。
「次郎坊・・とってもあったかい・・僕のことをもっと・・」
「あぁ。分かっている」
自然と次郎坊は、自分の唇をチョウジの唇へと近づけた。


──カサッ。
枯葉が踏みつけられるような音。
静寂の中にわずかに響いた音に、次郎坊は反応した。
(しまった・・囲まれたのか・・!)
次郎坊が気がついたときはすでに遅かった。
次郎坊とチョウジを囲むように、4人の忍者がひっそりと立っていたのだ。
不気味な薄ら笑いを浮かべながら。
次郎坊は、ゆっくりとチョウジの肩を抱いて自分の背中に隠した。
そのとき、男の1人が話しかけてきた。
<おい、次郎坊。裏切る気か? その豚は俺たちのものだ。お前ごとき下衆にはもったいない>
その言葉を聞いて、次郎坊は小さく頬を上げて笑う。
「アンタら上忍から見れば、俺は捨て駒扱いのただのデブですかい」
<分かってるじゃねーか。早くチョウジ豚をよこしな。そうしたら命は助けてやろう>
男の冷淡な言葉に、次郎坊は僅かに頬をつりあげた。
「嫌だね。俺は俺の好きなようにさせてもらいますよ。もう大蛇丸には従わねぇ」
<大蛇丸様を呼び捨てにするとは、言語道断。音の里を捨てるつもりか?>
「もう俺には音の里はどうでもいい。いまの俺には秋道チョウジだけが心の拠り所だ」
<なにをくだらないことを言ってやがる。次郎坊、貴様はここで死ね!>
4人の男たちは一斉に襲い掛かる。
相手は上忍クラスで、さすがにまともにやりあっては勝ち目はない。
次郎坊は一瞬にして判断を下すと、チャクラを瞬間的に増幅させて、呪印の状態2の姿になる。
「させるか! 土遁結界・土牢堂無!」
次郎坊は、土の塊で出来たドームを瞬時に自分を中心とした円状に造り、そのままドームで自分とチョウジを覆った。


小さなドームの中に逃げ込んだ次郎坊とチョウジ。
急場しのぎではあるが、ドームの中に入ってしまえば、少しは時間が稼げる。
ドームの外から、4人の忍者の声がかすかに聞こえる。
<なんだ、この結界のようなドームは!?>
<ええい、こざかしい真似を! 早く豚をださんか!>
<不完全な抹消をされた豚は、俺たちに愛撫されるしかないのだ>
4人の男たちは、ドームを一斉に攻撃するが、ビクともしなかった。
このドームは普通の土牢堂無とは違い、呪印の状態2で造られたもの。
強力なチャクラで覆われており、いくら上忍といえども鉄壁のドームを崩すことは容易ではない。
<おのれ・・次郎坊! こんなものはいつかは壊れるぞ! そのときが貴様の最後だ!>
ドームの外から、焦れたような声で男たちは叫んでいた。


チョウジは真っ暗なドームの中に突然閉じ込められて、腰が抜けたようにオロオロとしていた。
しかも、目の前にいる次郎坊の様子が先ほどとは違い、異形な姿にみえる。
チョウジは震える声で、次郎坊に恐る恐る尋ねた。
「次郎坊、なにが起こったの・・? それにその姿は・・?」
「驚かしてすまない。俺はパワーをあげると容姿が醜くなる。だが怖がらないで欲しい」
「うん・・声は次郎坊だ。とっても優しい声・・僕は平気だよ」
「チョウジ・・」
先ほどまで震えていたチョウジだが、少し落ち着いてきたようだ。
「でも、さっきの人たちは僕を捕まえに来たんだよね・・? 僕はまた豚小屋に入れられるの?」
チョウジのか細い声に、次郎坊はチョウジの両肩をしっかりと掴む。
そして、力強く答えた。
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
「ありがとう・・」
「なぁ、チョウジ。もし俺に万が一のことがあったら、"木の葉の里"を目指せ」
「えっ? 次郎坊も一緒だよね!?」
「そこに"シカマル"というヤツがいる。お前の一番の友達だ。必ず力になってくれる」
「嫌だよ! 次郎坊が僕の一番の友達じゃないの!?」
「お前にはうらやましいと思うほど、たくさんの友達がいる。決して1人じゃない」
「で、でも・・そんなの嫌だよ!」
次郎坊の突然の発言に、チョウジはわなわなと震えて表情を曇らせた。
そして、目に自然と涙が溜まっていた。


ドームの中に響く2人の声。
次郎坊はチョウジの目に溜まった涙を、人差し指でそっと拭ってあげた。
「次郎坊・・うぐっ・・」
「チョウジ・・」
2人はしばらく瞳と瞳を見つめあった。
次郎坊は呪印の状態を解いて、チョウジの頬を両手で優しく包み込む。
そして、ゆっくりとチョウジの唇に自分の唇を重ねた。



(はむ・・)
(ううっ・・)
チョウジの唇は少し冷たかったが、すぐに次郎坊の暖かさが伝わった。
次郎坊もチョウジも、自然に唇を求め、舌を絡ませあった。
次郎坊は、舌をからませながら、感じていた。
(暖かい・・。これがお互いが求め合うっていうことなのか・・?
  いままで俺は友情や愛情など信じなかったが、この心臓の高鳴りはなんだ・・?
  以前にムリヤリにキスをしたときとは全然違う。いまはチョウジの心が俺の体に染み入るようだ)
しばらく抱擁をしたあと、ゆっくりと唇を離す。
お互いに見つめあい、そして次郎坊もチョウジも笑みを浮かべてみせた。
「なぁ、チョウジ?」
「なに・・?」
「お前の記憶は、しばらくすれば戻るかもしれない」
「ほ、本当に?」
「お前の記憶を奪ったのは、薬師カブトという医療忍者だ。
  しかし、記憶を抹消する忍術はまだ未完成で、記憶を永遠に消したり、瞬時に戻したりすることは不可能に近い。
  だから、お前の記憶はいつか戻る。それまでは俺がずっと守ってやる。俺が命をかけて守ってやる」
「次郎坊、ありがとう。うれしいよ・・」
「だからその・・もし記憶が戻っても、ずっと俺の友達でいて欲しい・・」
「なにを言ってるの? 僕たちは昔から友達でしょ。これからもずっと僕は次郎坊の友達だから」
「あ・・あぁ・・。ありがとう」
次郎坊は戸惑いながらも、しっかりとチョウジを抱きしめた。
チョウジの体の感触、チョウジの匂い・・すべてが愛おしくなった。
もう放したくなかった。


次郎坊はチョウジを抱きしめたまま、話を続けた。
「俺には1人のライバルがいた」
「次郎坊・・?」
チョウジは少し不安な顔をして、次郎坊を目をやった。
次郎坊は息をフッと吐き出して、柔らかい顔つきになる。
さらに話を続ける。
「そいつは忍者のくせに俺と同じようにデブで、何をやっても鈍くさそうだった。俺はそいつをカス扱いしてバカにした」
「えっ・・?」
「だが、俺はそいつに勝てなかった。そいつは友達のためなら命を捨てられると言うんだ。
  俺は冗談かと思ったが、そいつは追い詰められるほど意思が強くなり、本当に仲間のために命を賭けていた」
「な、なにを言ってるの・・?」
「だから俺も別の覚悟を持って、そいつともう一度戦った。俺の覚悟とは、捨てるものがなにもない覚悟だ。
  いつでも死んでもいいという覚悟・・・。
  俺は勝った。そして、"友達のために命を投げ打つ覚悟"など所詮は幻想だと、心の中で笑ったよ。
  ・・・。
  だが、俺はいまやっと悟った。
  捨てるものがない覚悟など、本当の覚悟ではなかった。単なる自暴自棄で、情けない見苦しい姿だった。
  俺は考えは愚かで、浅はかだった。覚悟とは、そんな野暮なものじゃない。
  本物の覚悟とは、相手のことを心から想う時に涌き出る、もっと高潔なものだ。
  俺は、世の中に自分の命よりも大切なものはないと思っていた。だが、それよりも大切なものが存在したんだ。
  俺はそいつに教えてもらった。本物の覚悟とはなにかを。だから俺はお前を守る。俺の覚悟を見届けてくれ」
次郎坊の目はまっすぐにチョウジを見つめ、真剣だった。
その眼力に、チョウジはまばたきをすることすらできないほどだった。
「次郎坊、言っている意味が分からないよ・・」
「いまは分からなくてもいい。だが、いま俺が言った言葉はお前の胸にしまって欲しいんだ。
  俺は秋道チョウジのためならば、命を賭ける覚悟が出来た。お前を守れるのならば、死ぬのは怖くない。
  たぶん、あのときのお前は、こんな気持ちだったんだろうな・・やっと分かったよ」
「死ぬ気なの・・やめてよ!」
「俺はずっと復讐したかったのに、いまの俺の心は・・憎しみよりも、遥かに愛しさに包まれている」
次郎坊はそのままチョウジを思いっきり抱きしめる。
何度も何度もチョウジの体を強く抱き、まるですべてを焼き付けるように。
「じゃあな、チョウジ」
次郎坊は、土牢の壁に両手を当てると、そのままドームの外に抜けていった。


「じ、次郎坊!!」
チョウジは土牢の壁を内側から、何度も叩いて次郎坊の名前を叫んだ。
しかし、外から聞こえるのは、次郎坊の雄たけびと4人の男たちのうめき声や、叫び声だけだった。
チョウジは手のひらが腫れるほど土牢を殴りつけたが、ビクともしない。
「次郎坊、ここから出して! 僕も力になるから!」
いくら叫んでも、次郎坊からの返事はない。
・・・。
しばらくして、外から何も音が聴こえなくなる。
そして静寂の中、チョウジを覆っていたドームがガラガラと音を立てて、土の塊はもろくも崩れ去った。
「うわっ・・げほっ・・次郎坊、どこに行ったの!?」
チョウジは一目散に土煙から飛び出した。
そして、暗闇の中を必死に次郎坊の名前を叫びながら走ったが、ただ漆黒の闇が続くだけだった。
「次郎坊、生きていたら返事して! 僕を1人にしないで!」
やがて声は枯れ果て、体は傷つき、それでもなお、次郎坊を必死になって探し続けた。


「ハァハァ・・次郎坊・・」
一体、何日の間、森の中を彷徨ったのだろう?
昼はジンジンとした太陽が照りつけ、眩暈がして何度も倒れる。
そして、夜は凍えるような寒さに肌をさすり、森の中で歩き回った。
「うっ・・うっ・・次郎坊、僕はどうなっちゃうの・・・」
もはや足はヨロヨロともたつき、歩いているのかどうかも分からなかった。
ロクに水も飲めず、ハァハァと息を荒げて手探りで森を進んだ。
全身の感覚が麻痺をし、目の前は真っ暗になる。
もう体が動かない。
そのまま目を閉じる。
すべての周りの音が聴こえなくなり、体中の感覚がなくなった。
・・・。
・・・。


(・・チョウジ)
どこからともなく声が聴こえる。
いまは夜なのだろうか。
そこは暗くてなにも存在しない場所だったが、声の主が目の前にいることは分かった。
(チョウジ、しっかりするんだ)
(次郎坊・・?)
ゆっくりと瞼を開くと、そこには次郎坊の姿。
体が大きくて、太っていて、どことなくふてぶてしいが、表情はとても優しい。
でも、なぜか悲しい感じがする。
チョウジは上半身を起こし、ジッと次郎坊を見つめた。
(生きていたんだね!?)
チョウジは嬉しさのあまり、涙が零れそうになる。
しかし、それを笑顔でグッと堪えた。
(俺は約束を破ってしまった。すまない・・)
(どういう意味!?)
(お前の記憶が戻るまで守ってやりたかった。だが、俺はそれすらできない弱い男だった)
(そんなことないよ・・。それよりも、僕とずっと一緒に居てくれる?)
(あぁ・・)
次郎坊は僅かに笑みを浮かべると、片手をチョウジに差し出す。
チョウジは、次郎坊の差し出された大きな手をしっかりと握り締める。
その手の感触はとても暖かくて、心が和むようだった。
それにとても懐かしい気がする。




「あれ・・ここは・・?」
手を握った瞬間に視界が明るくなった。
チョウジの目には白い天井が映り、鼻にはツンくる薬品の匂い。
下に視線を向けると、体は包帯に巻かれており、まるでミイラのようだ。
「この匂い・・・白い天井・・・」
突然の出来事に、チョウジは何がどうなっているのか分からずに、混乱した。
ふと、握っている手に視線を送ると、そこには黒い髪の毛を後ろで束ねた、自分と同じくらいの少年が座っていた。
その少年は目を真っ赤に腫らして、いまにも泣きそうな顔をしていた。
チョウジは、その少年を一目見ただけで、自然と表情が柔らかくなった。
「シカマル・・・」
「チョウジ、俺のことが分かるのか!?」
「うん・・」
「ほ、本当か?」
「まだ全部を思い出せないけど、大丈夫・・」
「医療班がお前を見つけたときは、大変な騒ぎだったんだぜ」
「ごめんね、心配をかけて・・」
「良かった・・本当に良かったぜ」
シカマルはうつむき加減で、必死に涙を堪えているように見えた。
握っている手が、少し震えている。
「シカマル、目が真っ赤だよ」
「べ、別に、なんでもねーよ」
「僕のこと、ずっと心配してくれたんだ・・」
「バーカ。今日はたまたま、ここにいただけだ」
そういうと、シカマルは照れくさそうに頬を掻いた。
しっかりとチョウジの手を握り締めたまま。


チョウジはしばらく黙り込み、遠くを見つめるような視線で、天井をただ見つめていた。
そして、なにかを思い出したのか、シカマルに話しかけた。
「僕はいのに会わせる顔がない・・。だって守ることができなかったから」
「どうしてだ? いのはお前が命をかけて助けてくれたことに感謝していた。
  いのはお前のことを1ヶ月間、救護班と一緒にずっと探していたし、めちゃくちゃ心配してたぜ」
そういうと、シカマルは視線をチラッと横に向ける。
チョウジがその方向に目をやると、
 そこには椅子に座り、ぐったりとベッドに上半身を倒した、いのの姿があった。
「あれ、いの・・?」
「そっとしておいてやろうぜ。いのはここ一週間ずっとお前にチャクラを流し続けた。
  自分の医療忍術が未熟だから、お前の意識が戻らないって、泣きながら看病していたんだ」
「そうだったのか・・。いの、ありがとう」
チョウジはいのの寝姿を見て、グスンと下を向いた。
「僕はいののために、命を賭けて戦うことができなかった。いのよりもシカマルを選んだんだ」
視線を落として、さらに落ち込むチョウジ。
シカマルはチョウジの深く沈む表情に対し、真剣な口調で返してきた。
「お前はいののために、呪印状態の次郎坊と戦った。
  あんなバケモノと戦うだけでも、立派な決心と覚悟だぜ。俺だったらビビッて震えちまう」
「・・・」
「それによ。自分の命を捨ててまで守らなければならない人間なんて、そういやしねぇ。
  俺だったら、俺のオヤジとおふくろ、あとはお前くらいかもな。友達だからって全員命かけられねーよ。
  もし全員に命を賭けていたら、いくつあっても足りないだろ? 
  だから俺たちは、修行してるんだ。1人でも大切な人間を助けるためにな。
  もっと自分を大切にしろ。別に俺は隊長じゃないから命令じゃねーけどな。お前がいなくなったら俺はよ・・」
「シカマル・・」
シカマルの言葉に、チョウジの心は幾分癒された。
そして、シカマルが自分を想う心に感謝もした。


「次郎坊は・・」
「えっ?」
「次郎坊は生きているの?」
チョウジの質問に、シカマルはけげんな顔で答えた。
「さぁな。いのから聞いたぜ。お前らに散々ひどいことをしたから、天罰が下ったんだろ?」
シカマルの返事に対し、チョウジは首を横に振った。
シカマルの手をギュッと握り締める。
「違うよ。次郎坊は僕にとって大切な仲間。命の恩人なんだ」
「・・・」
「僕たちは次郎坊のせいで酷い目に遭った。でも、本当は心の優しいヤツだったんだ・・」
チョウジの涙ぐむ表情に、一瞬困ったような顔をするシカマル。
頭を掻きながら、チョウジの言葉の意味を頭の中で推察する。
少し間を置いてから、シカマルは真面目な顔になった。
「なにがあったか知らないけどよ・・。お前が次郎坊を大切な仲間だというのならば、
  俺にとっても、次郎坊は仲間だ。もしアイツが傷ついて木の葉の里を訪ねてきたら、
  受け入れてやろうぜ。一緒に寝転がってポテチを食えるといいな。雲みてーにのんびりとな」
「シカマル・・分かるの?」
「次郎坊だってよ、忍である前にまず人間だ。
  それにお前が大切な仲間だと思うのならば、間違いはねぇ。だろ?」
シカマルの言葉に、チョウジは力いっぱいうなづいた。
そして握っている手を、さらにギュッと握り締めた。
チョウジの心には、ほっと安堵した気持ちが覆っていた。
しかし、それと同時に心にぽっかりと大きな穴が開いていたのも事実だった。


──音の里では・・。
大蛇丸は、チョウジがつながれていた豚小屋の扉を開けて、ゆっくりと中に入った。
薄気味悪い笑みを浮かべて。
横には薬師カブトが、ひっそりとたたずんでいる。
「ねぇカブト? あの子豚さんには、結局逃げられたのかしら?」
「申し訳ありません。上忍4人が追いかけましたが、どうやら次郎坊が裏切ったようです」
「あの次郎坊がねぇ・・」
大蛇丸は、何を考えているのか分からないような、不敵な笑みを浮かべる。
そして、呟いた。
「子豚さんには逃げられたけど、大豚さんを捕まえたから実験は問題ないわね?」
「はい」
「しかし、よくこの大豚さんを捕まえられたわね?」
「所詮は人の子ですよ。大切な息子を餌にすれば、罠にかけるのは簡単です」
大蛇丸はカブトの返事に対し、満足そうにうなづいた。
そして、大蛇丸の横に鎖で束縛している男に、視線を向ける。
「いまは巨象用の麻酔で、意識が朦朧としているのかしら。フフフッ」
手をゆっくりと巨漢の男のモノに近づけて、そのまま握り締めた。
<あうっ・・>
「随分といいモノを持っているのね」
「この大豚は、音の里では大人気でしてね。子豚以上に。
  里の男たちにたっぷりと愛撫させたら、豚汁を物凄い勢いでブチまけました」
カブトは、ビーカーを自分の顔の位置まで持ち上げる。
中にはドロッとした白濁液が入っていた。
「カブト、やることが早いわね。この巨漢さん、意外と敏感なのかしら?」
「汁の量はハンパではありませんでした。秋道チョウジの3倍の量は搾り取れます」
「私もあとで楽しませてもらおうかしら。この巨漢・・」
「ついでに抹消もしておきますよ」
カブトは、眼鏡の中央の部分を、指でそっと持ち上げて僅かな笑みを浮かべる。
そして、鎖につながれた男を一瞥すると、そのまま扉を堅く閉ざして闇に消えていった。




最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。以前にWeb拍手で「チョウジ小説」のリクエストがありまして、自分も続編か新作を書きたいとずっと思っていました。しかし、ネタがなかなか定まらずに放置してしまい、気がついてみれば続編を書いたのは3年後になってしまいました(リクエストをされた方、遅くなってごめんなさい(^^;))  今回はきんたろーさんに挿絵を描いて頂きました。きんたろーさんのホームページとリンクさせていただいたときに、チョウジの小説を書くときに是非挿絵を描いてください〜とちゃっかりとお願いをしていて(笑)、ちょうどいい時期にご一緒させていただくことができました。おかげで自分がやりたかったドSなシチュエーションを好き放題にやらせていただき、きんたろーさんにとても感謝しています。
最後のチョウザの場面は、最初はなかったのですが、きんたろーさんに秋道親子の落書きをいただいたときに「チョウザも何気に萌えるじゃん!」と思い、「いっそのこと、チョウザもやっちまえ!←ォィ」と、きんたろーさんにお願いして挿絵を描いて頂きました。だから挿絵がなかったら、最後の段落はなかったと思います(^^; ちなみに挿絵を描いていただいているときに、チョウザが少年ジャンプで死亡したような描写があって、きんたろーさんと「なんだとぉ!」という話になったのですが、生きていたようでよかったです(^^;

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