ゲンちゃん小説(5)


珍しく真面目系な小説になってるかも・・?


登場人物

ゲンとかおり。相思相愛の2人だが・・?


ゲンは、未来から来たかおりと別れてから、毎日ボッとしていることが多くなった。
ご飯も、あまり喉を通らなくなった。
教室の窓から外を見て、ゆらりと風に舞う落ち葉を見て、フゥとため息をつく。
昼休みは、学校の友達と遊ぶこともなく、ボケッと窓から外をみていた。
担任の先生に、宿題を忘れて、何度も怒られた。
いままで、学校でイタズラ以外で怒られたことなんてないのに・・。
──自分が死ぬ。
分かっている未来が迫るにつれて、
 なにかをしなければならないと思っても、逆になにもすることができなかった。
一体、自分は死ぬとどうなってしまうのか?
天国に行くのか、それとも地獄に行くのか?
苦しいのだろうか、それとも何も感じないのか。
いや、自分で未来を変えるのだから、そんなことを考えてもしかたないと、ゲンは自分で自分を納得させる。
それでも、時折、どうしようもなく切ない気持ちになって、心が痛くなる。


俺は思う。
──未来から来たかおり・・・。
アイツは本当に存在したのか?
日が経つにつれて、俺にはあの日の出来事がウソに思えるようになってきた。
いや、俺があの日の出来事を、ウソだと信じたかったのかもしれない。


でも、やっぱり未来のかおりは存在したんだ。
俺はあれから、何度も学校の裏山に足を運び、17歳のかおりと過ごした大樹を見上げた。
17歳のかおりと、気持ちが通じたのは一瞬のことだったけど、
  俺はいまでも、あのときの心臓の高鳴りを忘れることはできないままなんだ。
ポケットに結ばれた、クマのアクセサリーを見るたびに、思い出す。
──かおりの悲しそうな表情。
──かおりの寂しそうな瞳。
俺は自分が死ぬことを考えると、胸が詰まる。
だけど、自分が死ぬことで、かおりが悲しむことを考えると、もっと胸が詰まる。
未来に帰ったかおりは、いまも冷たくなった俺の体をみながら、涙を流しているのか?
そんなの、絶対に嫌だ・・。
これ以上、かおりが悲しむ顔なんて、俺は絶対に見たくねぇ。
俺は、自分の未来を変えてやる。
だから、未来のかおりは、もう泣くことはないはずだ。




──俺とかおり。
かおりに初めて出会った日のことは、よく覚えていない。
俺が物心がついたときには、もうかおりは存在していて、気がつくと隣にいた。
たぶん、家が近かったこともあるのだろうが、
  俺がヨチヨチ歩きの頃から、かおりとは一緒に遊んでいたんだと思う。
それは、昔の写真に、俺とかおりが一緒に写っているのを見れば分かる。
かおりは泣き虫で、臆病で、なにかあるとすぐに泣き出す。
典型的な弱虫で、いじめられっ子だった。
俺は小さいときから、かおりがメソメソするのをおもしろがって、からかっていた。
幼稚園に入ってからも、俺とかおりは同じクラスで、
 毎日グスンと涙ぐむかおりの顔を見て、ゲラゲラと笑っていた。
今考えると、俺ってけっこう性格悪かったのかな・・。
でも、あの頃はかおりに特別な感情は抱いていなかったし、
 別にいじめてるとか、嫌なことをしているとか、そんな風に考えたことはなかったんだ。


ある日、幼稚園の遠足があった。
見たこともない緑の草原と山、そして綺麗な湖。
都会に慣れ親しんだ俺たちにとって、初めて感じた大自然。
自然が溢れる天国のような場所だった。
俺は当然のようにはしゃぎまくり、嫌がるかおりの手を引っ張って、ずいぶん遠くの大きな滝まで連れて行った。
その滝は、どうやって作ったのかと思うほど大きくて、でっかくて、
  靴下を脱いで、滝つぼの浅瀬に足をつけると、冷たくて気持ちよかった。
俺は笑いながら、手のひらで水をバシャバシャとかおりに向かって、かけまくる。
かおりは、ひっくひっくと泣きながら、俺が飛ばす水を一生懸命に避けていた。
「かおり、こっちこいよ!」
はしゃいでいた俺は、強引にかおりの靴下を脱がせた。
そして、かおりの手を引っ張って、水の中に連れ込んだんだ。


<ゲンちゃん、冷たい! 怖いよ〜!>
たしか、そんなことをかおりは言っていた。
嫌がる女の子に、スリルを味あわせることほど楽しいことはない。
俺は、<わーん>と泣くかおりを、さらに浅瀬からもう少し奥まで、連れて行こうとした。
そのとき、かおりは足を滑らせて、思いっきり転んじまった。
さらに悪いことに、かおりが転んだ先には、ちょうど水面から岩が頭を出していて、
  そこにかおりは思いっきり、頭をぶつけちまった。
ゴトッだか、ドスッだか、とても気味が悪い音がした。
俺がびっくりして振り返ると、かおりは痛くて声も出せないのか、
  わずかに手足を痙攣させて、そして倒れたままだった。
そして、岩からなにか黒いものが流れていた。
それが、かおりの血であることを知るのに、俺は数秒を必要とした。


俺はそのとき、一歩も動けなかった。
怖くて体が震えて、何をどうしたらいいのか、声すら出せなかった。
全身に鳥肌が立つのを感じた。
そのとき、かおりが蚊の泣くような声で呟いた。
<ゲンちゃん、助けて・・>
そのあと、俺はなにをどうしたのか、全然覚えていない。
ただ気がつくと、かおりを背負って、必死に走っていた。
いま考えると幼稚園児の俺が、どうやって同じくらい体重のあるかおりを背負って全速力で走れたのか分からない。
でも俺の背中で、<ゲンちゃん、ゲンちゃん・・>と、ただうわ言のように呟くかおりに、
  俺は頭の中が真っ白になる同時に、胸が締め付けられるように痛くなった。
俺は「かおり、がんばれ」とか「かおり、しっかりしろ!」と叫び、泣きながら夢中で走っていた。
かおりを絶対に助けなくちゃっ、かおりは絶対に死なせちゃいけないと思い、必死だった・・。


数日して、かおりは病院から退院した。
幸いなことに、かおりは頭に数針縫うだけで、命に別状はなかった。
頭に包帯を巻いて、幼稚園にやってきた痛々しい姿のかおりを見たとき、
 俺は、かおりを直視することはできなかった。
ただ、唇をギュッと噛み締めて、グッと気持ちを堪えて・・。
「ごめん」って言おうと思っていたのに、俺はそんな簡単な言葉すら、かけることができなかった。
かおりに、笑ってあげることすらできなかった。
情けなかった。
俺は男として、かおりに何もしてやれなかった。


<ゲンちゃん、ありがとう>
かおりの呟きが聴こえたとき、俺は一瞬耳を疑った。
俺はかおりにひどいことをしたのに、かおりは俺に向かって微笑んでくれた。
<ゲンちゃんがいなかったら・・・ゲンちゃんが励ましてくれなかったら、かおりは・・>
俺がかおりを背負って、夢中で走ったときのことを覚えているのか・・?
それとも、俺がずっと病院で、徹夜でかおりの看病をしていたことを知っていたのか・・?
いや、かおりは一度も病院で目を開けなかったのに。
俺は、かおりの言葉を聞いて、自然に言葉が出ていた。
「う、うるせーっ! 俺は別に励ましてねぇ! 俺のやりたいことをやっただけだ!」
思わず怒鳴ってしまった。
本当は、かおりに「すまねぇ」って謝るはずだったのに・・。
でも、かおりは、やんわりと返事をしてくれた。
<うん。ゲンちゃんの背中、とっても大きかったもん。それだけでかおりは安心だったもん>
俺はそのまま背を向けて、かおりから走って逃げた。
なぜなら俺は、自分の涙をかおりにみせたくなかったから。
そして、決意した。
この先、どんなことがあっても、俺はかおりを守ってやるって。


──かおり、好きだ!
俺は将来、かおりと結婚するって決めたんだ。
そして、赤ちゃんを作って、かおりと幸せな家庭を築くって決心したんだ。
だから、あんな未来は・・あんなかおりの姿は絶対に見たくねぇ!




12月25日の朝、俺は登校した。
その日は2学期の終業式で、朝からはっきりとしない天気だった。
仮病を使って学校を、休むことはできた。
だけど、俺はそんなことをしなくても、未来を変えられると信じていた。
だって、分かっている未来なんだぜ?
かおりと一緒にクリスマスパーティにいかなきゃ、いいだけなんだ。
足取りは少し重たかったが、俺はその日教室に入り、かおりに笑顔で「おはよう」と声をかけ、
 終業式の行事を済ませ、その後に掃除をして、やがて放課後になった。
あとは、このまま家に帰って、今日という日が過ぎるまで、ゴロンと寝ているだけ・・・。
それですべてがうまくいくはずだったんだ。
あの忌まわしい未来は、すべて無くなるはずだったんだ・・。


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