ゲンちゃん小説(6)


ゲンは未来を変えることができるのか?


登場人物

ゲンとかおり。相思相愛の関係だが・・?


「ゲンちゃ〜ん!」
ゲンが下校しようと、早足で校門の外に出たとき、後ろから、可愛らしい声がした。
ゲンには、それがかおりの声だと容易に想像できた。
かおりに会わないように、授業が終わった瞬間に外に飛び出したはずなのに。
「はぁはぁ・・」と軽い息遣いをしている様子から、かおりは走って追いかけてきたらしい。


かおりは、腕を後ろに組んでニコッと笑いながら、ゲンの正面に回ってきた。
「かおり・・」
「ねぇ、ゲンちゃん?」
「ど、どうしたんだ?」
「赤ちゃんは、どーやって生まれるのか分かった?」
「へっ!?」
そういうと、かおりはにっこりと微笑んだ。
かおりがどうしてそんな質問をしてくるのか悩んだが、おもむろに口を開いた。
「急になんだよ・・」
「だって、病院にいったら、赤ちゃんは売ってなかったんだもん」
「病院・・?」
「ねぇ、ゲンちゃん、本当のこと教えてよ」
天然のかおりのことだ。
きっと、本当に病院に行って聞いたんだろうなと、ゲンは思った。



「ねぇ、ゲンちゃん。赤ちゃんはどうすればできるの?」
ゲンはかおりの笑顔をジッと見つめる。
そして返事をした。
「赤ちゃんは、その・・・」
答えを母親から聞いたとはいえ、いざそれを口に出そうとすると、相当に恥ずかしい。
「ゲンちゃん?」
「いや・・その・・キスすれば・・」
「キス?」
ゲンは照れながら、斜め上をプイッと向く。
「そう、それ・・キスすればできるらしいぜ」
「本当に?」
「あぁ」
「じゃあ、ゲンちゃん、ここでキスしようよ。かおりと、ゲンちゃんの赤ちゃんを作るの」
「おいおい・・」
「ゲンちゃんと、幸せな家庭を作るの。そのためには子供が必要だって、ママがいってたもん」
「こんなところでキスするのは、ガキのすることなんだぜ」
「そうなの?」
こんな道端で、小学生同士がキスするなんて・・・!
かおりには、周りの目が気になるという恥じらいはないらしい。


かおりは、ニコッと天使のような笑みを浮かべて、ゲンに話しかける。
「ゲンちゃん、今日はかおりのうちでクリスマスのパーティがあるの覚えてるよね」
「あ、あぁ・・」
「一緒に帰ろうね。ゲンちゃんのために、とってもおいしい料理用意しているから」
その言葉を聞いて、ゲンはビクッと反応する。
<一緒に帰る・・・>
このまま一緒に帰ったら・・・。
自分はかおりをかばって、交通事故に遭うんじゃ・・。
せっかくかおりに見つからないように、急いで下校したのに、これでは運命は変わらない。
そう思ったとき、ゲンは背筋にぞっと寒気が走った。


ゲンは困ったように頬をかいた。
そして、手をモジモジとさせながら、返事をした。
「それがその・・・」
「どうしたの?」
「今日は用事があって、行けなくなったんだ。すまねぇ・・」
「えーっ!!」
その言葉を聞いて、かおりはガックリと膝を落とす。
まるで、この世の終わりのような寂しい顔で、ゲンに小さく呟いた。
「ずっと前から約束してたのに・・」
「ごめん・・」
「ゲンちゃん、かおりのこと嫌いになったんだ・・」
「そ、そんなんじゃねー!」
「だって、ずっと前から約束してたのに! どうして来られないの?」
「それは・・だから・・」
「ゲンちゃん、他の女の子と約束したんでしょ・・かおりのことなんか・・」
「バカ言うな!」


ゲンはこの場を這い出してでも、逃げ出したかった。
このまま、かおりと一緒にいるのは、非常にまずい。
未来から来たかおりは、言っていた。
『かおりとクリスマスパーティに帰る途中に、かおりをかばって事故にあった』と。
それが事実ならば、かおりとパーティに行くことは、絶対に避けなければならない。
ゲンは額に汗を流しながら、必死にパーティに行けない理由を考える。
「あの、そのさ・・。今日、俺の母ちゃんが病気で倒れたんだ。
  だから、看病してやらなくちゃいけなくなってさ。
  もし、母ちゃんの具合が良くなったら、すぐにパーティに行くからさ。すまねぇ」
我ながら、上手い言い訳だとゲンは思った。
家族が病気ならば、これほど断りやすい理由はない。
──しかし、そう思った矢先。
「ゲンちゃんのウソつき!!」
「えっ?」
「だって、そこにゲンちゃんのお母さん、歩いているじゃないの?」
「ええっ!?」
かおりが指を差した先に、恐る恐る視線を向けてみると・・。
そこには、ゲンのお母さんが、買い物袋をぶら下げて、元気よく歩いているではないか。


ゲンは、自分の母親が歩いている姿を見て、表情が固まってしまった。
いくら偶然とはいえ、まさかこんなに簡単にウソがバレるなんて・・!
一方のかおりは、どんよりと沈んだ面持ちで、目に涙を溜めていた。
「ゲンちゃん・・かおりのこと、本当に嫌いになったんだ・・」
「そんなことねー!」
「だったら、どうしてウソまでついて、クリスマスのパーティに来てくれないの?」
「だから、それは・・」
「ゲンちゃんのバカ!! もう大嫌い!!」
珍しく大声を荒げるかおり。
よほど、今日のクリスマスパーティを楽しみにしていたのだろうか。



「もう、知らない!」
「待てよ! かおり!」
かおりはゲンの体を突き飛ばし、そのまま走り出した。
ゲンは急いで、かおりの後を追う。
「ゲンちゃんなんて、大嫌い! ついてこないで!」
「誤解だ、かおり! 俺の話を聞け!」
「ウソつきなゲンちゃんなんて、もう知らない!」
「だから、話を聞いてくれ!」
ゲンは、走りながら懸命に考えていた。
そして、迷っていた。
──かおりを引き止めて、謝るべきか?
──今日はこのまま家に帰るべきか?
かおりに謝ったほうがいいに決まっている。
しかし、謝ってそのままパーティに行ってしまったら・・。
自分は死ぬんじゃないのか・・?
一体、どう選択して、どう行動すればいいのか・・・。


ゲンは後悔した。
もっと早く、かおりに本当のことを話していれば、こんなことにならなかったのかもしれない。
未来のことを話しても、信じてはもらえないかもしれないが、そうするべきだったのだ。
しかし、今更考えたところで、事態を変えることはできない。
「ハァハァ・・かおり・・」
ゲンは必死にかおりを追い、なんとか手が届きそうな位置まで近づいた。
しかし、そのとき・・。
耳を裂くような自動車のクラクションが響き渡った。



かおりが、T字路に差し掛かったとき、前方から自動車が猛スピードで飛び込んできたのだ。
「きゃああ!」
「かおり、危ねぇ!」
静かな住宅地に響きわたる悲鳴。
ゲンはなんの躊躇も無く、かおりの体にめがけて、思いっきりジャンプして飛び込んだ。
その一瞬、ゲンは悟った。
すでに、自分の運命は動いていたことに。
これが、決められた運命だったことに。


──俺は未来から来たかおりの言葉を思い出した。
<ゲンちゃんは交通事故に遭った。ゲンちゃんが私をかばって死んでしまった>
そうか、そうだったんだ・・。
ここで、俺はかおりを助けて、身代わりになって死ぬ。
分かり易すぎるじゃないか。
それが俺の運命かよ・・・。
結局俺は、何も変えられないのかよ・・。
なにやってんだ、俺・・。


<私は10年も、ずっと1人ぼっちだった>
<カプセルの中で凍ったゲンちゃんを見るたびに、ずっと泣いていた>
俺はハッと我に帰った。
もし、俺がここで死んだら、かおりは、ずっと苦しみ続けることになるんじゃないか・・。
未来のかおりとの約束を、果たしてないじゃないか・・。
──俺はここで、死んじゃいけない。
そう考えたとき、俺は地面に足をつけて飛び込むのをやめた。
いや、足が勝手に動いていた。


それは一瞬の迷い。
人と車が接触したような鈍い音。
キーッという車のタイヤの軋む音がしたかと思うと、そのまま車は猛スピードで走りさっていった。
「か、かおり・・?」
ゲンが、砂埃が舞い上がる前方に、恐る恐る視線を向けると・・。
そこには、壁に寄りかかって座り込んだ、かおりの姿があった。
ゲンは急いで、かおりの元に駆け寄る。
「おい、かおりっ! しっかりしろ!」
しかし、かおりからの返事はない。
グッタリとした様子で、額から血がスッと落ちている。
その色をみて、ゲンは顔から血の気が引き、気分が悪くなった。
一歩も動けなかった。
怖くて体が震えて、何をどうしたらいいのか、声すら出せなかった。
(ウソだ・・・かおりが・・・こんなことってあるもんか・・)


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