ゲンちゃん小説(7)


思いもよらぬ事態にゲンは・・?


登場人物

ゲンとかおりです。


──かおりが死んだ・・・?
──まさか、こんなことになるなんて。
──未来が変わったのか?
──全部、俺のせいなのか・・?


「うわーーーっ!!」
俺はその場で大声で叫んだ。
頬から涙が零れ落ちた。
俺は、かおりに飛び込もうとした一瞬、勝手に思い込んじまった。
『未来はすでに決まっている』と。
このまま飛び込んだら、自分が死ぬことが分かっていた。
だから、恐怖で足を止めてしまった。
俺は死ぬことが怖かったんだ。
俺はこんなにも臆病だったのか・・。
その結果が、まさかこんなことになるなんて・・。
「俺は・・俺は、とりかえしのつかねぇことをしちまったのか・・・」


ゲンは拳を握り締め、苦悩に顔を歪ませていた。
──心が痛い。
──胸が苦しい。
締め付けられるような、この感情はなんだろう?
「俺はなんてバカなんだ!
  未来は変えることができたんだ。いまこうして、俺は生きているじゃないか。でも、かおりが・・。
  こんな未来に変わっても、俺はちっともうれしくねぇ!
  俺がもっとしっかりしていれば、かおりのことを・・ちくしょう!」
ゲンは自分で自分を責めた。
もっと慎重に行動していれば、2人で楽しいクリスマスパーティを迎える未来に変えることだって、可能だったのだ。
どうして、こんな簡単なことができなかったのか。
残酷な未来に変えてしまったのは、他でもない自分自身。
だから、ゲンは悔しくて、悲しくて、涙を流し続けた。
「俺は、誰一人幸せにできないバカヤロウじゃないか!」



ゲンはすっかり意気消沈し、顔から生気がなくなっていた。
ガックリと膝を落とす。
すると、わずかな声が聞こえた。
「ゲンちゃん・・助けて・・」
「か、かおり!?」
ゲンは、大きく目を見開き、かおりのそばに駆け寄る。
かおりは、苦しそうな顔をしながら、わずかに呼吸していた。
時折、どこかが痛いのか、ブルッと痙攣するように体を震わせている。
「おい、かおり! しっかりしろ!」
「ううっ・・」
「かおり、大丈夫か! 意識あるのか? どこが痛いんだ?」
必死にかおりに気持ちを伝えてみるが、かおりは唸るだけでまともな返事は返ってこない。
(まだだ・・まだ終わってねぇ・・。
  かおりは生きているんだ。そして、俺も生きている。
  未来は変わったんだ。絶対にかおりを死なせねぇ!)
ゲンは、涙を片手で拭いとり、立ち上がる。
そして、その場であらん限りの声で叫んだ。
「誰か、救急車を呼んでくれ!!」
「事故でケガしてるんだ!」
「頼む! 誰かいねぇのか!」
ゲンは祈るような気持ちで、何度も何度も叫び続ける。
しかし、周りからは何の返事も反応もない。


シーンと静まった住宅街の路地。
「ちくしょう!!」
こんなときに限って、誰も周りに人がいないなんて。
時間だけが過ぎていく道端で、かおりは苦しそうに、必死に助けを求めている。
「こうなったら、俺が病院に運んでやらぁ!」
ゲンは傷ついたかおりに近づき、そっと背中を向ける。
そして、かおりをなるべく動かさないように、慎重に自分の背中に乗せる。
(急がないと・・急がないと、かおりが死んじまう!)
ゲンは気がつくと、かおりを背中に乗せて無我夢中で走っていた。
「ゲンちゃん・・」
時折、かおりから、かすかな声がする。
「かおり、死ぬんじゃねぇぞ。しっかりしろ!」
「ゲンちゃん・・助けて・・」
「俺がついてらぁ! すぐに病院に連れて行ってやる!」
ゲンの頭の中は真っ白になっていた。
もし、かおりが助かるならば、この足が折れてもいい。
だから、もっと速く走らせてくれ。
ただひたすら、病院に向かって走り続ける。
それだけしか考えていなかった。



しばらく走って、ゲンが四つ角を曲がった瞬間。
目の前に、巨大な物体。
<ブォーーン!!>
それは、四つ角を一時停止もせずに走りこんできたトラック。
大きなクラクションを鳴らして突っ込んでくる。
──『死ぬ』。
あまりに突然の出来事に、ゲンは口から心臓が飛び出そうになる。
「そんなっ! 避けられねぇ!」


未来から来たかおりの言葉が脳裏をよぎった。
<ゲンちゃんは、12月25日に交通事故で死ぬわ。トラックに跳ねられて>
──『トラックに跳ねられて』
ま、まさか。
俺は一瞬で悟った。
──俺が死ぬ事故とは、このことを指していたのか。
俺が死ぬのは、さっきのかおりの事故じゃない。
さっきの事故は、起こるべくして起きた事故だったんだ。
俺が飛び込まなかったことも、かおりがケガをして意識がないことも、全部決まっていたことだったんだ。
だから、未来のかおりは、俺がどうして死んだのかを、はっきりと覚えていなかったんだ。
俺は咄嗟にかおりを地面におろし、抱きしめた。
トラックに背を向けて、かおりをクッションのように包み込む。
俺がこうして守れば、かおりだけは助かるはずだ。
だって、未来はそう決まっているんだから。
──俺の分まで生きてくれ。
トラックが迫るほんの一瞬の間に、俺は行動していた。


<ゲンちゃん!>
<諦めないで! 私たちの未来を変えて! これ以上、寂しい思いをするのはもう嫌よ!>
(かおり・・?)
抱きしめたかおりから、声がしたような気がした。
未来のかおりは、ずっと俺のことだけを見て、悲しんで・・。
俺は二度と、かおりのあんな姿を見たくない。
俺が望むかおりは、泣き虫だけど、元気で明るくて、笑顔が似合うかおりだ。
俺は約束したじゃないか。
かおりを悲しませることはさせねぇって。
ほんの数分前、俺は未来は変えられるものだって、信じたはずなのに。
ここで諦めて、どうすんだよ・・。
変えられるはずなんだ。
いや、俺が変えなくちゃいけないんだ!


「まだだ! こんなところで死んでたまるかっ!」
<ブォーーン!>
クラクションの轟音。
目の前に迫る、とてつもなく大きな物体。
俺は覚悟を決めて、トラックの正面を向いた。
眉をつりあげてトラックを睨みつける。
「俺は絶対にかおりと一緒に生き抜いてやる! 運命なんてクソ喰らえだ!」
──グシャ。
なにか鈍い音がしたのは、覚えている。
そして、次の瞬間、俺の意識は飛んでいた。




未来を変えることなんて、簡単だと思っていた。
まして、それが分かっている未来ならば、なおさらだ。
でも、俺は変えることができなかった。
俺は決められたレールの上を、ただ歩かされていただけだった。
どうして、人間には未来を変える程度の力がないんだ・・?
未来って自分で切り開くものじゃないのかよ・・。
それとも、俺が弱いだけなのか・・?


──かおり、本当にすまねぇ。
また1人ぼっちになっちまったのか?
俺がいない世界で、たった1人で生きていかなくちゃいけないのか?
未来のかおりがやってきたあの日・・・。
学校の裏庭で、かおりが10年後の未来へ一緒に行こうと言ったとき、俺は行くべきだったのか・・?
いや、俺が未来に行かないことも、決まっていたことだったんだ。
なんだよ・・。
なんでも、決まったことじゃねぇか。
つまんねぇ・・。


次回最終回です。

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