第1話はハルユキ視点でしたが、第2話から第三者視点となります。視点がコロコロ変わってスミマセン。
登場人物
ハルユキ。小柄で太った体型。性格は内向的。
チユリ。ハルユキの幼馴染。
タクム。ハルユキの幼馴染で親友。
ハルユキは、泣いた顔を蛇口の水で濡らし、ハンカチでふき取った。
頬を伝わった涙の跡は、一緒に洗い流されたのか、いつの間にか消えていた。
気を取り直して、洗面所から廊下に出る。
すると、そこに1人の女の子が立っていた。
ハルユキが、毎日顔を合わせる幼馴染の子。
髪の毛は茶色のショートカットで、細身で可愛らしい。
その子の名前はチユリという。
ハルユキは彼女のことを「チユ」と呼び、チユリは「ハル」と呼ぶ。親しい間柄だ。
ハルユキは、あえてチユリの顔をみないで、視線を下を向けた。
なんとなく感じていた。
チユリが、どんな表情をしながら自分の顔を見ているのかを。
「ねぇ、ハル?」
チユリは少し震えるような声で話しかけてきた。
返事をしないわけにもいかないので、ハルユキは背中でつぶやいた。
「なんで俺がここにいると分かったんだ?」
「見てたの。さっきの…」
「……」
ハルユキには分かっていた。
自分がイジられていることを、チユリが知っていることぐらい。
でも、面と向かって言われると、一瞬言葉が詰まって押し黙ってしまう。
自分が情けないというか、チユリに同情されたくないというか…。
なぜならチユリは小さい頃から、ハルユキの全てを知っている唯一のクラスメートだから。
「ねぇ、ハル? アイツらのメールを学校に提出すれば?」
チユリは心配そうな声が、耳元に届く。
「私が視界スクリーンショットを撮って、先生にみせればアイツらだって…」
ハルユキは複雑な気持ちだった。
心配してくれるのは嬉しい。
しかし、それを素直を受け入れる気持ちの余裕がなかったのだ。
当然、ハルユキだって考えている。
どうしたら、このイジメ地獄から抜け出せるかを。
「ハル?聞いてるの?」
チユリは何度もハルユキに問いかけてくる。
仕方なく、ハルユキも重い口を開いた。
「生活指導の先生には話したよ」
「それで先生は?」
「メールだけじゃ、本当にイジメか分からないって」
「担任の菅野先生は?あの人、熱血だから…」
「もういいんだよ」
「そうだ、タッくんに相談してみる? タッくんなら…」
「タクにだけは言うな!」
ハルユキは、自分でも信じられない大声をあげていた。
ハルユキは"タク"という固有名詞に反応していてた。
タクというのはタクムのことで、チユリと同じハルユキの幼馴染の男の子だ。
ハルユキが安心して話せる友人でもある。
同じマンションに住んでいるのだが、新宿の小中高一貫校に通っていて学校は違った。
学校が違うからこそ、ハルユキにとって、タクムは大切な友達だった。
イジメられている自分を知らない友達。
会えば気さくに話せる友達。
だから自分がイジメられていることは、タクムには絶対に知られたくなかった。
いまでもタクムとチユリに会えば昔に戻れたし、そのときだけはイジメのことを忘れられた。
そして、なによりも親友のタクムに、ハルユキは自分の情けない姿を見られたくなかった。
「もういいんだよ…」
いつの間にか呟いていた。
「学生時代は捨てるって決めたんだ。だから構うなよ」
「捨てるって…ハルのそんな姿は見たくない…」
チユリの優しい言葉に、ハルユキは悔しくて唇を噛んだ。
本当に捨てたいなんて、思っている訳がない。
誰だって、楽しい学生時代が送りたいに決まっている。
しかし、どうすればイジメ地獄から抜け出せるというのか。
ハルユキは自分の不甲斐なさと、チユリの優しさに居たたまれなくなり、その場から走り去ろうとした。
だが、チユリが後ろから追いかけてきた。
通せんぼをするように、行く手をさえぎる。
「ハルのために持ってきたの。ポテトサラダにハムチーズだよ」
チユリはカワイらしいバスケットを、目の前に差し出した。
バスケットの中から、ほんのりと手作りのサンドイッチの匂いがする。
おそらく、チユリがハルユキのために一生懸命に作ったものだろう。
しかし、ハルユキにはその雰囲気が居たたまれなかった。
「ハル、これ好きでしょ?」
チユリはハルユキのことを思って、手を差し伸べているに違いない。
だが、その優しさは返ってハルユキを大いに傷つけていた。
「俺に構うなって言ってるだろ!!」
本意ではなかった。
手が勝手に動いて、チユリのバスケットを払いのけていた。
ハルユキの視線の先には、バスケットからこぼれおちたサンドイッチの残骸。
背筋に、ぞっと寒気が走る。
ハルユキはチユリに謝らなくてはいけないと思ったが、そんな言葉さえ喉から出ることは無かった。
言葉に詰まって、その場から逃げ去った。
ハルユキは目に涙を浮かべながら思った。
──最低だ。
謝らなくてはいけないときに、謝れない人間なんて最低だ。
チユリは何も悪いことをしていない。
ただチユリの気持ちに対して、素直になれなかっただけだ。
こんな人間が、幸せになれるわけがない。
自分が不幸だからって、他人を不幸にする権利がどこにあるのか。
………
………
学校の授業が終わり、ハルユキは重い足取りで帰途についていた。
歩道橋のてっぺんまで昇ると、背中のほうから声がした。
「ハルッ!」
夕空に透き通るような声の持ち主は、間違いなく親友のタクムだ。
ハルユキが笑顔で振り返ると、黒い学生服に剣道の道具を背負ったタクムと、その後ろからチユリが歩いていた。
一瞬、チユリの表情をみる。
先ほどのサンドイッチのことを怒っているのだろうか、チユリの表情は少し固くみえた。
気まずい雰囲気になるのは避けたいと思い、ハルユキはすぐに視線をタクムに移した。
何事もなかったのように、笑顔を作る。
「タク!」
「偶然だなぁ。今帰り?」
「うん」
「みんなで一緒に帰ろうか」
ハルユキは先ほどまでのウヤムヤがウソのように、楽しく会話をしていた。
タクムがいるとなぜかホッと安心する。
「タク。そういや、この間の剣道大会の動画みたよ」
「本当かい?」
「すげーな。1年生でもう優勝かよ」
「いや、まぐれだよ。それにチイちゃんもお弁当持参で応援に来てくれたしね」
ハルユキが尋ねれば、タクムは優しく答えてくれる。
心が弾んだ。
「あの入れ込みようは弁当パワーかよ」
「でもハルだって、チイちゃんの手作りのお弁当を食べたんだろ?」
「えへへ……」
楽しい会話は、そこで止まった。
ハルユキの心に突然、疑念が渦まいたのだ。
「どうして弁当のことを知っているんだ…」
「えっ?」
ハルユキは、ゴクリと唾を飲み込んで考えた。
(弁当はタクのアイデア…。
でもどうしてタクがそんなことを…まさかチユが荒谷のことを…)
一瞬にして悟った。
一番恐れていたことが、起こってしまったことを。
タクムに、自分が荒谷にイジメられていることを知られてしまった…!
チユが告げ口したと分かったとき、すでにハルユキはその場から逃げ出していた。
「どうしたんだよ、ハル!」
「ごめん、タクまたな!」
ハルユキはただ走り続けた。
前も見ずに一直線に。
前を見なかったのではない、涙で前が見えなかった。
一番の親友のタクムに、自分の情けない姿を知られてしまった。
この先、タクムにどんな顔で会えば良いのだろう。
ハルユキは高層マンションに駆け込んで、そのままエレベータに駆け込む。
てっぺんのボタンを押して、慌ててドアを閉めた。
「うっ…う…」
必死に声を殺して、そのまま屋上に出た。
地上30階の屋上は、まだ夕陽がまぶしくて空が赤く染まっていた。
ハルユキはゆっくりとフェンスに近づいて、ぼんやりと屋上から下界を眺めた。
(ボクは何のために生きているんだろう…。
チユにひどいことをして、タクに情けない姿を晒して…。
もうボクには、親友と呼べる人間は誰もいなくなったのかもしれない…)
フェンスを力いっぱい掴んだ。
(誰かボクを助けて…)
ハルユキが屋上に来た理由。
自分でもここに来るまで分からなかったが、おそらく1人で思いつっきり泣くためだ。
ここならば声を出して泣いても、誰も見ていない。
それに夕陽が心をなぐさめてくれる。
だから、声をあげて泣こうと思ったが、なぜか泣くことはできなかった。
泣きたいはずなのに。悔しいはずなのに。
(もう何も考えたくない。
このまま夕陽の中に吸い込まれて、異世界に飛んでっちゃえば、ラクになるのに…。
そっか…。このフェンスをよじ登って、夕陽に向かって飛び降りちゃえばいいのかな…)
登れない高さではない。
でも、ここを登ったらボクは…。
ハルユキは思った。
結局、何もできない自分。
楽しいときに笑い、悲しいときに泣く、そんな簡単なこともできない。
そのまま崩れ落ちるように膝を落とした。
(どうしてボクだけが苦しまなくちゃいけないんだ…。
もうどうなってもいい…荒谷に殴らても殺されても、別にいいじゃないか…。
ボクがこの世界からいなくなっても、世界の人口が1人減るだけの話だ。
そうだよ、いつだってボクは自分を終わらせるこどかできる。
明日からは、なるようになればいいんだ…もう全てが終わればいいんだ…)
そのまま辺りが暗くなるまで、ハルユキは立ち上がることができなかった。
ここまではほとんどアニメと同じです…。次回をお楽しみに。