菅野に失望したハルユキの行く末は…?
登場人物
ハルユキ。小柄で太った体型。性格は内向的。
荒谷。手下と一緒にハルユキをいじめている。
ハルユキは菅野の尋問が終わったあと、肩を落として教室に戻った。
一時限目が始まる直前で、教室のドアをあけると全員の視線がハルユキに集中した。
<有田のヤツ、進路指導室に呼び出されたらしいぜ>
<足が短いから遅刻だろ>
コソコソと話しているのが、耳元に届いた。
目立つことが嫌いなハルユキには、とんだ迷惑な話だった。
駆け足で席につく。
チラッと横をみると、荒谷の蔑むような笑い。
いつもと同じ生活に戻っただけだった。
だが、今日はなぜか荒谷の顔を見ても、嫌悪感はなく、ただため息が出るだけだった。
…。
…。
昼休み前に、荒谷からメールが届く。
またビックリ箱のようなエフェクトが視界を覆い、クソ生意気な声が耳に届いた。
『けーへへへっ、今日は焼きそばパン1個、クリームメロンパ2個にイチゴヨーグルトだ!
これが最後のラストチャンスだ。遅れたら、マジで肉まんの刑! 屋上まで持って来い!』
ハルユキは不思議と、悪魔の声を聞いても、不愉快さを感じなかった。
あと10分くらいしたら、昼休みのチャイムが鳴る。
そうしたら、もう然とダッシュをして売店に駆け込む。
そして、荒谷のために品物を購入する。
数ヶ月間繰り返した、いつもの行動。
実にバカバカしい。
ハルユキはフッとため息をついて、そのままメールを閉じた。
──キンコーン。
昼休みのチャイムが鳴り響く。
ハルユキはそっと席を立ち、いつも通りに売店に向かう。
しかし、足が鉛のように重くて、動かすのも面倒くさい感じがした。
売店につくと、目の前にさまざまな種類のパンが並んでいる。
しかし、どのパンを荒谷に購入しろと言われたのか、思い出すことは出来なかった。
「まぁいいや」とため息をつきながら、屋上に向かった。
腕の中には、適当なパンが転がっているだけで、何を購入してたのか覚えていない。
ハルユキはふと思った。
自分はおかしくなってしまったのだろうか。
このまま屋上に向かえば、数分後には激怒した荒谷が、自分に制裁を加えるだろう。
自分にとって、最悪の出来事が訪れるのは間違いない。
──すべて終わってしまえばいい。
そんな風に考えていたのかもしれない。
屋上につくと案の定、すぐに荒谷とその取り巻きに囲まれた。
睨みつけるような荒谷の表情、せせら笑う取り巻き連中の顔。
ハルユキの腕の中に、
焼きそばパンも、クリームメロンパンも、ヨーグルトもないのだから当然だ。
「焼きそばパンが無いじゃねーか?」
「……」
「俺のイチゴヨーグルトはどうした?」
「……」
「おい、有田! なんか言ってみろ!」
「すみません……」
別に謝らなくてもいいのに、ハルユキは反射的に口を開いていた。
どうでもいいと思いつつも、荒谷に目の前で怒鳴られると、寿命が縮む思いがするのは変わらなかった。
「このブタ、俺に反抗する気か?」
「そんなことありません」
「じゃ、どうして買ってこなかった?」
「分からないけど、そういう気分じゃないっていうか…」
「ふざけんじゃねーぞ! どうなるか分かっているんだろうな?」
「……」
3人に囲まれたハルユキ。
鋭い視線がハルユキの体に突き刺さる。
耐え切れずに、押し黙って小動物のように、わなわなと震え続けた。
荒谷はハルユキの首根っこを掴み、軽く持ち上げた。
「おい、有田」
「ぐっ…」
「今日が最後のラストチャンスだと言ったよな?」
「は、はい…」
「わざと買わなかったのか?」
「さ、さぁ…」
ハルユキの返答に、荒谷の額の血管が浮き上がる。
「ほう。俺に抵抗する気か?
まぁいい。これが最後のラストチャンスだったが、明日に延ばしてやってもいいぜ」
「……」
「どうした?」
荒谷の噛み付きそうな声。
悪魔のように睨みつける顔。
とても正面から凝視できるものではない。
ハルユキは震えながら、蚊の鳴くような声で返事をした。
「どうせ…」
ハルユキの小さな声に、荒谷が怒鳴りつけるように聞き返した。
「なんだって?」
「どうせ明日に延ばしても、毎日がラストチャンスなんですよね…。
だから、こんな生活はもういいかな…なんて…」
「はぁ? 開き直ってんじゃねーぞ!」
「殴りたければ殴れば…」
そう言いかけた途端、ハルユキの頬に尋常ではない痛みが走った。
「がはっ!」
ハルユキのふくよかな右の頬が、凹むほどつぶされた。
そして太った体が、数メートルは後ろに飛ばされた。
「生意気なこと言ってんじゃねーぞ、このブタが!」
荒谷にとって、ハルユキを殴ることなど、何のためらいもない動作なのだろう。
耳障りな言葉が聞こえた途端、反射的に殴りつけていたというのが正しいのだろうか。
吹っ飛ばされたハルユキは、砕けるような痛みでしばらく仰向けに寝ていた。
少しだけ痛みが和らいだあとに、上体を起こして荒谷の方向を見つめた。
ハルユキの視界に写ったのは、
ポケットに手を入れたまま薄ら笑いを浮かべて、近づいてくる荒谷の姿だった。
まるで獲物を狩る狼のような目をしていた。
次回、荒谷のリンチにハルユキは…?