ハルユキの苦悩(16)



登場人物

菅野(すげの)。ハルユキの担任。

有田春雪。内気な性格。


有田の発言に、俺はどのように返事をしたら良いのか分からなった。
ただボーゼンとした。
もし、発言の内容が本当ならば、俺はいますぐに有田を抱きしめたい気持ちだった。
だが、有田の言葉をそのまま信じてよいのか、判断に迷った。
「先生、真剣に聞いていますか?」
「も、もちろんだ」
「ボクは先生のことが…」
有田は思いつめたような表情をして、話しかけてきた。
「ボクは先生のことが…好きになっちゃったみたいです…。
  ボクは男だから、先生のことが好きになるのは、おかしいとは思うんです…。
  だけど、本当に好きになっちゃったみたいで…ごめんない、自分でもいま何を話しているのか、
  よく分からないんです…。こんなこと話したら、軽蔑されますよね。でもガマンできなくて…。
  それで…あの…その…先生はボクのことをどう考えてるのだろうって…。
  気になったら、居てもたってもいられなくて、先生の家の住所を調べて、
  気がついたら先生の部屋に入って、裸の先生をずっと見てました。ドキドキしながら。
  たぶん、先生はボクのことなんか、何も考えてないと思います。だけど、ボクは……」
なんだ、この会話は…。
一体、有田は何を話している…?
俺はただ、気が動転していた。


「あの、先生。どうして返事をしてくれないんですか…。
  そ、そうですよね、ボクは男だから、先生のことを好きになるなんてあり得ないし、
  信じてもらえないですよね。こんなことを相談して、先生も訳が分からないですよね…。
  はは、ボクってなんかおかしいのかな…」
──違う。
返事をしないのは、俺も口から心臓が飛び出るほど驚いているからだ。
俺自身、嬉しいのか、驚いているのか、それすらも分からずに硬直しているんだ。
それにしても、有田は1人でどれくらいの時間、話したのだろう?
有田はこんなにたくさん、自分のことを話す生徒だったのか。


ふと有田の顔に視線を送ると、いまにも頬から涙が零れ落ちそうだった。
正直、ドキッとした。
涙を滲ませているということは、俺に真剣に話しているということだ。
「先生、ごめんなさい。ボク、もう帰ります…」
その言葉が終わらないうちに、俺は有田春雪を正面から思いっきり抱きしめていた。
太った体が縮むくらい、思いっきり、力一杯…。
「セ、センセッ…!」
俺は無言で有田の体を包み込む。
──感じる…。
有田の暖かい体。
有田のドキドキと高鳴っている心臓の鼓動。
震える体、そして柔らかい肩、胸…。
「痛いです…」
「すまん、有田…!」
「センセ、どうして抱いてくれるんですか…?」
「好きだからに決まっているだろ!」
「いまなんて…?」
「俺は有田のことが大好きだ!」
「セ、センセ…!」
「お前、本気なのか? 俺のことが好きって本心なのか?」
「……。いま先生に抱かれて、胸が張り裂けそうです…」
もう何も隠す必要はなくなった。


「センセッ…」
有田はしばらく俺の胸の中で、すすり泣いていた。
太った体を小さくして、子豚のようにぶるぶると震えながら。
俺の心臓はこれ以上ないほど、ドクンドクンと波打っていた。
この心臓の鼓動は、きっと有田の耳にしっかりと届いているはずだろう。
その音が、有田を少しだけリラックスさせたのだろうか。
少し経つと、有田の肩の震え振えも収まってきた。
「有田、顔をあげてくれ」
「は、はい…」
胸の中に埋まっていた顔が、おもむろに離れる。
有田は涙で目を赤くして、少し怯えるような表情で俺を見上げた。
緊張しているのが、手に取るようにわかった。
しかし、それは俺も同じだ。
俺は有田のボサボサした髪の毛を撫でながら、その手をゆっくりと頬へと移動させた。
そして頬に残った涙を優しく拭いてあげる。
「センセ…ボクは…」
「何も言うな」
俺は自分の顔を、有田にゆっくりと近づけた。
目を閉じて、有田の唇に自分の唇を重ねる。
触った瞬間に、有田の唇が震えていているのに気がついた。
でも、それは柔らかくて、食べてしまいたいほどだった。


唇と唇を合わせただけで、俺は興奮した。
すでに下半身のモノはビンビンに勃起していた。
俺は、唇と舌を使って、有田の上唇と下唇を交互に舐めずった。
おそらく有田は、これが初めてのキスなのだろう。
唇をどう動かしてよいのか分からずに、ただ鼻からフーッという息遣いをしていた。
でも、その息遣いはとても小さい。
おそらく恥ずかしくて、息を殺しているのだろう。
俺は有田の小さな鼻息をを顔に感じただけで、心が踊り、呼吸がどんどん荒くなった。
もうガマンができなくなり、少し大胆かと思ったが、舌を伸ばして有田の唇をこじあけた。
そして唇の奥にある、有田の舌先をちょんちょんと突いた。
(はぁ…ああ…)
有田のかすれた声。
初めての感触に戸惑っているのだろうか。
俺は天に昇るほど気持ちよくなり、
  さらに舌先で、ツンツンと有田の舌を追い回した。


その舌はヌメッとしていたが、暖かくて有田の匂いがするようだった。
有田は突かれた舌をどうしてよいのか分からずに、しばらくさまよっていた。
俺はそんな有田の行動が可愛らしくて、わざとペロッと横舌を舐めたりして、刺激していった。
しばらくすると有田も、なにが一番気持ちよいのか分かったのだろう。
舌をツンツンと、自分から動かしてきたのだ。
(有田…俺の愛情を受け取ってくれ)
俺は舌を思いっきり、有田の舌に絡ませた。
舌と舌が交わり、ピチャッと音がする。
俺は舌をしゃぶり、さらに舐めずりまわした。
とろけるような有田の舌の感触。
俺の脳はがだんだんと真っ白になっていった。
俺はいま、ずっと恋をしていた有田春雪と、現実に舌を交わらしている。
有田と舌を絡ませることなんて、永遠に不可能だと思っていたのに。
もう胸がいっぱいだった。
いつまでも、まん丸に太った有田春雪の体を抱きしめて、そしてずっとキスしていたかった。


(うん…むっ…)
(あん…)
有田、気持ちいいよ…。
なんて柔らかくて暖かくて、とろけそうな舌をしているんだ。
まるで夢を見ているようだ。
チラッと目をあけて、有田の表情を眺めてみる。
彼は恥ずかしいのだろうか、ギュッと目を閉じていた。
随分と熱い呼吸をしていたが、優しい顔つきをしていた。
いままでの苦悩から解放されたように。
まるで俺には、天使のように思えた。
……。
しばらくして唇と唇が離れる。
俺の唾液と有田の唾液が、2人の間に混ざり合い、そして滴り落ちた。


有田は初めての接吻で、相当に動揺しているのだろうか。
とっくに唇は離れたというのに、まだビクビクと体を震わせて、俺の体に小動物のように抱きついてきた。
「センセ…恥ずかしいよ…」
俺はそんな有田がかわいくて、いじらしくて、髪の毛を撫でて抱きしめてあげた。
しばらくすると、有田は視線を上げて、ウツロな目をして俺のことをじっと見つめた。
そして、俺に問いかけてきた。
「すげのセンセ…。ボク、うれしくて…」
「俺もだ」
「あの…すげのセンセ…、センセは本当は彼女とかいるんでしょう?」
「いない」
「でも、ボクは男だし、センセは女の人が好きなんですよね…」
「俺は男も女も関係ないんだ。いま俺が愛してやまないのは、有田春雪だ」
「どうしてそういい切れるんですか…?」
その問い掛けに、俺は真剣な表情で話しかけた。
「保健室でお前の体を触っただろう? 俺は本当は謝りたいんだ。
  俺はウソをついた。舐めてキズを治すなんてウソだったんだ。
  俺はお前のことがずっと好きだった。だから体を触りたかった。舐めたかった。
  お前の気持ちを無視して、俺はお前に射精までさせてしまった。
  大好きな有田春雪を目の前にして、俺は自分の気持ちを抑えることができなかった。
  さぞ、恥ずかしい思いをさせただろうと、家に帰ってから後悔していたんだ。
  情けない教師だろう? こんなダメな教師でも、お前は俺のことが好きでいてくれるか?」
俺は自分でも信じられないくらい、必死に自分の気持ちを伝えていた。
保健室のことがずっと喉に引っかかっていた。
だから有田春雪に、俺のことを全部知ってもらいたかった。
自分の正直な気持ちだったんだと思う。


有田はしばらく黙っていたが、また目に涙を溜めて泣きそうな表情になった。
俺は有田の気を損ねてしまったのかと、少し不安になった。
しかし、有田は表情は、先ほどよりも温かいものに変わっていた。
「ボクはセンセの気持ちが分かっただけで、もううれしくて…。
  ボクはずっと荒谷たちにイジメられて、1人ぼっちで…孤独で、寂しくて…。
  でも今日、すげのセンセイが一生懸命、ボクのことを心配してくれて、
  なぜか分からないけど、涙が出るほどうれしくて…。
  保健室でボクの体を舐めてくれたセンセが、とっても暖かくてもう我慢できなくて…。
  ボクの体でよかったら、明日の朝まで、ずっとボクのことを…。
  こんなことをいったら、軽蔑されるのかもしれないけど、抱いて欲しいんです。
  だって1人ぼっちは寂しくて、悲しくて…。センセイだけがボクのことを考えてくれるって…。
  少しだけ甘えさせて欲しいんです…だからここに来たんです…迷惑だったらごめんさい…」
その言葉を聞いて、俺は涙がでるほど嬉しかった。
「有田、それがお前の本当の心なんだな?」
「はい…」
俺はもう一度、有田の髪の毛をゆっくりと撫でた。
「俺の胸の中は、暖かかったのか?」
「はい、とっても…」
「そうか、ありがとうな」
「そんな…お礼を言いたいのはボクのほうです…」
「今度は俺が、お前の体と心を暖めてやるぞ」
「本当ですか…センセッ、ボクうれしいです…!」


有田の表情は少し照れくさそうだったが、もう迷いはないようだった。
俺の言葉が有田に届いた…のだろう。
「じゃ、もう一度するか?」
「するって、あの…その…まさか抱いてくれる…とか…」
「ああ。裸になれ。保健室の続きをしよう」
「はい、センセッ、すげのセンセッ!」
有田の顔に、少し赤みが差した。
ネクタイをねじるように外し、そして青い制服の上下を丁寧に脱いで床に置いた。
そして、Yシャツをめくり、靴下をゆっくり脱いでいく…。
凄い勢いだ…。
俺は有田が学生服を脱ぐところをじっくりと観察していた。
そして驚いた。
有田はブリーフをはいていなかったのだ。
つまり、家に帰って新しいブリーフを履かずに、俺の家にやってきたのだ…と。
ということは、有田は家に帰ってもずっと俺のことを考えて、いたたまれなくなって駆けつけたのかもしれない。
そう考えると、彼の一途な想いに感激してウルウルとしてしまった。




次回、最終回です。

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