純平SS(3)


登場人物

神原拓也です。

柴山純平です。


「……………」

「───純平?」

互いの汗が交じり合う至近距離。
鼓動さえ聞かれてしまう、ゼロの距離。

「──腹、当たってるんだけど…」
「………うん」

倉庫の中にまでセミの鳴き声が響いてくるのに。ここは、なんて静かなんだろう。
こんなにも蒸すのに、体の芯は氷のように冷えている。それが緊張だとは、未だ知らずに立ちすくむ。

「…お前の腹、結構柔らかいんだな」

拍子抜けさえしてしまう言葉。ああ、そうだった。こいつは昔から、しっかりしてるクセにどこか抜けていた。

「少しは痩せろよな」
「余計なお世話だ」

一人勝手に突っ走り、暴走して周りを巻き込んでく。
でも、時にはその身を挺して仲間を守る。そんなこいつの姿に、俺は────

「お前、どっか具合悪いのか?」
「そ、そんなじゃねーよ…」

拓也は少し距離を離し、純平の額に手を当てた。具合なんて悪くない。原因は全く別のところにある。
それが言えたらなんて楽だろうか。こんなにも想い続けて来た事を吐露出来たら、楽になれるのだろうか。

拓也が何かを喋る度に動く唇が見える。それが酷く艶かく、触れてしまいたい。

「んー…こんな暑いんじゃ分かんねぇな。お前さ、暑さにやられたんじゃないのか?」
「あ、ああ。そうかもしれないな」

どれだけ想っても伝わらない事がある。
どれだけ想い続けても、報われない事が──ある。

「拓也………」
「どうした?外出て休むか?」

キスしたい。とは言えない。触れて、その柔さを確かめたい。なんて言ってはいけない。
たぶんこのまま体調不良を装ってさえいれば、何も壊れないままで居られるんだろう。
あるいは。慣れない運動をして、本当にこの暑さでリズムを狂わされてしまったのかもしれない。

「…純平?マジで、ヤバかったら休めよ」

抱きついたままの俺を嫌がるどころか、かえって心配してくれる拓也に罪悪感があふれ出す。
泣いてしまいそうで。油断したら、つい謝罪の言葉が口を衝いて出てしまう。

──ここには、自分と彼のふたりきり。

ふと、邪な感情が横切った。
このままマットへ押し倒し、勢いに任せてしまう事だって出来るじゃないか。

「ごめん。ちょっと、横になる…から」
「そっか、俺誰か呼んでくるから。ぜってー動くンじゃねーぞ?」

だけど、やっぱり出来やしない。最初からそんな度胸は無かった。
あの冒険の旅で、一体何を学んだというのか。

一気に開け放たれた扉から涼しい風が進入してくる。

仲間に向かって走ってく後姿を目線で追う自分が情けない。
あの頃はあんなに長い時間を共有していたのに、今は違うベクトルを向いてしまっている。
自分は何のためにここに来たんだろう。考えてしまい、今まで必死に我慢してたモノ全てが止め処なく溢れて、こぼれ出す。

ああ、もう此処に来る事は無いだろう。思い知らされてしまった、完膚なきまでに叩きのめされてしまった。
焼き付いてしまった懐かしい景色では無い。あれはもう、どこか思い出と乖離してしまった泡沫の残滓たち。

だって──埃舞う倉庫の中から見る、涙に濡れた外の景色は目が眩むくらい綺麗だったから。


次回に続きます。

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