純平SS(完)


登場人物

神原拓也です。

柴山純平です。


夕暮れ前に家路に就いた。静かな住宅街を二人、これまた静かに歩いてく。
もう大丈夫と帰ろうとする純平を、駅まで送ると拓也が言い出したからだ。

「純平さ、先ずは体鍛える事から始めようぜ」
「……………そう、だな」

その軽々しい態度が、余計自分の立場を自覚させる。
しょせん夢は夢としてそのままにしておけば良いんだ。
いつかは色褪せる。いつかは、忘れてしまうだろうと。

「拓也、マジでスマン!!」
「うおっ。急に大きな声出すなよッ!あービックリしたぁ…」
「俺、やっぱ今日で最後にするわ」
「はぁ?それ、本気で言ってるのか?」
「おーよ、本気も本気。俺にはこう言うの向かないって今日一日で十分理解しちゃったしさ」

開け放たれた窓からTVの音が漏れてくる。
軒先に掛けられた風鈴の音色が心地よい。

「そりゃあつまんなくなるな」

別に俺が行かなくても良いだろう。そんな暗い気持ちが降り積もる。

「久しぶりに会えて、楽しかったんだけどさ」

唇を噛んで黙り込む。何も言い返せないからこそ、悔しい。
何度か言い返そうとした。口を無理にでも開こうとして、寸での所で躊躇する。

そうやって黙ってるうちに駅が見えてきた。

「ここまでで良いから」
「純平さ、ホントにもう来ねーの?」
「そうだな。遠慮しとくよ」
「そっか。でも、もしまた──」
「拓也」

そんな言葉は聞きたくない。

「…分かったよ」
「んじゃあ、俺帰るから」
「気をつけて帰れよ。それと、ちゃんと安静にしろな」
「サンキュ」

力無く踵を返していく拓也。助けを呼びに行ってくれた時とは大違いだ。
その姿をしっかり目に焼き付ける。きっと後悔するんだろうけど、今はこれで良いと自分に言い聞かせて見送った。

ホームで待ってる時に携帯が鳴った。差出人は拓也。

『お前の腹って柔らかくて、気持ちよかったぜ(笑)』

──なんて言う遠まわしな気遣い。

落ち込んでいる事を感づかれてた。
きっと、それでも。何でこんなにも落ち込んでるかは、気が付くまい。
いや、気が付いて欲しくないのかも知れないが。

電車の到着を知らせるアナウンス。
停車し、目の前でドアが開く。

「お前って、ホント変わらないんだな」

車内へと入り、発車を待つ。
やがてベルが鳴り、ドアが閉まり、ゆっくりと電車が前に進み始めた。

メールを返そうと思うが、返信フォームは真っ白なまま。
何も返せないのに、拓也の住む町が遠ざかっていく。

「俺も、優柔不断なままだな…」

車内の冷気が体へ浸透して、思考回路を凍らせていく。
携帯を閉じた。返信はしてない。もう、それも必要ない。

すっかり遠くなってしまったあの町には、もう行く事は無いだろう。
純平は、遠ざかってく景色から目を逸らした。

夏がもたらした、一つの区切り。けじめに似た、キッカケ。

電車はひたすら前に前に走っていく。
彼の心境とは若干の相違を生みつつ、前に前に力強く。



帰ったら、シャワーを浴びて、さっぱりしよう。
そして、夕飯を済ませベッドに入るんだ。

自分には自分の帰る家が有る。
自分には自分の生活が有るんだから。

次第に茜色で滲んでく空を眺め、漠然とそんな風に考えていた。



最後に携帯を一度だけ開く。操作して、表示されたのはメモリー。
これからは怯えることもない。果てない闇へと堕ちる優しさなら、自分にはもう──


今回はりんとさんに、ちょっと切ない純平×拓也小説を寄稿いただきました。ありがとうございました。
りんとさんのコメント「こんなもんでも読んでいただけたら、うれしいです」とのことです。

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