拓也は純平の危機を救うことが出来るのか?
登場人物
柴山純平です。
ブリッツモンです。
神原拓也です。デジタルワールドではリーダー的存在で、アグニモンに進化する。
拓也は純平に片手を引っ張られ、家の中に引きずりこまれた。
大急いでドアに鍵をかけた純平は、ゆっくりと拓也のほうをふり向く。
(純平・・?)
拓也は、その顔をみて驚いた。
純平の顔が涙でグシャグシャだったのだ。
僅かに震えているようにも見える。
よほど怖い思いをしたんだろうなと、拓也は思った。
「うっうっ・・・拓也・・・来てくれたんだ・・・ありがとう・・」
いつもの純平らしくない、妙によそよそしい口調。
その言葉を言い終わると同時に、純平は倒れこむように拓也に抱きついていた。
「おっ、おい・・・ちょっと・・純平・・?」
まさか、純平に抱きつかれるなんて、拓也は夢にも思わなかった。
しかも、まるで恋人を抱きしめるようなギュッとした密着感。
「純平・・・重たいって・・」
「うっ・・うっ・・」
さすがの拓也も苦笑いする。
なぜなら、こんなに弱々しい純平を見るのは初めてだったから。
純平は年上であるが故か、いつも強がって拓也に弱いところを見せようとしない。
拓也に対して虚勢を張ることだってある。
そんな純平が、まさか年下の拓也に体を震わせて抱きついてくるなんて。
(純平の体って意外と柔らかくて、プニッとしてて・・・それになんかいい匂いがするな・・・)
こんな状況で不届きだとは思いながらも、
純平に抱きつかれるのも悪くないな、と拓也は思った。
いや、悪くないどころか、純平ってこんなに可愛いヤツだったか?とちょっと驚いた。
「ひっく・・ひっく・・」と泣いている純平の姿は、
まるで自分の弟のように、優しく包んであげたくなる。
ふと気がつくと、純平の体がブルブルと震えているのが、手に取るように分かる。
密着した体を通して、震えが伝わってくるのだ。
「純平、大丈夫か?」
「う・・うん・・・」
まるでかわいい弟をなぐさめるように、拓也は純平に優しく話しかける。
弟がいる拓也は、相手が精神的混乱に陥っているときに、どうしたらよいかは心得ている。
まずは自分がリーダーシップをとって安心させるのが肝心だ。
「安心しろよ、俺が来たんだから」
「あぁ・・そ、そうだよな・・」
「俺がいるんだ。心配するな!」
「あ、ありがとう・・」
拓也の力強い言葉。
拓也は純平の頬っぺたに、自分の頬をすり寄せる。
そして、ゆっくりと腰に腕を回してギュッと抱いてあげる。
「た、拓也・・!?」
一瞬、純平は拓也の行動にビクッとする。
純平は体が大きいので、拓也の本当の弟のようにうまく抱けなかったが、
顔と体にスキンシップをしてあげると、相手が落ち着いてくるのは経験上分かっていたのだ。
(なんだか純平のお腹ってプヨプヨして気持ちいいな・・・)
ツナギを着ていても、密着すれば純平の体のラインははっきりと分かる。
それに擦りつけている頬も、プックリとして柔らかく、拓也の弟とは全然違う。
いままで太った子を抱いたことがないので、拓也にとっては不思議な感覚だった。
しばらくすると、ようやく純平は気持ちが落ち着いてきたらしい。
純平は、拓也に抱きついていた自分にようやく気がつき、バッと離れる。
「たっ、拓也・・・ごめん」
「おい、大丈夫か?純平?」
「う・・うん」
そういうと純平は急に恥ずかしくなったのか、急にヨソヨソしくなる。
そして、目線を下に落として赤くなった。
(なんか、今日の純平は妙に可愛いな・・・)
思わず拓也はクスッと笑う。
──ドンドン。
そのとき、玄関のドアを叩く音。
<おい、どうした?なにかあったのか!>
野次馬の声だろうか。
相変わらず外は騒がしい。
けたたましいドアの音にハッと我に返った純平は、拓也の手をギュッと握った。
「拓也、こっちにきて!」
そのまま拓也を強引に2階へと連れて行った。
拓也が2階の純平の部屋に入ると、そこには懐かしい姿があった。
「ブリッツモン・・・」
拓也はその勇姿を再びみて、3ヶ月前の懐かしい感情が込み上げてきた。
デジタルワールドにいるときの思い出が走馬灯のように蘇る。
『拓也・・・久しぶりだな』
「やっぱり昨日の騒動は本物のブリッツモンだったのか・・・。アグニモンは元気?」
『そ、それは・・・』
ブリッツモンはそのまま言葉を止めてしまった。
「まさか・・・アグニモンになにかあったの?」
ブリッツモンは少し気まずそうな表情をして、純平をみる。
『純平、すまないが拓也に話してやってくれないか?』
「うん・・・でもいまはそれどころじゃ・・・」
純平は不安な顔をして、そっと外の方に目をやる。
今は玄関の前で起こっている混乱を、鎮めなければならない。
純平の目線に気がついた拓也は、とりあえず目先の問題に対処することにした。
「じゃ、アグニモンの話は後回しでいいからさ・・・」
拓也はそういうと、さらに純平に話しかける。
「ところで、純平?お父さんとお母さんはどうしたんだ?いないのか?」
拓也の質問に、純平は気を落としたような顔をする。
「う、うん・・・今日はいないんだ・・・」
「そ、そうか・・じゃ、昨日なにがあったのか話してくれ」
純平は、拓也のはっきりした口調に、向き直ってコクリと頷く。
「昨日渋谷に行ったら、例の事件に巻き込まれて・・・。
俺のデジバイスにブリッツモンをスキャンして家に戻ったんだ」
「誰かに見られたのか?」
「たぶん、見られていないと思う・・。そのあとは家で2人で話をしていたんだ」
「なるほど・・」
拓也はまるで探偵のように、純平の行動を聞いてフムフムと確認している。
「ブリッツモンを見たっていう近所の人がいたけど、家から外に出たのか?」
「ううん。昨日はずっと家にいたよ」
「そうか・・・。じゃあ、誰かにケガをさせたってのは?」
「そ、そんなことするわけないじゃないか!
ブリッツモンが人間を襲うなんて・・・拓也だって分かっていることだろ?」
純平の話を聞いて、「うーん」と考えこんでいる拓也。
まだパニック気味の純平は、今の状況を乗り切るアイデアが浮かんでこない。
いまは、拓也がなにかを提案してくれることを期待するしかなかった。
しばらくして、突然なにかを考え付いたように拓也が話しかける。
「よし。じゃあ、ブリッツモンを隠して、純平は俺と一緒について来てくれ」
「ど、どうする気?」
「いいから、まかしとけ!」
なにやら拓也は自信ありげだ。
「なにかいいアイデアが浮かんだんだな!?」
以前デジタルワールドで、拓也はうまい作戦を思いつくことがあった。
純平は拓也が何をするのか分からなかったが、いまはそれを信頼するしかない。
純平はデジバイスをブリッツモンに向ける。
「ブリッツモン、しばらくデジバイスの中で待ってて。スピリット!」
ブリッツモンはデジタルデータに変わり、デジバイスにスキャンされていく。
部屋の中は、純平と拓也の2人だけとなった。
ガチャ・・・。
拓也はそっと玄関のドアを開けた。
相変わらず外の人たちは騒いでいたが、拓也が出てきた途端に質問攻撃を開始する。
<おお、君!中はどうだった?>
<バケモノはいたの?>
拓也はそんな人々の声に対して、フッと息をついた。
「ちょっとみなさん、落ち着いてください!」
拓也は大声で、大人たちを制していた。
そして、扉の奥からなかなか出てこようとしない純平の手を握る。
(お、おい、拓也!)
(いいから出てこいよ!)
そういうと、純平の大きな体を玄関の外に引っ張り出した。
外にいる人々から<わぁ>という、どよめきが起こる。
純平は猫背気味で、拓也の肩に隠れるようにしていた。
<ちょっと柴山さんの息子さん? バケモノは家にいるの?>
<アンタ、バケモノをかくまって、どういうつもりだい?>
<家の中はどうなっているのかね?>
一斉に純平に浴びせられる罵声のような質問攻撃。
純平に向けられる、突き刺さるような視線。
純平は恐怖のあまり、声が出なくなり泣きそうになる。
(た、拓也、まずいよ・・)
(いいの。俺に任せろって!)
なにやら拓也には作戦があるようだ。
拓也は、純平をかくまうように一歩前に出る。
「ちょっとみなさん待ってください!」
<なんだよ、どうしたんだ!?>
拓也の大声に、その場にいる全員の視線が集中した。
みな、顔を見合わせて不審な顔をしている。
「みなさんが見たというカブトムシのようなバケモノなんですが・・・」
集まった人たちは興味津々に聞き入っている。
「実は、今日開催されるコスプに純平が着ていく衣装なんです」
<へっ!?>
そこにいる全員が、拓也が何を言っているのか分からなかった。
「みなさんは知らないでしょうけど、コスプっていう、コスプレして楽しむお祭りみたいなのがあって・・。
あ、コスプレっていうのは好きなキャラクターに変装する仮装みたいなもんです。
それに純平を強引に連れて行く約束だったんですよ」
全員その話にポカンとしていたが、野次馬の1人が突っ込みをいれる。
<それが何の関係があるんだ!?>
拓也は腕組みをしながら、落ち着いて答える。
「だから、純平はいま甲虫王者ムシクイーンっていうアニメに凝っていて、
それに登場するカブトムシにコスプレするのに衣装作っていたんですよ」
<カブトムシ?>
「ええ。こいつ、極度の恥ずかしがり屋でオタクなんですよ。
部屋の中でコソコソと1人でコスプレの準備していたらしくって。なぁ、純平?」
純平は、拓也が突然コスプレだの何だのと、訳の分からないことを言い出したので困惑した。
「えっ・・・うっ、うん」
とりあえず相槌を打ってみる。
人々はその話を聞いて、唖然としている。
<なに、コスプレの衣装と間違えたの?>
<でも、ケガをしたっていう人がいるじゃないか!>
なにやらまだ納得をしていないようだ。
拓也はゴホンゴホンと咳をして、再び人々の視線を自分に集中させる。
「ではケガをした人はどなたなんです?」
<そういえば、誰だよ!?>
<ケガをしている人なんて、別にみなかったよな・・・>
<なんだよ、ガセネタか?>
「純平の家にバケモノがいるわけないじゃないですか。
それともみなさんは、純平を晒し者にでもしたんですか?」
<・・・>
「純平も俺も、まだ小学生なんですよ!」
拓也の声は遠くまで突き抜け、なにか人を納得させるものがあった。
純平は拓也の後ろ姿をみながら、いまさらながら気がついた。
拓也の背中が自分よりも、とても大きく見えることに。
頼りがいがあるということに。
そして、年下の拓也がどうしてみんなのリーダーとして活躍できたのかを。
<たしか、アナタが最初に言い出したわよね?>
<小学生になんてひどいことするのよ!>
どうやら人々は、今度は見間違えた人間を非難しはじめたようだ。
人間とはなんて現金なものだろう。
「みなさん、いい加減にしてください」
そこに現れたのは初老の警察官だった。
どうやら、誰かが通報したらしい。
「いまその子の話を聞いていましたが、朝早くからこんな騒ぎを起こしてどういうつもりなんです?」
<いや・・その・・>
<ちょっと見間違えた人、なんとかいいなさいよ!>
警察官を相手に、どうやら集まっていた人もバツが悪くなってきたようだ。
「あとは私が調べますから、みなさんはお帰りください」
警察官がそういうと、集まっていた人たちは先ほどまでの興奮がウソのように、解散していった。
拓也はその光景をみて、ホッと胸をなでおろす。
それは純平も同じだった。
誰かが警察に通報したことが、逆に純平たちには幸いとなった。
警察官は、落ち着き払った態度で拓也と純平の前にやってきた。
「君が柴山純平君かね?」
「は、はい・・」
「大変な騒ぎだったね。念のために家の中を見させてもらってもいいかな?
そうしないと納得しない人もいるからね」
「はい、どうぞ」
初老の警察官は、ゆっくりと純平の家の中に入っていく。
「あ、あの・・・」
拓也が純平の家に入ろうとする警官を呼びとめる。
「まだなにか用かね?」
拓也は手で頭の後ろを掻きながら、照れくさそうに話した。
「俺たち、もうコスプに行かなくちゃいけない時間なんです。
だから、鍵渡しますから、終わったら純平が交番に取りに行きますんで!」
突然の拓也の話に、純平は「えっ!?」という顔をする。
(お、おい拓也!勝手に決めるなって!)
(いいから、俺のいう通りにしろよ!)
コソコソと2人が会話するのを横目に見ながら、警察官は拓也の話を了解したようだった。
拓也は家の鍵を勝手に警察官に渡すと、純平の腕を引っ張って強引に連れ出した。
初老の警察官は、2人が駅に向かったのを見て、携帯電話をポケットから取り出す。
そして、先ほどとは違う低く陰湿な声で話した。
<はい、例の少年に間違いありません。柴山純平という名前です。いま田園調布の駅に向かいました・・>
ふぁいさんに挿絵をいただきました。ありがとうございました。