登場人物
柴山純平です。
ブリッツモンです。
神原拓也です。
純平は駅構内の上方を見あげる。
遠くにはブリッツモンらしき姿があった。
どうやら警察官に発砲されており、少し動きが鈍くなっているようだ。
純平はその姿をみて、昨日の渋谷の状況を思い出した。
何もかもが、昨日と同じ状況に見えた。
(どうしていつも大人たちは、ブリッツモンを勝手に"悪"だと決め付けるんだ・・・。
ブリッツモンは優しくて、人間を大切にしてくれる仲間なのに・・。話せば分かり合えるのに・・)
純平には理解できなかった。
浅はかで、利己主義な大人たちの考え方を。
「ブリッツモン!早く!!」
純平は、あらんばかりの大声でブリッツモンを呼び戻そうとする。
『純平か・・?』
純平の叫び声を聞いたブリッツモンは、純平たちがエレベーターまで辿り着いたことを確認する。
『ミュルニルサンダー!』
ブリッツモンは雷を地面に一撃落として、警察官たちを牽制すると、そのまま純平の元へ飛んでいった。
「ブリッツモン、急いで!」
純平はポケットから、デジバイスを取り出すと、それをブリッツモンの方向に向けた。
サングラスの男は息を切らせながら走っていた。
エレベーターの方向に目をやると、いつのまにか純平が立っているではないか。
「あのガキ、いつのまに・・」
混乱に乗じてエレベーターに到着している純平と拓也をみて、男は焦りを感じた。
しかもデジバイスを天に向けて、なにか叫ぼうとしている。
「また携帯電話に、あのバケモノを封印するつもりなのか・・。
もしそうなったら、バケモノを捕獲できん!」
そういうと、男は左の内ポケットから拳銃を取り出す。
そして、その銃口を純平に向けた。
「バケモノを封印されては困るのでね。デジタルワールドの住人は邪魔なだけだ」
そういうと、男は静かに引き金に手をかける。
純平は次第に姿が大きくなるブリッツモンに、ニコッと微笑みかける。
「ブリッツモン!こっちこっち!」
『純平!』
そして、デジバイスをブリッツモンに向けて叫ぶ。
「よし! スピリッ・・・」
純平の声は、そこで途切れた。
腹部にいままで感じたことがない激痛が走ったのだ。
一体何が起こったのか、純平自身にも全く分からなかった。
ただ、体がいうことを聞かなくなり・・・全身の力が抜けていく・・。
でも、ブリッツモンを早くデジバイスに・・・戻さなくては・・・。
純平は眉間にシワを寄せながら、激痛の走るわき腹を片手で押さえた。
そして、必死にブリッツモンをスキャンしようと、あらん限りの声を発した。
「スピ・・リッ・・・ト・・・」
途切れ途切れの純平の声・・・。
ブリッツモンの体はデジコードに変化してデジバイスにスキャンされていく。
純平は、デジバイスにブリッツモンがスキャンされたのをしっかりと確認する。
「拓也・・・早く・・」
そしてデジバイスを握り締めたまま、純平はエレベーターの奥に寄りかかって倒れこんだ。
拓也は純平が不自然な格好で、倒れこんだのが気にかかった。
しかし、それよりも警察官の侵入を阻止することに頭が一杯だった。
すぐにエレベーターの[閉]のボタンを押す。
警察官が、エレベーターに向かって走りこんでくる光景を見て、
拓也はゆっくりと閉まるエレベーターのドアを、自分の手で押して強引に閉める。
ドアが閉まると同時に、エレベーターはゆっくりと下降しだした。
ウィーンという機械的な音だけが辺りを支配する。
エレベーターの階数を表示するパネルは、もはやB2を超えて、表示不可能になっていた。
ようやく静かになり、ホッと胸を撫で下ろす拓也。
体中が汗でダクダクなっている。
こんな稀有で恐ろしい経験は、もう2度としたくないと拓也は感じていた。
「おい純平、大丈夫か?」
拓也はエレベーターの奥で、うずくまっている純平に振り返った。
「おい、純平。いつまで寝てるんだよ。ここまでくればもう安心だぞ」
「ううっ・・・」
拓也は普段と違う純平の声に違和感を抱き、振り向く。
純平は苦痛な顔をしながら、わき腹を押さえてエレベーターの壁に寄りかかっていた。
「純平、どうかしたの?」
「痛くて・・・お腹が・・」
「えっ?」
そのとき、純平の手から、デジバイスがコロンっという音を立てて床に落ちた。
「おい、純平?」
拓也は、純平が押さえているわき腹をみて、愕然とした。
「あっ・・・・あっ・・・・」
拓也の全身は震え、何も声を出すことができなかった。
そのまま脱力したように、エレベーターの壁にもたれかかってしまった。
拓也は金縛りにあったように動けなかった。
あまりのショックに声も出せず、全身の血が引いていくのが分かる。
そして、言いようのない悲しさからか、気分が悪くなった。
「ウソだろ・・・純平・・」
ブルブルと震える足で、ゆっくりと純平の前まで進む拓也。
たった2,3歩の距離なのに、まともに歩くことが出来ないなんて・・。
「純平・・・」
拓也は泣きそうな声で話しかけた。
「た、拓也・・・」
うつむいていた純平は、ゆっくりと顔を拓也のほうへ向ける。
そして、痛みを堪えて笑顔を作る。
「なんか、急にお腹が痛くなってきちってさ・・どうしたのかな・・」
「戻るぞ・・・」
「えっ・・?」
「地上へ戻るって言ったんだよ!」
拓也は我に返ったように、機敏に行動をし始めた。
急いでエレベーターの操作パネルに向かう。
そして、「止まれっ」という心の叫びとともに、赤い非常用の停止ボタンを押した。
しかし、ボタンを押しても何も反応はない。
何度も何度も、祈るような気持ちで押す。
「止まれ・・頼むから止まってくれよ・・・早くしないと純平が・・・」
拓也は唇をかんで、両手でバンッと操作パネルを叩きつけた。
「拓也・・・」
純平から蚊の鳴くような声が聞こえる。
「純平・・?」
「このまま地下のターミナルに・・・行って・・・お願い」
「な、何言ってんだよ!」
拓也はエレベーターの壁をバンと叩きつけ、激しい口調になる。
「すぐに病院に行かねーと、お前死んじま・・」
そこまで言いかけて、拓也は急に言葉に詰まる。
"死ぬ"なんて言葉は絶対に使っちゃダメだ。
あの純平が・・・さっきまで一緒に元気に走っていた純平が・・・。
そんなことがあってたまるか・・・。
純平の目はウツロになり、呼吸がどんどんと荒くなっていた。
「拓也、心配しなくていいよ・・大丈夫だって・・」
「大丈夫な訳ねーだろ!」
「やっと地下のターミナルに・・・デジタルワールドに・・・行けるんだ・・」
「純平・・・純平・・うっうっ・・」
いつのまにか、拓也の頬に涙が流れる。
どうしてこんなことになってしまったのか・・。
拓也には、もはや冷静な判断はできなかった。
その後も何度もエレベーターのボタンを手当たり次第に叩いてみるが、何も反応はない。
「止まってくれよ・・・頼むから止まってくれ・・・純平が・・・」
拓也の願いも虚しく、エレベーターは動き続けた。
拓也の思いを無視する、まるで悪魔の箱のように。
・
・
・
しばらくしてエレベーターは停止して、ゆっくりとドアが開いた。
そこには、一台のトレイルモンが停車していた。
次回最終回です。