柴山純平小説(5)


登場人物

柴山純平。小学6年生でチョコレートが大好きな甘えん坊。ブリッツモンに進化する。

織本泉。イタリアからの帰国子女で勝気な性格。フェアリモンに進化する。

アイスデビモン。デジコードを喰う凶悪なデジモンで、実力はケルビモン以上らしい。




一面が氷で覆われた大地。
その中央に、純平と倒れた泉だけが残されていた。
純平は泉の肩にそっと掴み、上半身を静かに起こした。
しかし、グッタリとうなだれた泉は、目を開けようとしない。
傷だらけの泉を見て、純平は助けることができなかった自分を悔いていた。
「泉ちゃん、泉ちゃん!」
まさか泉がこのまま目を開けなかったら・・。
純平は額に汗を掻きながら、必死に泉に呼びかける。
「泉ちゃん、しっかりして!」
「う・・ううっ・・」
純平が何度か呼びかけた後、泉は薄っすらと目を開いた。
「よかった・・泉ちゃん、気がついた?」
「体が思うように動かない・・痛い・・」
「泉ちゃん、無理しちゃダメだよ」
泉は腕の中で、ゆっくりと純平に視線を向ける。
「純平・・」
「えっ、なに?」
なにやら泉が小さな声で喋っているが、純平には届かなかった。
「泉ちゃん、なんて言ってるの?」
「純平・・・」
「どうしたの?」
「私から離れて」
「えっ・・?」
「いいから離れなさいよ」
「ど、どうして・・!?」
「私のことなんかどうでもいいんでしょ。さっさと拓也たちのところに行きなさいよ」
「こんなときになにを言ってるんだよ! 泉ちゃん!」


純平は泉の言っている意味が分からなかった。
せっかく助けてあげたのに、恩を仇で返すようなセリフが返ってくるとは思わなかったから。
純平は言葉に詰まりながら、泉に尋ねる。
「あの・・言ってる意味がわからないんだけど・・」
「私は嫌なの。アナタみたいな臆病な人に助けてもらうのは」
「臆病・・? 俺が・・?」
「純平はさっき、『私のためになら死ねる』っていったわよね?」
「う、うん・・」
「ウソだったんだ。けっこうショックかな・・」
「でも、一緒に逃げたほうが確実に助かるから・・・」
「逃げたほうが助かる・・? アナタっていつもそうじゃない。口ばっかりで何もしないで」
「ごめん・・」
「謝るくらいなら、死ぬ気で戦いなさいよ!」
「・・・」
「もう離れてよ。どっかに行って! 私は1人のほうが気が楽なの」
泉は純平を睨み付けたあと、ソッポを向いた。


純平は、泉の言葉に反論できなかった。
ただ視線を落として、泉を地面に優しく横たわらせる。
1人立ち上がって、ゆっくりと数歩の距離をとる。
そして、背中を向けたまま、つぶやいた。
「泉ちゃん・・ごめんよ・・」
純平はブルブルと体を震わせながら、拳を握り締める。
天を向いてギュッと目を瞑り、歯を食いしばった。
「泉ちゃん、本当にごめんよ。体が痛いんだろ・・苦しいんだろ・・。
  俺はどこも傷ついていないのに、泉ちゃんだけ痛い思いをしてさ。
  泉ちゃんの痛みの半分でも、俺が代わりになれたら・・。
  でも、いまさらこんなこと言っても仕方ないのは分かってるんだ」
「・・・」
「俺ってつくづく情けないよな・・。
  『泉ちゃんのためなら死ねる』なんて格好いいことを言って、結局は自分だけ逃げちゃうんだから。
  俺、言葉だけで泉ちゃんに振り向いてもらおうとしていたんだ。すごい格好悪いよね・・」
うなだれる純平の後姿。
泉にはその姿と震える声から、純平が悔しさで涙を溜めていることは容易に察しがついた。



「泉ちゃん・・。少しだけ俺の話を聞いて・・。
  嫌だったら『嫌だ』って言ってくれて構わないよ」
「・・・・」
しばらく2人の間に沈黙の時が流れる。
「泉ちゃん。黙ってるってことは、俺の話を聴いてくれるってことだよね。ありがとう」
「・・・」
泉はふと感じた。
純平の声が、いつもとは違う。
震えるような声だが、とても真剣に聴こえる。
純平は背を向けたまま、言葉をつなげていく。
「本当は分かっていたんだ。
  俺はデジタルワールドに来ても、何も変わってないし、何も成長してないことに」
「純平・・・」
「俺はさっき、"自分の心が成長した"って言ったけど、それはただの願望なんだ。
  俺は認めたくなかったんだよ。デジタルワールドに来ても、俺自身がなにも変わっていないことに」
「そんなこと・・」
「・・ありがとう。泉ちゃんがそう言ってくれて、とってもうれしい。
  だけど、俺はやっぱり何も変わっていないんだ。
  だって、肝心なときに泉ちゃんを置いて逃げるなんて、何も変わっていない証拠じゃないか。
  自分で考えても格好悪いさ。情けなくて笑っちゃうよ・・」
「・・・」


泉はようやく体が回復してきたのか、ゆっくりと体を起した。
そして、立ち尽くす純平に視線を送った。
いつもは太っているせいか、とても大きく見える純平の背中。
それがいまは震えて、孤独ささえ漂わせていた。
「ねぇ泉ちゃん。俺がどうしてデジタルワールドに来たのか、話したことがあったっけ?」
「ううん」
「俺は逃げたかったんだ。学校から、そして友達からも。
  別に学校でいじめられていたわけじゃないし、のけ者にされていたわけでもない。
  でも、俺はいつも周りの目にビクついていた。誰かがヒソヒソ話をしていると、
  もしかして、俺の悪口を言ってるんじゃないかって、ずっと気になっていた。
  だから、いつもみんなの顔色を伺って、チョコレートをあげたり、カードをあげたりした。
  友達の心を必死につなぎとめていたんだ。
  そんなのは友達じゃないのかもしれないけど、俺にはそれでも友達だと思いたかった。
  だって一人は寂しいじゃないか。嫌じゃないか・・。
  俺って、すごい弱くて、ちっちゃい人間だよね・・」
「・・・」
「泉ちゃんは強いよ。だってクラスの他の子に合わせるのが面倒なら、一人でも平気なんだろ。
  たとえ一人ぼっちでも、クラスの中で浮いていても、自分の意見を言えるんだもん。
  それに比べて、俺は・・俺は・・」
「純平・・」
「俺は一人ぼっちになるのが怖かった。
  俺はチョコレートや手品で友達を誘っていたけど、モノをもっていない時は寂しかった。
  優しく声をかけてくれる友達は、誰もいなかったよ。
  それどころか、『お金持ちのボンボン』だとか『わがまま』だとか、
  そんな陰口を叩かれている気がして、俺は耳を塞いで泣いていた。
  毎日がだんだん憂鬱になってきて、それでデジタルワールドに逃げこんだんだ。
  誰も知らない世界に飛び込んで、もう一度最初から友達を作りたかったんだ。
  俺は・・俺は自分のことが嫌いだ・・・」


純平はいつのまにか、泉に必死に気持ちを伝えていた。
たとえ、それが伝わらなくても、いま話さなくてはいけないと感じたからだ。
「デジタルワールドで泉ちゃんに出会った。拓也にも、輝二にも、友樹にも。
  だけど、デジタルワールドに来ても、俺はちっとも変わらなかった。
  俺はケルビモンと戦うことが怖くて、すぐにこの世界から逃げ出しただろ?
  泉ちゃんたちが進化して、俺だけが取り残されたとき、俺はまた一人ぼっちになった。
  どうしようもなく寂しくなって、わざと拓也に八つ当たりをして、俺はなんとかしてみんなの輪に入ろうとした。
  結局、俺がデジタルワールドでしている行動は、現実の世界にいるときと同じだったんだ」
「でも、純平は進化して戦っているじゃないの?」
「たしかに戦っているよ。
  でも、戦っているのは、みんなから仲間はずれになるのが嫌だから・・。ただ、それだけ・・。
  もし、俺が1人だったら、デジタルワールドのために戦っていなかったと思う・・。
  だってブリッツモンに進化しても、俺は痛い思いをするのが本当は嫌なんだ。怖いんだ」
「・・・・」
「ダブルスピリットやハイパースピリットできなかったときは悔しかったけど、
  進化できなければ、痛い思いをしなくて済むと考えている自分がそこにいたんだ。
  情けないだろ・・。
  俺、オファニモンに"自分の人生を変えるゲーム"だと誘われたとき、本当に自分を変えられると思った。
  でも、自分を変えることなんて、そう都合よくできるわけないんだよ・・・」
純平はそこまで話をすると、ゆっくりと腕で涙をぬぐった。


泉は、純平の本当の気持ちを聞いて、しばし呆然とした。
いつもはおちゃらけて、ドジばかりで、何も考えていないように見える純平。
そんな純平が、こんなにも真剣に自分を変えたいと思っていたなんて。
いままで純平が隠していた気持ちを知り、泉は顔つきが不思議と柔らかくなった。
「ねぇ、純平?」
「なに・・?」
「こっち、向きなさいよ」
「嫌だよ。だって俺の顔、涙でグシャグシャなんだもん。こんな顔、泉ちゃんに見せられないよ」
「私は見たいな。本当の純平の顔を」
「えっ・・?」
「私もね、"一人でいるほうが気が楽だ"なんて言ってるけど、本当は寂しいの。一人でいるのはつらいわ。
  だから純平の気持ちが全部分かるとは言えないけど、なんとなく分かる。
  私はいまの純平、嫌いじゃないよ」
「・・本当に?」
「それから、さっきはひどいこと言って、ごめんなさい」
「泉ちゃん・・」
純平は涙を必死に拭って、泉のほうへと振り向いた。




ゆっくりと振り向いたその先は・・。
俺を見つめる泉ちゃんの笑顔。
いままでのどんな泉ちゃんの表情よりも、とても温かく感じた。
やっぱり俺、泉ちゃんのことが好きなんだ。
初めて会ったときから、泉ちゃんを見ているだけで幸せな気持ちになって・・。
この笑顔を守るためなら、俺は・・・。


そっか・・。
だから拓也と輝二は戦えるんだ。
痛みにも耐えられるんだ。
ボロボロになって傷ついても、それでもなお戦える・・
なんか俺、分かった気がする。
大切なものを守るって、こういう気持ちなんだ・・。
『泉ちゃんのためなら死ねる』
──違う。
気持ちは、言葉で表すものじゃない。
ただ黙って守ってあげれば、それでよかったんだ。たぶんそれで通じるんだ。


純平は目に溜めた涙を拭うと、その場でにっこりと泉に笑いかけた。


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