登場人物
柴山純平。小学6年生でチョコレートが大好きな甘えん坊。ブリッツモンに進化する。
織本泉。イタリアからの帰国子女で勝気な性格。フェアリモンに進化する。
アイスデビモン。デジコードを喰う凶悪なデジモンで、実力はケルビモン以上らしい。
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一面が氷で覆われた大地。
その中央に、純平と倒れた泉だけが残されていた。
純平は泉の肩にそっと掴み、上半身を静かに起こした。
しかし、グッタリとうなだれた泉は、目を開けようとしない。
傷だらけの泉を見て、純平は助けることができなかった自分を悔いていた。
「泉ちゃん、泉ちゃん!」
まさか泉がこのまま目を開けなかったら・・。
純平は額に汗を掻きながら、必死に泉に呼びかける。
「泉ちゃん、しっかりして!」
「う・・ううっ・・」
純平が何度か呼びかけた後、泉は薄っすらと目を開いた。
「よかった・・泉ちゃん、気がついた?」
「体が思うように動かない・・痛い・・」
「泉ちゃん、無理しちゃダメだよ」
泉は腕の中で、ゆっくりと純平に視線を向ける。
「純平・・」
「えっ、なに?」
なにやら泉が小さな声で喋っているが、純平には届かなかった。
「泉ちゃん、なんて言ってるの?」
「純平・・・」
「どうしたの?」
「私から離れて」
「えっ・・?」
「いいから離れなさいよ」
「ど、どうして・・!?」
「私のことなんかどうでもいいんでしょ。さっさと拓也たちのところに行きなさいよ」
「こんなときになにを言ってるんだよ! 泉ちゃん!」
純平は泉の言っている意味が分からなかった。
せっかく助けてあげたのに、恩を仇で返すようなセリフが返ってくるとは思わなかったから。
純平は言葉に詰まりながら、泉に尋ねる。
「あの・・言ってる意味がわからないんだけど・・」
「私は嫌なの。アナタみたいな臆病な人に助けてもらうのは」
「臆病・・? 俺が・・?」
「純平はさっき、『私のためになら死ねる』っていったわよね?」
「う、うん・・」
「ウソだったんだ。けっこうショックかな・・」
「でも、一緒に逃げたほうが確実に助かるから・・・」
「逃げたほうが助かる・・? アナタっていつもそうじゃない。口ばっかりで何もしないで」
「ごめん・・」
「謝るくらいなら、死ぬ気で戦いなさいよ!」
「・・・」
「もう離れてよ。どっかに行って! 私は1人のほうが気が楽なの」
泉は純平を睨み付けたあと、ソッポを向いた。
純平は、泉の言葉に反論できなかった。
ただ視線を落として、泉を地面に優しく横たわらせる。
1人立ち上がって、ゆっくりと数歩の距離をとる。
そして、背中を向けたまま、つぶやいた。
「泉ちゃん・・ごめんよ・・」
純平はブルブルと体を震わせながら、拳を握り締める。
天を向いてギュッと目を瞑り、歯を食いしばった。
「泉ちゃん、本当にごめんよ。体が痛いんだろ・・苦しいんだろ・・。
俺はどこも傷ついていないのに、泉ちゃんだけ痛い思いをしてさ。
泉ちゃんの痛みの半分でも、俺が代わりになれたら・・。
でも、いまさらこんなこと言っても仕方ないのは分かってるんだ」
「・・・」
「俺ってつくづく情けないよな・・。
『泉ちゃんのためなら死ねる』なんて格好いいことを言って、結局は自分だけ逃げちゃうんだから。
俺、言葉だけで泉ちゃんに振り向いてもらおうとしていたんだ。すごい格好悪いよね・・」
うなだれる純平の後姿。
泉にはその姿と震える声から、純平が悔しさで涙を溜めていることは容易に察しがついた。
「泉ちゃん・・。少しだけ俺の話を聞いて・・。
嫌だったら『嫌だ』って言ってくれて構わないよ」
「・・・・」
しばらく2人の間に沈黙の時が流れる。
「泉ちゃん。黙ってるってことは、俺の話を聴いてくれるってことだよね。ありがとう」
「・・・」
泉はふと感じた。
純平の声が、いつもとは違う。
震えるような声だが、とても真剣に聴こえる。
純平は背を向けたまま、言葉をつなげていく。
「本当は分かっていたんだ。
俺はデジタルワールドに来ても、何も変わってないし、何も成長してないことに」
「純平・・・」
「俺はさっき、"自分の心が成長した"って言ったけど、それはただの願望なんだ。
俺は認めたくなかったんだよ。デジタルワールドに来ても、俺自身がなにも変わっていないことに」
「そんなこと・・」
「・・ありがとう。泉ちゃんがそう言ってくれて、とってもうれしい。
だけど、俺はやっぱり何も変わっていないんだ。
だって、肝心なときに泉ちゃんを置いて逃げるなんて、何も変わっていない証拠じゃないか。
自分で考えても格好悪いさ。情けなくて笑っちゃうよ・・」
「・・・」
泉はようやく体が回復してきたのか、ゆっくりと体を起した。
そして、立ち尽くす純平に視線を送った。
いつもは太っているせいか、とても大きく見える純平の背中。
それがいまは震えて、孤独ささえ漂わせていた。
「ねぇ泉ちゃん。俺がどうしてデジタルワールドに来たのか、話したことがあったっけ?」
「ううん」
「俺は逃げたかったんだ。学校から、そして友達からも。
別に学校でいじめられていたわけじゃないし、のけ者にされていたわけでもない。
でも、俺はいつも周りの目にビクついていた。誰かがヒソヒソ話をしていると、
もしかして、俺の悪口を言ってるんじゃないかって、ずっと気になっていた。
だから、いつもみんなの顔色を伺って、チョコレートをあげたり、カードをあげたりした。
友達の心を必死につなぎとめていたんだ。
そんなのは友達じゃないのかもしれないけど、俺にはそれでも友達だと思いたかった。
だって一人は寂しいじゃないか。嫌じゃないか・・。
俺って、すごい弱くて、ちっちゃい人間だよね・・」
「・・・」
「泉ちゃんは強いよ。だってクラスの他の子に合わせるのが面倒なら、一人でも平気なんだろ。
たとえ一人ぼっちでも、クラスの中で浮いていても、自分の意見を言えるんだもん。
それに比べて、俺は・・俺は・・」
「純平・・」
「俺は一人ぼっちになるのが怖かった。
俺はチョコレートや手品で友達を誘っていたけど、モノをもっていない時は寂しかった。
優しく声をかけてくれる友達は、誰もいなかったよ。
それどころか、『お金持ちのボンボン』だとか『わがまま』だとか、
そんな陰口を叩かれている気がして、俺は耳を塞いで泣いていた。
毎日がだんだん憂鬱になってきて、それでデジタルワールドに逃げこんだんだ。
誰も知らない世界に飛び込んで、もう一度最初から友達を作りたかったんだ。
俺は・・俺は自分のことが嫌いだ・・・」
純平はいつのまにか、泉に必死に気持ちを伝えていた。
たとえ、それが伝わらなくても、いま話さなくてはいけないと感じたからだ。
「デジタルワールドで泉ちゃんに出会った。拓也にも、輝二にも、友樹にも。
だけど、デジタルワールドに来ても、俺はちっとも変わらなかった。
俺はケルビモンと戦うことが怖くて、すぐにこの世界から逃げ出しただろ?
泉ちゃんたちが進化して、俺だけが取り残されたとき、俺はまた一人ぼっちになった。
どうしようもなく寂しくなって、わざと拓也に八つ当たりをして、俺はなんとかしてみんなの輪に入ろうとした。
結局、俺がデジタルワールドでしている行動は、現実の世界にいるときと同じだったんだ」
「でも、純平は進化して戦っているじゃないの?」
「たしかに戦っているよ。
でも、戦っているのは、みんなから仲間はずれになるのが嫌だから・・。ただ、それだけ・・。
もし、俺が1人だったら、デジタルワールドのために戦っていなかったと思う・・。
だってブリッツモンに進化しても、俺は痛い思いをするのが本当は嫌なんだ。怖いんだ」
「・・・・」
「ダブルスピリットやハイパースピリットできなかったときは悔しかったけど、
進化できなければ、痛い思いをしなくて済むと考えている自分がそこにいたんだ。
情けないだろ・・。
俺、オファニモンに"自分の人生を変えるゲーム"だと誘われたとき、本当に自分を変えられると思った。
でも、自分を変えることなんて、そう都合よくできるわけないんだよ・・・」
純平はそこまで話をすると、ゆっくりと腕で涙をぬぐった。
泉は、純平の本当の気持ちを聞いて、しばし呆然とした。
いつもはおちゃらけて、ドジばかりで、何も考えていないように見える純平。
そんな純平が、こんなにも真剣に自分を変えたいと思っていたなんて。
いままで純平が隠していた気持ちを知り、泉は顔つきが不思議と柔らかくなった。
「ねぇ、純平?」
「なに・・?」
「こっち、向きなさいよ」
「嫌だよ。だって俺の顔、涙でグシャグシャなんだもん。こんな顔、泉ちゃんに見せられないよ」
「私は見たいな。本当の純平の顔を」
「えっ・・?」
「私もね、"一人でいるほうが気が楽だ"なんて言ってるけど、本当は寂しいの。一人でいるのはつらいわ。
だから純平の気持ちが全部分かるとは言えないけど、なんとなく分かる。
私はいまの純平、嫌いじゃないよ」
「・・本当に?」
「それから、さっきはひどいこと言って、ごめんなさい」
「泉ちゃん・・」
純平は涙を必死に拭って、泉のほうへと振り向いた。
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ゆっくりと振り向いたその先は・・。
俺を見つめる泉ちゃんの笑顔。
いままでのどんな泉ちゃんの表情よりも、とても温かく感じた。
やっぱり俺、泉ちゃんのことが好きなんだ。
初めて会ったときから、泉ちゃんを見ているだけで幸せな気持ちになって・・。
この笑顔を守るためなら、俺は・・・。
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そっか・・。
だから拓也と輝二は戦えるんだ。
痛みにも耐えられるんだ。
ボロボロになって傷ついても、それでもなお戦える・・
なんか俺、分かった気がする。
大切なものを守るって、こういう気持ちなんだ・・。
『泉ちゃんのためなら死ねる』
──違う。
気持ちは、言葉で表すものじゃない。
ただ黙って守ってあげれば、それでよかったんだ。たぶんそれで通じるんだ。
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純平は目に溜めた涙を拭うと、その場でにっこりと泉に笑いかけた。