登場人物
柴山純平。泉のことが好きだがなかなか報われない。ブリッツモンに進化する。
織本泉。他人に合わせるのを嫌う性格。フェアリモンに進化する。
アイスデビモン。デジコードを喰う凶悪なデジモンで実力はケルビモン以上らしい。
ブリッツモン。純平がヒューマンスピリットで進化した姿。
ボルグモン。純平がビーストスピリットで進化した姿。
純平は泉に微笑みかけた。
泉も、それに応えて微笑みを返す。
純平の頬はほんのりと涙の跡があり、けっして格好の良いものとはいえなかったが、泉にはそれが自然なものに思えた。
時が過ぎて・・。
「泉ちゃん、俺さ・・」
純平が一歩、泉に足を踏み出したとき──。
『ヌワーーーッ! 遅い、遅すぎるわ! やはり5分も待てん』
天空から、アイスデビモンの雄たけびがあがる。
そして、純平と泉の間を切り裂くように、猛スピードで地面に着地をした。
その風圧に、純平たちは数メートル吹っ飛ばされる。
『フフフッ。まったく人間というのは、つまらん生き物だぜ。
せっかく私が、生き残るための慈悲深い時間を、与えてやったというのに、
くだらん昔話なんぞに花を咲かせおって。ムダに時間を費やしてしまったわ』
吐き捨てるようなアイスデビモンの言葉。
純平は、アイスデビモンを睨みながら必死に立ち上がる。
そして、叫んだ。
「泉ちゃん、今度は俺が進化して戦う。だから、早く逃げて!」
「純平!?」
「俺は戦う。泉ちゃんを守るために戦う。そして、俺自身のためにも」
「私も戦うわ!」
「泉ちゃんはさっきの戦いでダメージがあるじゃないか。だから俺が泉ちゃんを守る!」
「なに無茶いってるのよ!」
「俺、分かったんだ。拓也と輝二が、どうしてつらい思いをしてまで戦えるのか。
拓也たちには絶対に守らなくちゃいけない何かが、心の中にあるんだ。だから傷ついても戦えるんだ。
セラフィモンに選ばれてダブルスピリットできるようになったのも、強い心があるからなんだ」
「純平・・?」
「俺にも見つかったんだよ。命をかけても守りたいものがさ。だから戦える。
俺はいまここで変わるんだ。いままでの自分から変わってみせる。だから早く逃げて!」
純平はカッと目を見開き、アイスデビモンを睨み付けた。
『ほう、戦う・・。一人で・・?』
アイスデビモンは不敵な笑みを浮かべる。
「そうだ、今度は俺が相手だ。お前の思い通りにはさせない!」
純平は青いデジバイスを右手に持ち、デジコードを浮かび上がらせる。
そして回転をしながら、叫んだ。
「スピリットエボリューション! ブリッツモン!」
正面から対峙するブリッツモンとアイスデビモン。
「今度はこのブリッツモンが相手だ!」
『フッハハハ』
「なにがおかしい!」
『これまた珍しい獲物だ。雷のブリッツモン、たしか伝説の十闘士の一人・・。
さて、今度はどうやって楽しもうか。そうだ、こうしよう』
アイスデビモンは、泉の方向に振り向く。
そして指から冷気を発射して、泉を半円球の氷のドームに閉じ込めた。
「な、なによこれ・・出しなさいよ!」
泉は、球状の透明な壁をゲンコツでドンドンと叩く。
『ブハハッ。私の冷気に人間がどこまで耐えられるか、実験してみよう。冷気アープッ!』
ドームが一瞬青白く光ったかと思うと、内部が氷で覆われていく。
「体が急に冷たくなって・・痛い・・」
『綺麗なお肌が、凍っちゃう! なんちゃって。ワーハハッ』
アイスデビモンの非情な攻撃に、ブリッツモンは怒気を漲らせる。
「貴様、泉を人質にするつもりか! 卑怯者!」
『卑怯・・・?』
アイスデビモンはあざけり笑う。
『貴様らは2人。私は1人。一対一で戦うどこが卑怯ってんだ!』
「泉に手を出すなと言っているんだ!」
『カブトムシのようなデジモンが、私に指図するのか・・ふざけんな、コノヤロウ!』
アイスデビモンは片手をあげ、ブリッツモンめがけて指から冷気を発射する。
それを間一髪、上空に舞い上がってかわすブリッツモン。
『ほう、これは驚いた。私と同様、空を飛べるのか・・。
まぁいい。簡単に倒してしまってはつまらんからな。ゆっくりと切り刻んでやる』
「黙れ! ライトニングボンバー!」
ブリッツモンは気合を入れて、全身にパワーをみなぎらせる。
そして、頭の角に稲妻を集中させる。
上空から急降下をして、頭の角からアイスデビモンに突進した。
『フン! 当たるものか!』
ブリッツモンのライトニングボンバーを、目にも留まらぬスピードで避けるアイスデビモン。
しかし、ブリッツモンは着地と同時に、次の技に入る。
「ならば、これでどうだ! ミョルニルサンダー!」
今度は雷のパワーを拳に集めて地面に叩きつける。
地面を走る稲妻は、あっという間にアイスデビモンの元へと押し寄せた。
『な、なんだこの地面を這う稲妻は! ギャアアア!』
まともに攻撃を喰らったアイスデビモンは、黒い煙を出して全身が丸焦げになっていた。
「ハァハァ・・やったか・・」
ブリッツモンは肩で息を切らせながら、黒焦げになったアイスデビモンに近づいた。
アイスデビモンは、プシューと音を出して焦げている。
黒い煙が出ていることから、どうやら稲妻に感電して死んだらしい。
「口ほどにもないヤツだったな・・。泉、いま助ける!」
ブリッツモンが、安心して背を向けたその瞬間──。
「なに!」
アイスデビモンの長い腕が、ゴムのように異様な形で伸びる。
そして、ブリッツモンの背中の翼をしっかりと掴んだのだ。
『ブァーハハッ。バカか、てめーは!』
「くっ・・生きていたのか」
『生きている・・? あんな静電気みたいな攻撃で、死ぬわけがないだろ!』
「くそっ、放せ!」
『いまいち、面白みに欠けるぜ。そうか、貴様らが泣き喚く悲鳴が足りないからか?』
アイスデビモンは悪魔の笑みを浮かべると、そのままブリッツモンの羽を掴んで左右に広げる。
「うわぁ、やめろ!」
『だいたい貴様ごときが空を飛べるのが気に食わなかったのよ。
そうだ。このまま羽を握りつぶしてみよう。我ながら、またもやグッドアイデアだ』
アイスデビモンは冷酷な目で、ブリッツモンの背中の羽を平然と引きちぎった。
関節がもげるような鈍い音。
泉はその凄惨な光景に、ガクガクと膝が震えだした。
「純平っ!!」
「うぎゃああっ!」
荒野に響き渡るブリッツモンの断末魔。
羽をもぎとれらたブリッツモンは、尋常ではない悲鳴をあげながら、のた打ち回る。
『ほほう。少しは面白くなった。カブトムシから羽がなくなると、単なるダンゴムシのようだ』
「ぐあああっ! がはっ!」
『ワーハハハハッ!』
「あがっ、ぐっ、まだ負けてないっ!」
『ほほう、痛みに耐えるのか。往生際の悪いヤツだ』
ブリッツモンは激痛に全身を震わせながら、鋭い眼光をアイスデジモンに向けた。
その目はまだ死んでいない。
『ほう、なかなかいい眼をしている』
「これくらいの痛みで負けてたまるか! 俺は絶対に泉を守ると決めたんだ!」
ブリッツモンの力強い言葉に、泉は一瞬目を潤ませる。
「純平・・」
「俺は戦う。こんな痛みに耐えらずに、泉を守れるわけがない!」
「私のことは、もういいから!」
「ここで逃げたら、俺は一生逃げ続けることになるんだ。だから逃げない! 引いてたまるか!」
ブリッツモンと泉のやり取りに、満足気な笑みを浮かべるアイスデビモン。
『ゾクゾクしちゃうねぇ。その悲壮な眼差し。死に行く者の目だ。
お前、仲間のためなら命を捨てるとかいうターイプ? そういう変わったやつが稀にいるのだが』
「黙れ・・俺は戦う・・負けない」
純平は苦しみもがきながら、必死に考えていた。
(このままじゃ、アイスデビモンには勝てない・・)
力が圧倒的に違う。
なにしろ相手はロイヤルナイツにも匹敵する強敵だ。
普通に戦っていたのでは、とても勝ち目がない。
(なにか・・・なにかアイツを倒す方法はないのか・・。以前はどうやって倒したんだ・・?)
純平は必死に以前の戦いを思い出す。
(あのときは、輝一が盾になって戦っていた。
そして、アイツが慢心した瞬間に・・・そうか。あるぞ、アイツを倒す方法が!)
ブリッツモンは激痛の走る体で、さらにのた打ち回る。
『どうした? 口だけで終わりか? アーハハッ!』
腕を組んで高笑いするアイスデビモン。
ブリッツモンはゴロゴロと地面を回転しながら、少しだけ距離をとる。
そして一瞬のスキをついて、進化を変えた。
(スライドエボリューション、ボルグモン)
巨大な装甲とキャタピラを持つ、もう1つのビーストスピリットの闘士。
それが雷のボルグモン。
(油断しているアイスデビモンに、先制攻撃を食らわすしかない・・!)
純平は、ボルグモンにスライドエボリューションをすると、即座に両手を地面に固定する。
照準をアイスデビモンの中心に合わせる。
そして頭部の大砲に、ボルグモンが持つすべてのエネルギー集中した。
『ハーハハッ。あまりの痛みが進化が解けたか。アーハハッ・・って、なにーーっ!!』
「フィールドデストロイヤー!」
ボルグモンの頭部の大砲から、光り輝く巨大な電子レーザーが一気に放出される。
『ウワァーーーーッ!!』
凝縮されたエネルギー弾は、油断したアイスデビモンを一気に吹き飛ばした。
(やったか・・!?)
レーザーが照射された煙の後には、敵の姿はどこにも見当たらなかった。
ただ、冷たい風が荒野に吹くだけだ。
どうやら、アイスデビモンは跡形もなく砕け散ってしまったらしい。
(やった・・ついにやったんだ・・!)
純平はホッと一息つくと、進化を解いて人間の姿に戻った。
そして、拳をギュッと握り締める。
「うおーーっ! やったぜーっ!」
純平は天に向かって、吼えた。
普段の純平からは想像もできないような、歓喜の叫び声。
「俺だってできるんだ・・。1人でもアイスデビモンを倒せたんだ・・」
氷に覆われた大地の中で、純平はデジバイスを両手で握り締める。
「ありがとう、ブリッツモン、ボルグモン・・・」
デジバイスを頬に擦りつける。
零れ落ちそうな涙を必死に堪えた。
「俺、初めて自分の力で泉ちゃんを守ることができたよ・・。
ほんの少しだけ、成長したかな・・、変われたかな・・?
ブリッツモン、ボルグモン、どう思う・・?」
純平はデジバイスに必死に気持ちを語りかける。
ブリッツモンとボルグモンは何も語らないが、それでも純平はにっこりと微笑みを浮かべた。
「純平ー!」
純平が1人で感傷に浸っていると、なにやら声がする。
泉が手を振りながら、こちらに向かって走っているようだ。
「泉ちゃん・・」
「ちょっと、純平! 私を放ってなにやってるのよ!」
泉の怒り声に、純平は「えへへ」と舌を出す。
「ご、ごめん。そういえば、氷のドームは?」
「すっごい寒かったわよ! それに体がもうボロボロよ」
「そ、そうだよね。ごめんね・・俺が不甲斐ないばかりにさ・・」
「ホント、不甲斐ないんだから」
どうやらアイスデビモンが死んだため、勝手に氷のドームは消えたらしい。
しかし、純平が命をかけて戦いに勝利したことなど、すでに泉にとっては過去の話になっているのだろうか?
ムッとした表情をしながら、泉は純平に尋ねる。
「ねぇ純平? いま私のこと、完全に忘れていたでしょ?」
「そんなことないよ。泉ちゃん・・」
「本当に?」
「当たり前じゃないか」
「でも・・さっきの純平は逞しかったかも・・。少しだけ見直したかな・・?」
「少しって・・ハハハ」
純平が一歩、泉のもとへ足を伸ばそうとしたとき──。
勝手に肩膝が、地面に落ちた。
(あ、あれ・・?)
そのまま視線を落とすと、なにやら氷の地面が赤く染まっている。
(な、なんだ、これ・・)
体が思うように動かない。
だんだんと力が抜けて・・・。
そのうち、背中に焼け付くような痛みを感じた。
勝利の余韻に浸っているときは感じなかったのに。
「純平、一体どうしたの?」
「ううっ・・背中が・・・」
「まさか、羽を引きちぎられたときの傷が・・」
視界がだんだん暗くなっていき、徐々に呼吸が荒くなる。
(なんだ・・体が急に動かなくなって・・どうなっているんだ・・)
両膝を地面に落とし、四つん這いの姿勢になった。
(どうしたんだ・・体に力が入らない・・痛い・・苦しい・・)
「純平!!」
「泉ちゃん・・」
額から、嫌な汗が流れ落ちるのを感じる。
(なんだよ・・俺は泉ちゃんを守ることができたのに・・。
せっかく変わることができそうなのに・・こんなところで終わってたまるか・・!)