登場人物
柴山純平。泉に一目惚れしたがなかなか報われない。ブリッツモンに進化する。
織本泉。他人に合わせるのを嫌う性格。フェアリモンに進化する。
アイスデビモン。デジコードを喰う凶悪なデジモンで実力はケルビモン以上らしい。
ブリッツモン。純平がヒューマンスピリットで進化した姿。
ボルグモン。純平がビーストスピリットで進化した姿。
純平は四つん這いの姿勢のまま、荒い息を吐いていた。
「ちくしょう、この赤いものは、俺の血なのか・・?」
痺れていた体の感覚が徐々に薄れ、意識が途切れそうになる。
「俺は負けない・・俺は死なない・・俺は・・」
うわ言のように、純平は言葉を繰り返す。
ヨロヨロとしながらも、根性で立ち上がった。
しかし、膝がガクガクと震え、背中の激痛で気分が悪くなる。
そして、再び崩れ落ちそうになる。
「ううっ・・」
「純平、しっかりして!」
いつのまにか、泉が横に来て、純平の肩を支えていた。
「泉ちゃん、ありがとう・・。大丈夫・・大丈夫だから、心配しないで・・」
「いま拓也たちを呼ぶから、もう少しだけがんばって」
泉は冷静を装いながらも、心の中では動揺をしていた。
その証拠に、デジバイスで交信しようとする手が震える。
デジバイスを操作しながら、泉は叫んだ。
「拓也! 聴こえてるの!?」
<〜〜〜〜〜>
「ちょっと拓也! 返事しなさいよ!」
そのデジバイスは、ノイズが乗ったままだ。
(アイズデビモンは死んだはずなのに、どうしてデジバイスが応答しないの?)
泉は必死にデジバイスを操作する。
(このままじゃ、純平が・・! お願い、拓也と連絡を取らせて!)
しかし、何をしてもすべてが虚しい結果に終わった。
そのとき、上空から一陣の冷たい風が吹いた。
「この風は・・」
『そろそろ参上しちゃおうかしら』
そのいやらしい声に、純平と泉の顔が凍りついた。
「まさか・・」
『どうだ、少しは勝利の気分を味わえたかな?
この私が特別サービスで、わずかな幸せな時間を与えてやったと申しておる。少しはうれしい顔をしろ』
アイスデビモンはまるで堕天使のように上空で翼を広げ、そのままゆっくりと降下する。
そして純平と泉を見下ろすように、飄々と大地に降り立った。
純平は表情を固まらせながら、呟く。
「ウソだ・・。お前は死んだはずじゃ・・」
『人間は訳の分からないことを言う。フィールドデストロイヤーとか言ったな。
あんな電子ビームなど、空を飛んで避ければ、当たるわけがないだろ!』
「なんだって・・」
アイスデビモンは、冷酷な紫の瞳で純平を見下ろす。
その暗い瞳に、純平は身震いした。
(俺、戦えるのか・・こんな体で、まだ戦えるのかよ・・)
純平はフラフラとおぼつかない足取りで、歯を食いしばる。
傷つきながらも、片手で後ろにいる泉のことをかばう。
「俺は戦う・・」
「純平!?」
「まだ戦える・・。泉ちゃんは早く逃げて」
「そんな体で戦ったら、本当に死んじゃうわ!」
「そんなの関係ない。俺は引かない・・負けるもんか・・」
アイスデビモンは、ニィィと頬をつりあげる。
必死で泉をかばおうとする純平を見下ろしながら、話した。
『まったく、人間とはおめでたいヤツらだ。フフフッ』
「なにを笑っているんだ・・」
『私はとてもワクワクしておる。
なぜなら、私はその表情が大好きだからだ。絶望的な顔をしている。もう勝つ見込みはゼロだ。
幸福の絶頂から、地獄に突き落とされた時にだけ見せる刹那の表情。
普通にいたぶっただけでは、そんな顔はしまい』
「なんて、卑劣な・・」
『卑劣・・・?』
純平の言葉に、アイスデビモンは怪訝な顔をする。
『強いものが弱いものをいたぶる・・。当たり前のことだろうが!!』
アイスデビモンは、悪魔の笑みを浮かべる。
腕を振り上げると、それがムチのように長く伸びる。
そのまま水平に手刀を打ち込むように、純平のわき腹にぶち込んだ。
「うげっ!」
純平は紙屑のように、軽く数メートルは吹っ飛ばされた。
氷の大地の上に、叩きつけられた純平。
「がはっ・・」
『おっと、強く殴りすぎたか・・。しかし、もうそのデブには用はない。
余興としては十分に楽しませてもらったのよ。そのまま死ぬがいいわ』
「あっ・・がっ・・」
わき腹の痛みが全身に回り、意識を失いそうになる。
純平はしばらくヒクヒクともがいていたが、やがて仰向けになって動かなくなった。
その様子を見て、泉は全身の血の気が引く思いがした。
「いやーっ! 純平!」
泉は知らぬ間に絶叫していた。
ちょっと前まで、はにかんだ笑顔をみせていた純平が・・。
自分のことを必死に守ってくれた純平が・・。
「純平、しっかりして!」
泉は自然に純平のもとへ足が動いていた。
しかし、助けようと走り出したとき、アイスデビモンがいつのまにか行く手を塞いでいた。
『おい、仲間の心配をしている場合じゃないぞ!』
「お願いだから、もうやめて・・」
『やめてだと・・私はとても楽しい時間を過ごしておるのだ。やめるわけがないだろ』
純平が倒れ、そして巨大なアイスデビモンを目の前にして、泉は気が動転していた。
そんな泉をあざ笑うかのように、アイスデビモンは片手を伸ばす。
『ほう、随分と弱気になったものだ。先ほどまでの威勢はどうした?』
泉の胴体を、すっぽりと覆うように握り締めた。
まるで人形を掴むように、泉を握りつぶすアイスデビモン。
「きゃああ!!」
『さて、今度はどうやって楽しもうか。
このまま握りつぶしても面白いが、あまりに簡単に殺してしまうのも、もったいない・・。
そうだ、じっくり殺すとしよう。足を折り、次に腕を折る。じわじわと苦しむがいい』
アイスデビモンは、口からフッと冷気を吹きかける。
「あああっ、体が・・凍って・・」
『フフフッ。動けないようにして、じっくりと切り刻む・・。グッドアイデア! だろ?』
「ああ、体が・・! 純平、目を覚まして! お願いっ!」
アイスデビモンの握力に、泉はもはや何の抵抗もすることはできなかった。
・
・
(泉ちゃん・・)
意識が朦朧とする中、純平は泉の悲痛な叫び声を聞いた。
真っ暗な視界の中で、瞼をおぼろげに開き、声の方向を視線を向ける。
そこにはアイスデビモンに、人形のように体を握りつぶされている泉の姿があった。
(助けなくちゃ・・泉ちゃんを絶対に死なせるもんか・・・)
腕に力を入れて、足にも力を入れて、必死に立ち上がろうとする。
しかし、体の感覚がほとんどない。
自分の思い通りに体が動いてくれない。
(頼むから動いてくれ、俺の体・・!
ここで泉ちゃんを助けられなきゃ、いままで何のために戦ってきたのか分からないじゃないか!)
最後の力で、地面を爪で掻きむしる。
(俺は最後まで戦う・・・大切なものを守り抜くんだ・・!)
コロン・・。
ポケットから、デジバイスが転がり落ちた。
純平が、その音の方向に視線を向けると、なにやらデジバイスが発光しはじめているではないか。
その光は、やがて純平の体を包んでいく。
(なんだ・・この光・・?)
純平は、光の中に浮かび上がる、2つのスピリットを見た。
(これは・・! ヒューマンスピリットとビーストスピリッット!
そうか、戦っているのは俺だけじゃなかったんだ。
ブリッツモンもボルグモンも、俺と一緒に戦っていたんだよね・・ごめんよ・・)
スピリットの暖かい光を感じると、体から不思議と痛みが引いていった。
純平は、2つのスピリットににっこりと笑いかける。
優しい顔つきのまま、眠るように瞼をゆっくりと閉じた。
全身を包む暖かい光の中で、眠ってしまったのだろうか?
次に純平が目を開けたとき、溢れんばかりの光の中に2人の闘士が立っていた。
──雷の闘士ブリッツモン。
──雷の闘士ボルグモン。
その2人の闘士を目の当たりにして、純平の頬に自然と涙がこぼれた。
「ブリッツモン、ボルグモン・・」
<純平・・>
ブリッツモンは、ゆっくりと純平の前に歩を進める。
そして、純平に手を差し出す。
<純平、しっかりしろ>
「ブリッツモン、会いたかったよ・・」
純平は涙を拭いながら、ブリッツモンと堅く手を握り合った。
「ブリッツモン、ボルグモン・・。
ずっと会いたかった・・。話したかったよ。
俺を伝説の十闘士の1人に選んでくれてありがとう。
俺をデジタルワールドに導いてくれてありがとう。
俺はいま、泉ちゃんを助けたい。だから俺に今すぐアイスデビモンと対等に戦える力を分けてくれ!」
<・・・>
「早くしない泉ちゃんが・・頼むよ!」
<・・・>
口を閉ざすブリッツモンに対し、純平の表情は険しくなる。
「どうして黙っているの・・?」
<・・・>
「そっか・・。ブリッツモン、ボルグモン、いきなり無茶なことをお願いしてごめんよ。
俺、相変わらず自分勝手だよね・・」
<純平・・>
純平は目に涙を溜めながらも、懸命にニコッと微笑んで話を進める。
「あのさ、よかったら俺のことを話してもいいかな・・?」
その問い掛けに、ブリッツモンとボルグモンはゆっくりとうなづいた。
「ありがとう」
純平は真剣な目で、2人に語りだした。
「俺がどうしてこの世界に来たのか分かる?」
<・・・>
「ごめんね。変な質問して。
俺、ずっと考えていたんだ。
オファニモンは、デジタルワールドに来ることを「未来を決めるゲーム」だと言っていた。
でも、俺にとって、デジタルワールドに来たことは「ゲーム」じゃなかったんだ。
俺は1つの答えを求めて、この世界に来たんだ。
"自分を変えることができるのか"、という答えをさ。
俺はこの世界で、懸命に答えを探した。途中でたくさんの仲間ができた。一緒に戦って、傷ついて・・。
そして冒険をしている中で、俺は分かったんだ。俺が探す答えは、デジタルワールドにはないことに。
いや正確にいうと、答えをいくら探しても、見つかるわけがなかったんだ。
だって、答えは最初から俺の心の中にあったんだから」
純平は、自分の気持ちを必死に伝えていた。
「ごめんよ。本当はデジタルワールドを救うのが俺の役目なんだよね・・。
なのに俺は、自分自身のために行動して・・。俺ってつくづくわがままだよな・・。
いまだって、泉ちゃんを助けたいという一心で、わがままを言っている。
分かっているんだ。無茶なお願いだって」
純平はさらに自分の気持ちをつなげていく。
「俺さ、拓也と輝二がダブルスピリットできたときに、どうして自分が出来ないのか、正直腹が立ったよ。
でも、拓也と輝二は、俺なんかよりも、ずっと大変な苦難を乗り越えていた。
拓也はメルキューレモンに殺されそうになったし、輝二は輝一のことでずっと苦しんでいた。
だからセラフィモンは拓也と輝二を選んだんだ。だって、あの2人は強い心を持っているんだから。
そして、拓也と輝二は進化して、さらに苦しい戦いを続けている。
俺はただ、それを見ているだけ・・」
<純平・・・>
「俺は強くなりたい。たとえ傷ついてもいい。
だって、俺は泉ちゃんのことが好きなんだ。だから守りたい。
そのためには、アイスデビモンを上回る力がどうしても必要なんだ。
ブリッツモン、本当のことを言ってくれよ。俺にもダブルスピリットはできるんだろ?」
<純平・・お前には分かるのか?>
「うん。だってダブルスピリットは、2つのデジタルデータが重なって、新たなデータを作り出すことだ。
それに、拓也と輝二にできたことなんだから、俺にできないはずがない。
ただ、それには何かきっかけが必要なんだろ?
拓也と輝二は、苦しんで耐え抜いて、その代償としてセラフィモンに選ばれた。
ねぇ、ブリッツモン・・? なにが必要なのか教えて! 俺がダブルスピリットをするにはさ・・?
俺、覚悟はできてるから・・。ブリッツモンの答えに・・」
純平の質問に、ブリッツモンは黙ったまま視線を落とした。