金太君小説(第5部) (5)



登場人物

白金太郎。愛称「金太」。春風中学校2年生で柔道部の主将。

南条隼人なんじょうはやと。春風中の1年生。柔道部で金太の後輩。


金太と隼人は、それから毎日居残り稽古を行った。
部活の練習が終わってから、シーンと静まった道場に、2人だけ残る。
「行くぞ、南条!」
「オスッ!」
隼人の気合の入った掛け声。
まずは、打ち込みの練習を行う。
技の形を反復動作を繰り返して習得する、基本的な練習だ。
ウォーミングアップに近い練習だが、技の型を丁寧に反復していくことで、柔道の基礎をガッチリと体で覚える。
次に2人で、実際に投げたり、投げられたりする練習を行う。
試合形式ではなく、お互いに技をかけるタイミングや呼吸を合わせて、投げ合う。
これも柔道の基本だ。
初めは、金太は隼人の実力がよく分からないため、様子を見ながら練習をしていた。
しかし、肌を合わせて稽古をしているうちに、金太は理解した。
南条隼人の、恐るべき柔道のセンスと可能性に。
(南条がこれほど柔道ができるとは思わなかった。
  受け身も技の型も、もしかすると、基礎は俺よりもしっかりしているんじゃないのか?)
父親と小さい頃から柔道をしていた賜物だろうか?
金太が考えていた以上に、隼人の実力は本物であり、もはや手加減をする必要がないと感じたのだ。


←それっぽいのを入れてみました(^^;

数日経つと、基本的な練習をしたあと、すぐに実戦的な練習をしていた。
「南条、かかってこい!」
「ういっす!」
乱取りで、金太と隼人は試合を想定して、本気で戦う。
普通、乱取りはある程度、2人の実力が近くなければ、あまり効果的な練習にはならない。
しかし驚いたことに、隼人の実戦での能力は、金太に近いものがあった。
これは金太にとって、うれしい誤算だった。
(南条、やるな・・!)
2人は組み手をしながら、足を前後に揺さぶって隙をうかがう。
金太は隙があれば、あっという間に隼人の懐に飛び込んで、重心を崩して足をかける。
──ドスッ。
大外刈が、勢いよく決まる。
「まだまだッス!」
すぐに隼人は立ち上がり、金太の柔道着の襟を取りに来る。
一方的に金太が押すことはなく、少しでも油断すれば隼人も一本を決めに来る。
「俺から一本を取ってみろ、南条!」
「ハイッ!」
金太の気合の雄たけびに対し、隼人もしっかりとした気合で返す。
お互い「ハァハァ」と荒い息遣いをしながら、練習に夢中になった。


一ヶ月ほど練習をして、金太は南条隼人の類稀なる柔道のセンスに、舌を巻いていた。
自分よりも1つ下の学年で、しかも同じ柔道部に、これほど強いヤツがいるとは思わなかったからだ。
たしかに隼人は、新入部員の中では体が大きくて、柔道のセンスも良いと感じていた。
しかし、1年生全員で行う全体練習では、なぜかあまりパッとしない。
金太がアドバイスをしているときは、「ハイッ」と元気よく返事をするのだが、
 それ以外のときは、ボケッとして柔道に打ち込んでいるように見えなかった。
ただ、言われる通りに練習をし、他の部員にあっという間に一本を取られて、
 それでも「えへへ」と頭をかいて、あまり悔しがる様子もなかった。
ただ休憩時間に、ニコニコとした笑顔でタオルをもってくるだけの後輩。
それが隼人だった。
金太には、隼人に柔道家としての闘争心があるのか、疑問だった。
柔道の実力があるのに、なぜか柔道を本気でやろうとしていないように見えた。
だから隼人に対して、あまり熱心に指導しようという気になれなかったのだ。
(アイツ、もっと真剣に柔道をすれば、強くなりそうなのに・・)
以前はそんなことを思っていた。


しかし、いま自分の相手をしている隼人は、とても同じ人物だとは思えない。
柔道に対する気迫と熱意は、金太に勝るとも劣らないものがあったのだ。
一体、どこにこれほどの気合があったのか?
いままでの隼人のやる気のない姿はなんだったのか?
金太は、その激しいギャップに戸惑いを覚えた。
しかし、片田舎の中学校で、強い練習相手に恵まれることは少ない。
だから、隼人のような後輩と練習ができることは、すばらしいことなんだろうなと、金太は感じていた。
そして、数ヶ月前は全国大会への道は、険して苦しいものだと感じていたが、
 南条隼人の成長により、全国大会へ進む勝利の道が徐々に見えつつあった。
金太は確かな手ごたえを感じ始めたのだ。
今年もまた、全国大会で権藤大三郎と戦える。
そう考えると、金太の心は自然と温まるものがあった。



それからさらに練習を続け、地区予選も近くなった。
柔道の練習にいっそう熱が入る。
「とりゃーっ!」
「まだまだーっ」
金太と隼人は、相変わらず2人で、毎日陽が落ちた後も稽古に明け暮れていた。
隼人はその間、何一つ文句を言わず、金太の稽古に付き合った。
金太は肌で感じていた。
隼人の律儀で真面目な態度は、まるで自分に近いものがあると。
だから、金太は隼人に親近感を覚え、いつのまにか彼を強く育てたくなった。
自分が強くなることよりも、隼人を強い柔道家にしたくなったのだ。
それに、隼人を強くすることは、すなわち春風中が全国大会に進むことにもつながらるのだから。


その甲斐あってか、隼人はこの1ヶ月でメキメキと柔道の腕をあげ、金太とほぼ互角に戦えるほど成長していた。
金太の背負い投げを、上体を後ろにそらせてブロックする。
逆に、そのまま背中から抑え込んで寝技に持ち込もうとする。
しかし、金太もそうはさせまいと、体をすぐに入れ替える。
(ハァハァ・・南条、すごい成長だ・・)
めまぐるしい攻防と、一瞬の技の駆け引きに、金太は身震いを感じた。
まさか、1年生の隼人がここまで成長をし、短期間で自分と互角に戦えるようになるなんて。
いつもハキハキとして笑顔で練習をし、
 とても素直で真面目な南条隼人は、金太にとってなくてはならない相手になりつつあった。
いつのまにか、南条隼人の存在は、金太の心の大きな拠り所になっていたのかもしれない。


しばらく技の掛け合いをした後、2人は息を切らせて道場の真ん中にしゃがみこんだ。
金太は畳の上に、大の字になって寝転ぶ。
「ハァハァ・・・ちょっと休もうか」
「ハイ、主将!」
「一緒に外に水でも飲みにいくか?」
「あ、ちょっと待ってください!」
隼人は元気よく返事をすると、勢いよく走って道場から飛び出していった。
あれだけ稽古した後なのに、随分と元気がいいなと金太は微笑ましく笑う。
(南条がここまで成長すれば、地区予選はなんとか突破できそうだ。
  今年も、全国大会で大三郎と戦えるぞ。大三郎と試合ができる。
  そして俺は大三郎と戦って、そのあと大三郎に会って、俺は大三郎にきっちりと答えを・・。
  いや、いまは練習中だぞ。なにを考えているんだ・・)
迷いを断ち切るうに、金太は首を横に振る。
それからしばらく、道場の中央で汗を拭いていると、両手に缶ジュースをもって、隼人が戻ってきた。
「主将〜! ジュースを買ってきました〜!」
大きな体を揺らして、手には小さな缶ジュース。
とても可愛らしく感じる。
「お、気が利くな」
「えへへ。主将には健康を考えてウーロン茶ッス。どうぞ」
「いつもありがとうな。・・・ゴクゴク・・うめーなーっ!」
火照った体に、冷たいウーロン茶は爽快な気分にさせてくれる。


隼人はコーラを飲みながら、ちょこんと金太の横にあぐらをかいて座った。
そこから、さらにジリジリッと金太に近づき、膝と膝がくっつく程度に寄り添う。
そして、にっこりと微笑んだ。
「えへへ・・」
「ど、どうした? 南条? 暑いからあまりくっつくなよ・・」
「スミマセン・・」
「ハハハッ。大きい体をして、まさか俺に甘えたいのか?」
金太は冗談を交えて、声を出して笑う。
「ハイ、ちょっと甘えたいです・・」
「え?」
「い、いや、なんでもないッス」
隼人は、頬をポッと赤く染める。
その微笑ましい姿を見て、なぜか金太は一瞬、心臓がドクンと高鳴った。
(なんだこの感じ・・以前にも似たような・・・)
隼人のいじらしい姿を見つめているうちに、金太は自分の頬がカッと熱くなるのを感じた。


少し進んだ?w

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