登場人物
白金太郎。愛称「金太」。春風中学校2年生で柔道部の主将。
──2人だけの道場。
──2人だけの空間。
金太の脳裏に、懐かしくて暖かい記憶がフッとよぎる。
以前、どこかで似たような空間があったような・・。
・・・。
隼人は少し照れたような顔をして、話しかけてきた。
「オレ、この2ヶ月間、主将と毎日稽古ができて、とても充実してます」
隼人の普段の会話口調に、金太はなぜかホッと安堵した。
「俺もさ。南条がいなかったら、俺は練習相手もいなかったしさ。本当に感謝してる」
「感謝だなんて・・そんな・・」
「本当のことだよ。
今年の地区予選は、正直にいうと厳しいと思っていたんだ。
でも、いまは違う。南条がいるんだから。
俺と南条で確実に2勝すれば、あと誰か1人が勝てば問題ない。確実に全国大会に行ける」
「そんな・・オレはまだ実力ないッス」
「そんなことはない。自信を持てよ。南条には先鋒を任せたいんだ。チームに勢いをつけて欲しいんだよ」
「オレにそんな大役は・・」
「大丈夫だから!」
そういうと、金太は隼人の方向に向きなおす。
そして、隼人の瞳をしっかりと見つめながら、両肩に手を乗せて握り締めた。
金太が肩を握り締めた瞬間、隼人はビクリッ!と体を震わせた。
その震えは金太に伝わるほどだった。
隼人は、思わず視線を左に逸らした。
「わりぃ。肩を強く握りすぎたかな?」
「そんなことないです・・白金主将・・・」
隼人はなぜか、照れくさそうな顔をしている。
そして、やんわりと返してきた。
「オレ、いま心臓がドキドキしてます」
「なんでだよ・・?」
「いやその・・主将に期待されて、うれしいというか・・・」
「そ、そういう意味な・・ハハハ・・」
「オレ、主将のこと好きだから・・」
「へっ?」
「な、なんでもないッス・・」
隼人は鼻の上を少し赤く染めて、いじらしい態度をしている。
そんな表情をみて、金太は自分までなぜか照れてきた。
金太はふと思った。
いまここにいる2人だけの空間が、以前に感じた暖かさに似ていると。
あの日、権藤大三郎の家で2人っきりで過ごしたような、暖かい空間・・・。
男同士なのに、なぜか胸が詰まるような雰囲気。
それに気がついたのだ。
(なんだよ・・この息が詰まりそうな感じは・・)
一瞬、そこにいるはずの隼人が、権藤大三郎に思えた。
久しぶりに、心臓がドキッとする得体のしれない感覚。
(いかん、俺はなにを考えてるんだ・・相手は南条たぞ・・)
なにやら妙な感覚に陥った金太は、迷いを断ち切るように首を振る。
金太は、隼人の肩に置いていた手を、ゆっくりと放した。
金太は平静を装うように、ゴホンと咳をしながら隼人から離れた。
隼人は何事もなかったかのように、ニッコリとした笑顔で話しかけてきた。
「主将、実は以前から聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと?」
「ハイ。白金主将は、どうしてそんなに練習するんですか?」
「そりゃ、柔道が強くなりたいからさ」
「どうして強くなりたいんです? 全国大会に行きたいからですか?」
「・・そうだな。俺は全国大会に行きたい。そして絶対に勝ちたい相手がいるんだ」
「相手って・・・?」
「俺が一度も勝てない、すごい強いヤツがいるんだよ」
そういうと、金太は目を輝かせて、遠くを見つめた。
隼人は小さな声で、恐る恐る尋ねた。
「その相手って、もしかして"権藤大三郎"って人ですか?」
突然の隼人の発言に、金太は目を丸くして驚いた。
「どうして、それを知っているんだ!?」
「実はオレ、昨年の中学全国大会をテレビで見ました。
そのときに白金主将が一回戦で負けた相手が、たしか権藤大三郎って名前でしたから」
「そ、そうか・・」
「あの人、強いッスよね。でも強いというよりも、白金主将の動きが全部分かっているような感じでした」
「ど、どういう意味だよ・・?」
隼人の意味ありげな発言に、金太は思わず聞き返した。
「オレ、あのときの白金主将の試合は、ビデオに録画して持ってます。
ウチの柔道部にあったビデオも借りさせてもらいました。
オレ、その・・白金主将のファンですから。
だから毎晩、白金主将をみてるッス。全国大会の試合もビデオテープが擦りきれるほど見ました」
「ハハハ、南条は研究熱心なんだな」
「それでオレ、気がついたんです。権藤大三郎さんは、白金主将の動きが全部見えています。
見えているというか、まるで主将が次になにをするのか、分かっているような感じなんです」
隼人があまりに熱心に言うものだから、金太は苦笑いを浮かべて返した。
「バ、バカなこと言うなよ。そんなわけないだろ?」
「ええ、普通じゃそんなこと考えられません。
でも、オレにはなんとなく分かるんです。権藤大三郎って人は、白金主将を見る目が違うから・・。
試合中なのに、まるで白金主将と試合をして喜んでいるような、そんな雰囲気があるんです。
なんとなく、オレが主将を見ている感じと・・その・・似ているから・・」
「なにが言いたいんだ・・南条・・?」
「す、すみません。オレ、変なこといって」
「・・・」
隼人は目を伏せて黙っていたが、おもむろに口を開いた。
「あの・・権藤大三郎さんって、主将のなんなんですか? 知り合いなんですか? それとも・・」
「え・・?」
まるで自分と権藤大三郎の関係を詮索するような、隼人の質問。
金太は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
過去に権藤大三郎とは、いろいろなことがありすぎた。
しかし、その一部始終を隼人に話すことはできない。
一瞬、まごついた金太だったが、すぐに毅然とした態度で切り返す。
「べ、別にアイツとは何もないよ。ただの柔道のライバルってだけだ」
「知り合いじゃないんですね?」
「ライバルだ。何度も言わせるなよ」
「いつからライバルなんですか?」
隼人はなぜか執拗に食いついてくる。
「どうしてそんなにしつこく聞くんだよ?」
「だって、すごい気になりますから・・」
「どうして気になるんだ?」
「いや、それは・・その・・」
再び目を伏せたしまった隼人。
まるで喉元まで出掛かった言葉を、飲み込んだような感じだ。
すねたように唇を突き出して、人差し指をツンツンとしている隼人の姿に、金太は妙な違和感を覚える。
しばらく沈黙したあと。
隼人が震えるような声で切り出した。
「あの・・白金主将には恋人が・・その・・いるんですか?」
あまりに唐突な質問に、金太は飲みかけていたウーロン茶をブッと吹き出しそうになる。
「きゅ、急に変な質問するなよ!」
「いえ・・スミマセン。でもこれだけは聞きたくって・・」
「答えなくちゃいけないのか?」
「いや、別にいいッス・・。なんとなく・・です・・」
金太にとって恋愛話は大の苦手であり、なるべく避けたい話題の1つ。
しかし、隼人の困ったような顔に、金太は仕方ないなという表情で、返事をした。
「俺は恋人はいないよ。いまは柔道一筋だからな。これで満足したか?」
「いないんですか!?」
「あぁ。いないよ。俺はどうも女の子の気持ちを理解できなくてさ。女の子は苦手なんだよ」
「じゃ、男の気持ちは理解できるんですか?」
「へっ!?」
予想だにしない質問に、金太の額に汗が滴り落ちる。
「どういう意味だよ・・?」
「いえ、その・・」
「変な質問はするなよな」
「スミマセン」
隼人は自分で自分の質問が恥ずかしかったのか、プイッと横を向いてしまった。
(南条のヤツ、俺と大三郎の関係に感づいているとか・・・まさかな・・・)
しかし、南条隼人の質問は、自分と権藤大三郎の関係を聞き出そうとするような内容にしか感じられない。
金太は、なにやら胸の中がざわざわとした。
微妙ですかね・・。