金太君小説(第5部) (13)


隼人の告白を断った金太だったが・・?


登場人物

白金太郎。愛称「金太」。春風中学校2年生で柔道部の主将。後輩である南条隼人を育てたいと考えている。

権藤大三郎。現在は東京に引っ越しており、明法大付属中の2年生で柔道部に所属。

南条隼人なんじょうはやと。柔道部の後輩で金太のことが好き。


その日の夜。
金太は机に頬杖をついて、窓の外をボケッと物思いにふけっていた。
明日は大切な柔道の地区予選だったが、そんなことよりも、南条隼人のことが気になって仕方がなかった。
(まさか、アイツが俺のことを好きだったなんて・・。
  これからどう接したらいいんだよ・・。お互いに意識せずに柔道ができるはずがない。
  普通に話すのだって意識しちまうし、もし柔道の練習で触られたら今日のことを思い出しちまう。
  ようやく俺は、最良の柔道のパートナーを見つけたと思ったのに。
  南条ならば、これからもずっと練習して、一緒に柔道で切磋琢磨していけると思ったのに・・。
  ・
  ・
  いや、待て・・。それどころじゃないぞ。
  アイツは柔道を一度捨てたんだから、俺のことをあきらめたとき、柔道をやめるんじゃないのか。
  もしかすると、明日の地区予選は来ないかもしれない・・)
そう考えたとき、金太の心は激しく痛んだ。
自分の姿を見て柔道をはじめたのに、また自分のせいで柔道をやめてしまう。
そんなことは絶対にあってはならないことだ。
なぜなら、南条隼人には柔道の素質があるし、柔道を続けて欲しかったから。
(そういえば大三郎も、東京に行く前に柔道をやめると言った。
  でもそのあとに俺と約束したんだ。東京にいっても、柔道を続けるって。
  もしかしたら、アイツならばいまの南条の気持ちが分かるんじゃないのか・・?)
金太は自分でも気がつかないうちに、電話の前に立って権藤大三郎に電話をかけていた。


<トゥルルル・・・>
発信音が鳴るたびに、金太の胸は高鳴った。
この音が止まった瞬間、電話の向こうには権藤大三郎がいて、そして声が聞こえるだろう。
一体、なんと切り出せばよいのだろう?
なぜなら、自分は手紙で3ヶ月以上も返事をしていない。
いきなり電話をするのは、なにか自分勝手で後ろめたい感じがする。
<トゥルルル・・・>
繰り返される発信音。
(大三郎・・いないのか・・)
何度も繰り返すうちに、金太はなぜかホッとして電話を切ろうとする。
そのときだった。
──はい。権藤です。
それは間違いなく権藤大三郎の声。
金太の心臓はドクンと波打ち、頭の中が空っぽになった。


受話器の向こうに聴こえる懐かしい声。
<もしもし?>
(大三郎・・)
低音ですこしガラ声で、以前とちっとも変わらない権藤の声。
金太は電話の向こうの権藤に話しかけようとしたが、言葉に詰まった。
ずっと権藤に対して手紙で返事もしないで、自分が困ったときにだけ電話をしている。
それがとてもわがままで、自分勝手なことに気がついたからだ。
(大三郎の声・・ずっと話したかった。声を聴きたかった。
 いろんなことを話をしたい。南条のことも相談なくしちゃ。でも、どうしよう・・)
金太は苦悩に顔を歪ませる。
あれこれと迷った挙句に、そのまま無言で電話を切ろうとする。
そのときだった。
<まさかキンタか!? だったら切らないでくれ!>
その言葉に、再び金太の心臓はさらに高鳴った。
権藤がまだ自分のことをきちんと覚えていてくれて、自分をまだ求めてくれていることになぜか安心したのだ。


金太は優しい顔つきで、呟いた。
「大三郎・・」
<やっぱりお前だったんだな。なんとなく分かったんだ>
「ずっと手紙で返事しなくてごめん」
<いいんだ。いろいろと忙しかったんだろ?
  俺、いますげぇうれしいぜ。まさかキンタから電話してくるなんて思わなかったからさ。
  キンタの声を久しぶりに聞けて、ドキドキしてる。あそこも勃っちまいそうだぜ、なんてな>
権藤の声のトーンから、かなり興奮気味に語りかけているのが分かる。
しかし会話の内容は、相変わらずとんでもないことを言ってくるなと、金太はなぜか頬が緩んだ。
<明日は東海地区の予選だろ? そんな大切な日に電話なんてどうしたんだ?
  なにか大変なことが起こったんじゃないのか? なんでも話してくれ。俺が力になってやる>
「大三郎、ありがとう。
  俺は元気だ。春風中の主将として毎日柔道やってる。明日の予選は絶対に負けない。
  だって、全国大会でお前と決着をつけるんだから。今度こそ俺が勝つんだから」
<そうか。元気そうでなによりだぜ。でもどうして電話してくれたんだ?>
権藤の問いに対し、金太はふぅと大きく深呼吸をして間を置いた。


「大三郎さ。変なことを聞くけど答えてくれないか?」
<変なこと? まさか俺とエッチしたくなったのか? でも電話越しじゃ難しいな>
その質問に金太はカッと頬を赤く染める。
「バ、バカヤロ、そんなわけないだろ」
<冗談だよ。しかしお前、相変わらず分かりやすいのな。電話の向こうで真っ赤になっているな?>
「そ、そんなことあるわけないだろ。
  俺は真剣に話しているのに、ふざけたこというなよ・・。
  俺が聞きたいのはそんなことじゃなくて、
  お前が東京に行くとき、柔道もやめるって言ったよな? 覚えているだろ?」
<あぁ。覚えているよ>
「そのとき、本当に柔道をやめる気だったのか?」
<・・・。質問の意味がよくわからないぜ>
「つまり、その・・お前が告白をしたあと、俺は男同士の恋愛は受け入れられないと言っただろ?
  お前は俺にどんな言葉をかけて欲しかった? どうしたら柔道を続けらるんだ?」
<・・・>
金太の質問に対し、権藤の受話器の向こうでなぜか黙ってしまった。


権藤から返事がなかったので、金太は困ったように頬をかいた。
「す、すまない。変なことを聞いちまった」
<キンタ。お前、誰かに告白されたんだろ?>
権藤の鋭い質問に、金太は慌てて返事をする。
「そ、そんなわけないだろ」
<隠すなよ。俺には分かるんだ。お前は普通にしていても、男臭さを出しまくってるからな。
  お前に恋心を抱くヤツはたくさんいるだろうよ。
  誰に告白された? 2年生は元青空第二小学校のメンバーだから告白するヤツはいないな。
  とすると、新入部員の1年生に『好きだ』と言われたのか?>
「そんなことあるか・・」
額に汗を垂らす金太に、権藤はやんわりと返してきた。
<まぁいい。キンタが知りたいのは、告白したヤツの気持ちだろ?
  もし本当に告白したんならよ・・。その告白したヤツはものすごい勇気が必要だったはずだ。
  だってよ、もし断られたら人生真っ暗だぜ。下手すりゃ死にたい気分になると思うぜ。
  お前にだって、"結花"っていう好きな女の子がいるんだから、それくらいは分かるだろう?
  人が人に『好きだ』って告白するのは、それ相応の覚悟と勇気が必要なんだよ。
  ましてや、男が男に好きだと告白するんだからな。俺は4年間もお前に告白できなかった>
「・・・」


金太は、権藤の話に聞き入ると同時に、額に薄っすらと汗を浮かべていた。
権藤の話はとても現実的で、それが南条隼人の気持ちと同じだと思うと、息が詰まったからだ。
電話の向こうから、さらに権藤が話を続ける。
<もしお前が断ったのならば、お前にできることはなにもない。
  告白したヤツが解決するしかねぇんだ。もしかして、お前はいまそのことで苦しんでいるのか?>
「・・・」
<どうやら、すべて当たっているらしいな。
  キンタはいつもそうやって1人で抱え込んじまうからな。だからお前には支える人間が必要なんだ。
  いますぐお前のところにいって、抱きしめてやりたい。
  お前はそう望んでいるから、俺に電話をしてきたはずだ>
「俺が望んでいる・・?」
<そうさ。俺に甘えたいんだろ? 全部吐き出してくれ>
「違う・・」
<俺のいうことが間違っているか?>
権藤大三郎の真意をつくような発言に、金太は慌てて切り返した。
「そ、そんなことで電話するもんか! 俺はお前に頼らない。だって俺の問題なんだから。
  変なこと聞いちまったのは勘弁してくれ。明日の予選は絶対に勝つから、全国で会おうぜ。またな!」
<おい、キンタ待て!>
金太は会話から逃げ出すように、電話を切っていた。
自分が権藤大三郎に無意識に頼っていたことに、激しい戸惑いを覚えたからだ。
それにもし、このまま電話を続けていたら・・。
権藤大三郎に、自分の心の奥底にある気持ちを話してしまったのではないか・・。
金太は受話器を置き、ギュッと目を瞑って首を横に振った。
(俺は大三郎に頼ってなんかいない。大三郎に甘えたくなんかない。
  大三郎と一緒に居たいなんて思っていない。俺は、いつだって1人で乗り切ってきたんだから・・)


受話器を置いてしばらくして、金太は権藤の言葉を思い出した。
<その告白したヤツはものすごい勇気が必要だったはずだ>
<もし断られたら人生真っ暗だぜ。下手すりゃ死にたい気分になると思うぜ>
隼人が告白し、そして自分はきっぱりと断った。
それが男同士の恋愛に対して、正しいことだと思った。
しかし、このやるせない気持ちはなんだろう?
(そうか・・。南条隼人はあのとき、ありったけの勇気を振り絞って告白したんだ。
  それを俺は厳しい態度を取って、断ってしまった。
  果たしてそれでよかったんだろうか・・? 南条に一生の心のキズを負わせたんじゃ・・。
  いま、南条はベッドの中で、泣いているのかもしれない。
  でも、俺は何もできない・・。俺は柔道以外は無力だ。何もできやしねぇ。
  南条をこれ以上傷つけないように、明日は精一杯、笑顔で接しよう。
  それがたとえぎこちない笑顔であっても、俺は南条の心をこれ以上踏みにじることはできない。
  俺が南条にしてやれることは、一緒に柔道をしてやることくらいなんだから)
その後、金太は隼人のことを考えると、布団の中でなかなか寝付けなかった。
昨日まで希望に満ちていた柔道大会が、一瞬にして不安に変わってしまったからだ。
そして夜も老けてくるころに、金太は息苦しさの中でようやく眠りについた。


次回をお楽しみに(←ォィ)

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