金太君小説(第5部) (14)


金太×隼人の運命はいかに・・?


登場人物

白金太郎。愛称「金太」。春風中学校2年生で柔道部の主将。後輩である南条隼人を育てたいと考えている。

権藤大三郎。現在は東京に引っ越しており、明法大付属中の2年生で柔道部に所属。

南条隼人なんじょうはやと。柔道部の後輩で金太のことが好き。


──試合当日。
県立の体育館に、各地から大勢の中学生が集まっていた。
みな、全国大会を目指す柔道少年たちだ。
春風中は、昨年にこの予選大会で3位となり、全国大会に出場した。
だから今回は、優勝候補の1つに躍り出ている。
春風中の部員はバスで会場まで移動し、大きな体育館の一角で準備運動をしていた。
しかし、その中に南条隼人の姿はなかった。
副主将の大河原に電話があり、朝寝坊をしてしまったので、1人で会場に向かうとのことだった。
<1年生でレギュラーに抜擢されたのに、なめているのか!>と他の部員から
 不満の声があがったが、金太の心は複雑だった。
おそらく、隼人は昨日の夜、涙にくれて眠れなかったのだろう。
自分でさえ隼人のことが気がかりで寝付けなかったのだから、告白までしてフラれた隼人の心はその比ではないはずだ。
隼人がどんな思いをしたのか、考えるだけで金太の心も憂鬱になった。
もし隼人が来なかったとしても、決して責めることはできない。
(頼む、南条。なんとか今日の試合は来てくれ・・)
金太は、ただ隼人がこの体育館に来てくれることだけを祈っていた。


一方の南条隼人は、真っ赤に腫れた目をこすりながら、バスを乗り継いでようやく会場に到着していた。
(昨日は全然眠れなかったけど、今日はがんばるぞ・・!
  白金主将は自分のことを受け入れてくれなかったけど、完全に拒絶されたわけじゃない。
  嫌われたわけじゃないんだ。きっと時間をかければ白金主将だって・・)
隼人は、まだ金太のことを完全に諦められなかった。
昨日の夜はショックで眠れずに、あれこれと考えた。
もう柔道をやめようか、試合に出るのもやめようかと思った。
しかし、金太は男同士が愛するということを否定したが、毛嫌いはしなかった。
もしかすると、柔道大会で活躍すれば、自分の熱い想いが届くかもしれない。


たった1つだけの希望で、人間は生きることができる。
そして歩き続けることができる。
いまの隼人にとっての希望は、金太の存在だけだった。
金太がいるから、自分もがんばれる。
たとえ、受け入れてくれなくとも、金太の姿をみられるだけで幸せだった。
隼人は、精神的に立ち直るまではいかないまでも、自分の出来る精一杯のことをしようと必死だった。
柔道大会の地区予選で、金太とともに勝ち抜くこと。
そうすれば、金太と喜びを分かち合うことができる。
金太の笑顔をみることができる。
そして、いつの日か金太と・・そう隼人は考えていた。
いや、そう考えなければ、生きる希望すら見い出せない状態に陥っていたかもしれない。


(かなり遅れてしまった。みんな怒っているだろうな・・)
隼人は慌てて更衣室に入る。
急いで道着に着替えて、汗だくになった顔を洗おうと、近くにある洗面所に立ち寄った。
そのとき、洗面所の奥からなにやら会話が聴こえる。
(あれ? 春風中の先輩たち・・?)
聞き慣れた声は、間違いなく副将の大河原と、他のレギュラーたちのようだ。
隼人は遅れたことを詫びようと、洗面所の奥にあるトイレに歩を進める。
そのとき、会話をしている声が耳に届いた。
<今年も大会を勝ち抜いて、全国行きたいな>
<余裕だろ。全国でまた権藤さんに会いたいな>
<権藤さんは春風中にいたころよりも、相当に強くなってるから、白金は勝てるかな?>
<白金は、小学生時代から6連敗だからな、今回もかなり危ないと見てるぜ>
<おいおい、ウチの主将をもっと立てろよ>
<ハハハ>
その会話の内容に、隼人の額から薄っすらと汗が流れた。


(権藤さんって、あの権藤大三郎さんのことだろうか・・?
 それに春風中にいたとか、小学生時代とか・・権藤大三郎さんは昔はここに住んでいたのか・・?
 あの手紙に『金太へ』と書いていたけど、やはり昔からずっと仲のよい友達だったんだ)
──金太と権藤大三郎の関係。
ライバル以上、親友以下。なにもやましいことはない。
そう自分なりに解釈をして、納得をしようとした。
しかし先輩たちの会話は、隼人を少なからず動揺させた。
『権藤大三郎はただのライバルで、知り合いではない』という金太の発言がウソだとはっきりしたのだから。
なぜそこまで金太が、権藤大三郎のことを隠すのか、不安になった。


隼人は壁に背をくっつけて隠れるように、聞き耳を立てていた。
大河原たちの会話はさらに続く。
<そういえば、昨年の全国大会で、俺はチラッとすごいものを見ちまったんだ>
<え、なになに? また権藤さんが、白金をリョウジョクしたとか?>
<権藤さんが白金を部屋に連れ込んで、キスしたんだよ。
  声だけ聴こえたんだけど、すげー気持ちよさそうだった。2人のゴールインは時間の問題だな>
<へぇ、めでたくカップルになったら祝福しないとな。あの2人ならお似合いだ>
(なっ・・!)
先輩たちの会話に、隼人は目の前が真っ暗になった。
(白金主将と権藤大三郎がキスをした・・・。それって愛し合っているってこと・・・。
  主将は"男と男が愛し合うことなんて理解できない"と言っていたのに。
  本当はちゃんと理解してるんじゃないか。理解どころか、自分は男同士で愛し合っているじゃないか。
  オレには否定しておいて・・ひどい・・ひどいです・・あんまりだ!)
隼人の表情は青くなり、だんだんと呼吸が苦しくなり、そして全身が怒りで震えだす。
(オレの予感は正しかったんだ。
  ビデオを見ていたときから、権藤大三郎さんは、オレと同じ目で白金主将を見ていた。
  つまり、権藤大三郎さんは、白金主将のことが好きなんだ。
  そして白金主将は権藤さんのことを、ずっと隠していた。
  だから、権藤さんのことを言われると、妙にムキになっていたんだ。
  机の中に大切にしまっていた手紙は、権藤さんと付き合っている証拠だったんだ。
  ・
  ・
  そうだったのか・・。だから、主将はオレの告白を断ったんだ。
  男同士の恋愛なんて分からないとか、都合のいい理由をつけて。
  あんまりだ・・。そんなのあまりに酷いじゃないスか・・オレは勇気を振り絞って自分のことを話したのに、
  白金主将は本当のことを何も話してないじゃないか!
  オレ、めちゃくちゃ格好悪いッス・・バカみたいッス・・うっ・・ううっ・・)
いつのまにか隼人の目から、大粒の涙が溢れていた。




一方の金太はなにも知らぬまま、体育館の隅っこで準備体操をしていた。
これから始まる試合に対する不安はあったが、それ以上に南条隼人のことが頭から離れなかった。
(南条のヤツ、遅いな。立ち直って戻ってきてくれればいいんだけど・・。
 いや、南条ならば絶対に戻ってきてくれるはずだ。アイツは根性あるし、明るいヤツだから)
しかしその一方で、告白してフラれたショックの大きさも相当なものだろうと考えていた。
隼人の心の傷が癒えなければ、試合には来ないかもしれない。
もし隼人が試合に来なかった場合は、自分も主将としてそれ相応の責任を取らなくてはいけないと、金太は感じていた。


そして、もうすぐ開会式が始まろうとする時刻になったとき。
「白金主将!」
突然、金太の背後から大きな声が聴こえた。
その声は、体育館を突き抜けるほど大きな声だったが、
  騒然とした体育館内では、ほとんど聴こえずに打ち消されていた。
「白金主将!!」
「ん、南条・・?」
背後から声に金太の頬は緩んだ。
隼人が来てくれたことがうれしくて、笑顔で振り向いた。
そして、穏やかな顔つきで返事をする。
「南条、来てくれたんだな!」
だが、隼人の目は金太を睨みつけており、敵意を剥き出しにしたような雰囲気が漂っていた。



隼人の様子がいつもとは違う。
顔が赤黒く染まり、全身が怒りで震えているように見える。
金太は一瞬たじろいたが、優しく声をかけた。
「南条、間に合ったんだな。心配したぞ」
「ウソつき!」
「えっ?」
「やっぱり権藤大三郎さんと付き合っていたんだ! 主将はウソつきだ!」
「なに・・」
「めちゃくちゃ不潔ッス!」
「なにを言ってるんだ」
「オレ、今日は主将のためにがんばろうと思ってきました。
  だけどもうゴメンです。白金主将なんて大嫌いだ! 柔道なんてやめてやる! どうなっても知るもんか!!」
「お、おい・・」


隼人の目に大粒の涙が溜まっていた。
涙を手で拭い、「うわぁ」と叫びながら体育館を出て行ってしまった。
まるで、その場にすべてを捨て去るように。
金太は、いま起こった事態を整理できずに、ポカンと口をあけたままだった。
──なぜ自分がウソつきと言われたのか?
──なぜ自分と権藤大三郎が付き合っていると言い始めたのか?
理由は分からなかったが、飛び出していった隼人を追わなければいけないと感じた。
あの自暴自棄な様子では、なにをするか分からない。
(一体、なにがどうなってるんだ・・嫌な予感がするぞ・・止めなくっちゃ・・)
金太が急いで隼人のあとを追おうとしたとき、
  副主将の大河原たちがちょうど室内に入ってきて、肩がぶつかった。
「あ、白金。いま南条が飛び出していったけど、なにかあったんですか?」
「それは俺が聞きたいよ。大河原たちは開会式に出ていてくれ。俺は南条を連れ戻しにいくから」
「で、でも試合は開会式のあと、すぐ始まりますよ!」
「とにかく俺を信じてくれ。南条と一緒に絶対に戻ってくるから、メンバーは変えるな!」
「おい、白金! ちょっと・・」
金太は、隼人が走り去った方向に、一目散に駆け出した。


金太は体育館から外に出ると、キョロキョロと周りを見渡して隼人の姿を追った。
すると、炎天下の中を大きな柔道着姿が、遠くまで走り去っているではないか。
「待て、南条っ!」
金太は大声を出しながら、急いで後を追う。
(一体、南条になにがあったっていうんだ・・わからねぇ・・)
金太は頭を抱えながら、焦げるような暑さの中を、ひたすら隼人の後を追いかけた。
「南条、待つんだ!」
声を枯らして呼び続けてみるが、隼人が止まる気配は一向にない。
金太はただ、夢中で隼人の背中を追い続けた。




しばらく追いかけると、隼人は取り壊し中の建物に逃げ込むように入っていった。
「ハァハァ・・・やっと追いついたぜ・・」
肩で息をして、額を汗を拭う金太。
「おい、南条! そこにいるんだろ! 出てこいよ!」
建物の中にいる隼人に呼びかけてみる。
しかし、シーンとして中からは何も返事がない。
金太は仕方ないという表情をしながら、ゆっくりと建物の中に入っていく。
中に入ると、コントリートと鉄筋がむき出しになっていて、薄暗い。
ひんやりとした風が入る。
取り壊し中なのか、足場が悪い。
ツンとしたセメント独特の匂いが、あたりに充満していた。
崩れかかった不安定な階段を登り、2階の部屋らしきところへ入る。
薄暗くてよく分からなかったが、そこは埃っぽくて、無機質な白いコンクリートに四方を囲まれた部屋だった。
その奥には、まるで金太を待っていたかのように、南条隼人が立ちすくんでいた。


次回をお楽しみに(←ォィ)

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