金太君小説(第5部) (15)


追い詰められた隼人は・・?


登場人物

白金太郎。愛称「金太」。春風中学校2年生で柔道部の主将。

権藤大三郎。現在は東京に引っ越しており、明法大付属中の2年生で柔道部に所属。

南条隼人なんじょうはやと。柔道部の後輩で金太のことが好き。


──コンクリートに囲まれた空間。
その部屋は薄暗くてセメントの匂いが鼻についた。
穴から太陽の光が少しだけ差し込んでいるのか、太陽が隼人のシルエットを床に作り出している。
たった2人だけの空間に、金太は少し肌寒い感じがした。


だんだん目が慣れてくると、隼人の顔が見えてくる。
金太の目に映ったものは、うつむき加減で沈み込んだ表情の隼人の姿。
まるで死んだ魚のような目をしているが、時折、睨み付けるような眼光を感じる。
金太は数メートルの距離で、おもむろに口を開いた。
「南条、さっきはどうしたんだ?」
「・・・」
「昨日のことでまだ立ち直れないのか? 心配しなくても俺は一緒に柔道をやるから!」
金太はニコッと笑いかける。
数歩、隼人に向かって歩き始めたとき、返事が返ってきた。
その声は、先ほどの怒声とは全く違う、軽くて冷ややかな声だった。
「白金主将、ここなら邪魔をする人は誰もいませんね」
「えっ・・?」
「オレ、ようやく心が落ち着いてきました。
  昨日はずっと眠れなくて、涙が枯れるほど、泣きました。
  だって、オレは白金主将に"好きだ"と告白したのに、主将は"すべて無かったことにしてくれ"と言いました。
  "男が男を愛することを理解できない"っていわれたら、もうそれ以上は何も言えません」
「・・・」
「オレは心が痛くて張り裂けそうでした。今日も朝からずっと悲しくて、切なくて、泣くのをガマンしてました。
  柔道部をやめようかとも思いました。だって白金主将と顔を合わせるのがつらいから」
「南条・・」
「でも、いまは落ち着いているんです。どうしてか分かりますか?」
「・・・」
「この場所いいですよね。
  だって、この建物はボロボロになって崩れかけて、まるでオレの心と同じです。
  たとえ崩れたとしても、跡形が残らずに消えるだけです。いまのオレにはぴったりの場所です・・」
その言葉に、金太は寒気がした。
飄々と答える隼人からは悲壮感というより、なにか怖さを感じる。
すきま風に揺れる隼人の前髪が、いっそうそれを際立たせていた。


「南条、一体なにを言ってるんだ・・」
「なにって・・。ここでオレと白金主将の将来を決めたいんです。それがどういう形であれ・・」
「訳の分からないことを言うな! しっかりしろ!」
金太の気迫のこもった返事に、隼人は無表情で立ちつくした。
「そうです。白金主将はいつも威風堂々としていて男の中の男って感じで・・。
  だから、ずっと憧れていました。だけど、オレは知ってしまいました。白金主将の男らしくない部分を」
「なんだと・・?」
「とぼけないでください。主将はオレにたくさん隠し事をしていたじゃないですか。
  オレは昨日、自分の気持ちをすべて打ち明けました。『白金主将が好きだ、付き合って欲しい』って。
  すごい勇気が必要でした。いままでの人生で一番緊張したかもしれません。
  だけど、主将は"男同士の恋愛なんて理解できない"と断りました。
  そして逆に質問されました。"男同士の恋愛の先に何があるのか?"って」
「あ、あぁ・・」
「オレは、その質問に答えることはできませんでした。たぶん、他の誰も答えられないです。
  汚いッス。オレの質問を、答えられない質問で聞き返すなんて、最低ッス。
  それに、主将が"男同士の恋愛を理解できない"と答えたことがウソだと分かりました。
  ひどい話です・・。
  だから白金主将はオレの心を傷つけた償いとして、ここで俺にすべてを打ち明ける責任があります。
  まず、隠していることを全部話してください。権藤大三郎さんと過去になにがあったのかを。
  そして、これから権藤大三郎さんと、どうするのかを。
  その答えでオレはどうするか決めます。白金主将をあきらめるか、それともここで一緒に・・」
隼人の声は、いままで聞いたこともない、低くて暗いトーンだった。
怒りなのか、失望なのか分からないが、隼人がギリギリのところまで追い詰められていることは確かだった。



隼人の言葉に、金太はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ま、待て! 変な真似はするなよ! なんでも話すから・・」
「ならば、教えてください。権藤大三郎さんは恋人なんですか? どういう関係なんですか?」
「恋人じゃない。アイツはただのライバルだ」
その答えに、隼人はフゥと大きなため息をついた。
「まだオレにウソを言うんですか・・。ならばオレの知っていることを全部言います。
  白金主将の部屋に、権藤さんからの手紙がたくさんありました。オレはそれを読みました。
  そこには、<俺のことを嫌いになったのか>とか、まるで恋人のような文章が書かれていました。
  それに先輩たちが言ってました。昨年の柔道大会で、権藤さんと主将がキスをしたって。
  もう全部分かっているんです。それでもまだ主将はオレにウソをつくつもりなんですか?」
「ウソをつくだなんて・・俺と権藤は・・その・・」
「やっぱり答えられないじゃないですか! 権藤大三郎さんは主将の恋人なんですよね?」
「違う。俺と権藤は恋人じゃない。いろいろとあったんだ。俺とアイツには・・」
「いろいろってなんスか!」
「それは・・」


隼人の問いかけに対し、金太は視線を落とした。
そして、苦悩をした表情で隼人に返答をした。
「分かった・・。すべてを話すよ。リョウジョクって意味が分かるか?」
「わかりません・・」
「リョウジョクってのは、無理やりにエッチすることだ。恋愛感情抜きにな」
「権藤さんがリョウジョクをしたとでも?」
「あぁ。俺と権藤は昔から柔道のライバルだった。しかし、ある日権藤が俺にリョウジョクをしてきたんだ。
  ムリヤリにエッチをされて、俺はただ快感に流されて何度もアイツとエッチをしちまった。
  俺は権藤が自分と友達になりたいとばかり思っていた。
  しかし、本当のことは分からないまま、いつのまにか俺とアイツの間には奇妙な関係が出来上がっていたんだ。
  権藤は俺のことを愛しているといった。でも、俺は権藤のことが好きか嫌いか分からない。
  でも、俺は権藤とエッチだけしちまうんだ。よく考えると最低な関係だ。
  いまもその関係は変わっていない。俺にはまだ答えをだせないんだ」
「・・・」
「だから、南条に話したことはウソじゃない。
  俺は知りたいんだ。男と男の恋愛の先に何があるのかを。
  だから全国大会で、俺はもう一度権藤大三郎に会って、直接話したかったんだ。
  俺たちはこれからどうしたらいいのかを。これがすべてだ。どうだ、南条の納得する答えだったか?」
「・・・」


2人の会話は、コンクリートで覆われた部屋の中で、何度も反響していた。
その反響がなくなると、そこに待っているものは居たたまれないような静寂だった。
隼人はしばらく黙っていたが、反論するように切り返してきた。
「白金主将は真面目すぎるんです。男と男の恋愛の先なんて、どうでもいいじゃないですか。
  だって、オレが白金主将が好きなのは、理屈で説明できることじゃなくて"心"です。"気持ち"なんです。
  白金主将のことを考えただけで、胸が苦しくなるんです。
  こんなの言葉で説明できますか? 絶対にできないッス。
  だから、その答えを出してくれる人は誰もいません」
「俺にだって、分かるよ。好きになった子がいるから・・」
「分かるのならば、オレを受け入れてください。
  権藤大三郎さんと恋人じゃないのならば、オレと付き合ってください。
  オレは絶対に白金主将を振り向かせてみせます。オレのことを好きだと言わせてみせます。
  だって、オレは白金主将のためなら、なんでもできますから。オレの心は届くはず・・です」
「そんなのは幻想だ・・受け入れられない」
「どうしてですか!?」
「お前が男だからだ。権藤大三郎も、南条隼人も、男なんだよ。
  男同士の恋愛なんて、おかしいだろ? 
  たとえ好きになったとしても、男同士じゃ手をつないで歩けないじゃないか。
  周りからどう思われるんだよ。誰にも言えず、祝福もされないんたぞ。それでも付き合えるのか?」
「世間の目なんかどうでもいいです!」
「そんなんでいいのかよ・・。祝福されない恋愛なんておかしいじゃないか。
  だから、俺は男同士の恋愛にどうしても納得ができない。受け入れられない」
「・・・」
金太の頑として譲らない態度に、隼人はふっと大きなため息をついた。
表情がさらに険しくなっていく。


隼人は拳をギュッと握り締め、しばらくなにかに耐えているようだった。
そして、なにかを決心したかのように、金太を睨みつける。
真面目な声で、金太に向かって話しかけた。
「本当のことを言ってください。権藤大三郎さんを好きなんですよね?」
「そ、それは・・」
「答えられないってことは、白金主将は迷っているんですか?」
「・・・」
「白金主将は、言葉では男同士が愛することや、体を合わせることを否定している。
  だけど、本当は心の中では、見つけたいんです。男同士が愛し合ってもいい答えを見つけたいんです。
  そうすれば、権藤大三郎さんと付き合えるんだから」
「違う・・」
「いくら探しても答えはありません。だから、いまここでオレとキスしてください」
「なっ・・!」
「オレのことを抱きしめてください。そして唇と唇を合わせてください。
  そうしたら、きっと分かります。オレの想いが、白金主将の心の中に流れ込みます。
  オレが白金主将のことを好きなのは、理屈じゃないんです。それを分かってもらえると思うんです」
「それはできない・・」
「どうしてですか!?」
「もし、それをしたら、もう俺とお前は元の関係には戻れない。一緒に柔道することもできなくなる。
  だって、目と目が合ったらお互いに意識しちまう。お互い、エッチしたときの感触を思い出しちまう。
  いまならまだ間に合うんだ。もう恋愛のことは忘れて、一緒に柔道をやろう。
  俺は南条を柔道のパートナーとして、一緒に練習していきたいんだよ!」
「それって、全国大会で権藤さんと会いたいから、オレを練習相手にしたいだけなんじゃないですか?」
「そ、そんなことあるもんか」
「いや、白金主将は意識していなくても、心の中でずっと思っているんです。
  主将は、心の中で権藤大三郎さんのことが好きなんです。
  それが証拠に、主将は権藤大三郎さんにリョウジョクという卑劣なことをされても、
  権藤さんのことをかばいます。否定もしていません。
  むしろ、権藤大三郎さんと、もっと柔道したいから全国大会に行こうとしています。
  オレにはエッチしたら柔道はできないといっておいて、権藤さんとはエッチしても柔道できると言っているんです。
  矛盾してるじゃないですか・・・。
  白金主将は権藤大三郎さんと一緒にいたいと思っています。ただ、それを心で否定しているだけだ」
「ち、違うよ・・」
「違いません」


2人の会話はずっと平行線を辿るだけだった。
金太は男同士の恋愛を否定し、隼人はそれを肯定する。
お互い、納得する答えを導くことができないまま、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
金太も隼人も、お互いが意見を曲げることがないと分かっていた。
隼人は苦悩に顔を歪ませていたが、しばらくして、金太に厳しい視線をぶつけた。
「南条・・?」
「白金主将、オレからの最後のお願いです。
  もし、これを聞き入れてくれないならば、オレは柔道をやめます」
「なんだと・・」
「オレ、今日は本気で予選を戦いにきました。心はボロボロだったけど、主将のために勝ちたかったんです。
  勝てば主将と一緒に喜べるから・・。そしていつの日か、主将の気持ちがオレに向いてくれると思ったから。
  でも、それはもう叶わない夢だと分かりました。
  だから、この予選を勝ち抜くために、お互いのためになることをしませんか?」
「どういう意味だ・・?」
「主将は全国大会に行って、権藤大三郎さんと会いたい。
  オレは主将と恋人になりたい。だから、いまここでオレと体を合わせてください。
  体を合わせれば、オレは今日、先鋒として絶対に予選を勝ち抜いてみせます」
「バカなことを言うな!」
金太は隼人の提案に対して、体を震わせて怒鳴った。


隼人の提案に金太が怒気を漲らせたとき、隼人から冷静な声が届いた。
「ええ・・。オレ、自分で分かってます。自分がすごい嫌なヤツになっているって。
  でも、オレにはもうこれしかないんです。白金主将がオレを受け入れてくれないならば、
  ムリヤリにでも受け入れてもらうしかないんです。オレにはそんな道しか残されていない。
  オレは白金主将と体を合わせたい。白金主将とキスしたいんです。
  もうガマンできません・・。どうですか? これで主将もオレも幸せになれるんじゃないですか?」
「ダメだ。こんなことで幸せになれるもんか!
  お前が言っていることは、自分を幸せにすることではなくて、自分を貶めて不幸にすることなんだぞ!」
「どうしてですか!?」
「エッチしあう関係なんて、虚しいだけだ。だって気持ちはつながっていないんだから」
「権藤大三郎さんとはエッチできて、オレとはできないんですか!?」
「それは・・」
「やっぱり主将は、権藤さんのことが好きなんだ。気持ちがつながっているからエッチをしてしまうんです。
  白金主将は、本当は男同士の恋愛を理解できるのに、屁理屈ばかり並べて、
  オレの気持ちを理解しようとしてくれない。俺から逃げようとしています」
「そんなことはない・・」
「ならばエッチしてください。たとえ、気持ちがつながっていなくてもいいです・・」
「そのあとに、ただ寂しさが残るぞ」
「・・・。
  どうしてもダメなんですね。
  分かりました。白金主将の答えがノーならば、オレはもう・・生きていても・・」


隼人は生気を失ったかのように、グッタリとうなだれた。
そしておもむろにしゃがみ、近くにある細い鉄棒をそっと掴んだ。
「おい、南条!」
「白金主将・・いま、オレは目の前が真っ暗です。何も見えません。でも、もう苦しまなくて済みます・・」
そういうと、隼人は鉄棒を両手でしっかりと持ち、自分の喉元に向かって突き刺そうとした。
「バカなことはやめろ!!」
金太は瞬時に反応していた。
隼人が鉄棒を両手で握った瞬間から、隼人に向かって駆け出す。
そしてあっという間に近づいて、隼人の握っている鉄棒を、片手で叩き落した。
カランッと錆付いた音を立てて、鉄棒が転がる。
「なんてバカなことを・・。南条!」
金太は、隼人のことをしっかりと抱いていた。
両手を隼人の背中に廻して、呼吸が苦しくなるほどギュッと抱きしめて。
(白金主将・・!)
隼人は無意識のうちに、金太の背中に両手を廻して、金太の胸に顔をうずめていた。
「うっ・・うっ・・白金主将・・」
「俺のことをそんなにまで・・。お前、バカだよ・・。思いつめすぎだよ・・」
「オレの気持ち、主将に伝えたかったんです・・一度だけでいいから・・」
隼人は目に涙を溜めながら、ただ思いを伝えていた。
金太はしばらく隼人の瞳を見つめ、そして心に決めたように、返事をした。
「南条、一度だけだ。ただこれでもう戻れなくなるぞ。虚しさだけが残るぞ」
「かまいません・・」
隼人は目をそっと瞑る。
金太は、両手で隼人を強く抱きしめて、顔を自分の直前まで引き寄せる。
緊張した面持ちで、ゆっくりと隼人の唇に、自分の唇を重ねた。
(はむっ・・)
(うんっ・・白金主将・・)
甘くて、柔らかい金太の唇。
その震えるような感触に、閉ざされていた隼人の心は徐々に癒されていった。
いつのまにか、目から涙が零れ落ちる。
嬉しさと、後ろめたさが混じった涙だった。


ちょっと隼人のキャラが暗すぎますかね・・。

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