大二郎に助けられた太一だが・・?
登場人物
亀山太一。16歳の高校一年生で、デブで運動神経が悪いために、クラスから疎んじられている。
大(だい)ちゃんは、小学生のころから人一倍体が大きくて、力も強かった。
いわゆる、クラスのガキ大将のような存在で、誰も大ちゃんには逆らえなかった。
高校に入ってから、さらに身長が伸びて、いまは175cm以上はあるのかな?
僕よりも頭1つ分は大きい。
髪の毛は、ボサボサにしているけど、下半分は刈り上げていて、スポーツマンっぽい感じを出している。
大ちゃんは、横幅もけっこうあって、デブなんだけどガッチリしている。
柔道をするには、ちょうどいい体型っていえばいいのかな?
僕は脂肪がついた不健康な太り方だけど、大ちゃんの太り方は筋肉と脂肪がバランス良くついている。
中学生のときに、たまたま健康診断で大ちゃんの上半身の裸を見たときは、
ドキッとするほど胸の筋肉が逞しかった。カッコイイ胸板ってああいうのを言うんだろうなぁ。
僕もあんな風に逞しければいいのになぁ・・。
口には出さないけど、僕は大ちゃんに憧れてるんだ。
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太一は大二郎ににっこりと笑いかけて近づく。
すると、大二郎は突然、驚いたような声をだした。
「どうしたんだ、その顔のバンソウコウは!? まさかアイツらにやられたのか?」
「ち、違うよ」
「じゃ、そのアザはなんなんだ?」
「そんなに大声出すと、みんなに聴こえちゃうから・・・」
「かまいやしねぇ。言ってみろよ!」
「と、とりあえず、道場の裏で話そうよ・・」
「なんでだ?」
「いいから、早く!」
太一は、大二郎の背中を力一杯押して、道場の裏へと連れて行く。
どうやら大二郎は、太一とは違って、人生を平穏に生きようなんて発想はこれっぽっちもないらしい。
太一が目立つことが嫌いな性格は分かっているはずなのに、全員に聴こえるような大声を出す。
おそらく、根っからそういう性格なのだろう。
道場の裏に、隠れるように駆け込んだ太一と大二郎。
大二郎は山のような大きな体で、太一を見下ろす。
そして、尋ねてきた。
「太一、早くそのケガを説明しろよ」
太一がなかなか切り出さないのが不満なのか、大二郎は少し口を尖らせていた。
腕組みをして、ちょっぴり怖い顔だ。
しかし、太一は大二郎に対して臆することもなく、少し照れながら話しかけた。
「なんか久しぶりだね。大ちゃんとこうやって面と向かって話すのは」
「そんなことはどうでもいい。その顔はどうしたんだ?」
「実は、ボクシングで殴られちゃって・・えへへ」
「太一がボクシング?」
「うん。ちょっと痩せようと思って・・」
太一の言葉に、大二郎はなぜか少し目尻を吊り上げた。
大二郎は怒ったような口調で話してかけてきた。
「どうしてボクシングなんか始めたんだ?」
「えっ?」
「ボクシングなんて野蛮だろ。すぐにやめるんだ」
「違うよ。ボクササイズっていう痩せる運動のために・・・」
「痩せる必要なんてないだろ」
「痩せないと、クラスのみんなにイジメられるし、妹の美香も口を聞いてくれないし・・」
「太一がイジメられたら、俺が殴り返してやる。いつもそうだったじゃないか」
「う、うん・・でも・・」
「でも、なんだ?」
「いつまでも、大ちゃんに助けてもらうことはできないから・・」
「バカヤロッ。忘れたのか?」
「え?」
「俺は約束しただろ。ずっとお前のことを守ってやるって」
「う、うん・・」
大二郎の力強い言葉に、太一はなぜか心がドキドキとした。
そして、両手をこすり合わせてモジモジしながら、大二郎からスッと視線をそらした。
太一はしばらく黙っていたが、再び大二郎のことをゆっくりと見上げた。
そしてニコッと笑いながら、言葉を続けた。
「僕はボクシングを嫌々やっているわけじゃないよ」
「どういう意味だ?」
「そりゃ苦しいし、痛いこともあるけど、汗をかいたあとのご飯は最高においしいんだ」
「・・・」
大二郎は、太一の言葉になにやら眉をひそめている。
大二郎はその大きな手で、太一の両肩をギュッと鷲掴みにした。
「太一!」
「大ちゃん、痛い・・」
「お前はボクシングなんてする必要ないんだ。ケガしたらどうするんだよ」
「でも・・」
「誰がボクシングをやらせたんだ!? お前の妹か?」
「違うんだよ、大ちゃん」
「なにが違うんだ?」
「僕、生まれて初めて、自分の意思でやろうと思ったんだ」
「ウソつけ!」
「ウソじゃないよ。ボクシングジムには、蔵田さんっていうトレーナーがいて、
僕にボクシングを教えてくれるんだ。だから、安心してボクシングできるし・・・。
それにボクシングでかいた汗はとっても気持ちよくて、
夜はたくさん眠れるし、この間も遅刻しそうになっちゃって・・」
すると、大二郎は唾が飛ぶような大声で怒鳴ってきた。
「トレーナー!? 蔵田? ふざけんなっ!!」
「ひぃっ」
激怒して声を荒げる大二郎に、太一の表情は凍りついた。
いつも、笑顔で接してくれる大二郎。
だから、突然の怒声に、太一は驚いて涙目になった。
大二郎が怒る顔をみたのは、小学校のとき以来だろうか?
いや、大二郎が本気で怒ったのは、初めてかもしれない。
(大ちゃん、どうして怒ってるんだろう・・?)
太一には、大二郎が怒る理由がさっぱり分からなかった。
太一にとって、ボクシングは初めて自分の意思でやろうと決めたもの。
初めて、がんばろうと思ったもの。
まさか大二郎が、ボクシングに挑戦したことを怒るとは思わなかった。
大二郎ならば、がんばろうとやる気になった自分を、褒めてくれると思ったのに・・。
しばらくして、大二郎は僅かに震える太一の肩を、もう一度しっかりと掴んだ。
そして、視線をしっかりと太一に向ける。
「す、すまん・・・ごめんな。太一」
「大ちゃん・・?」
「でも、お前ががんばる必要はないんだ」
「大ちゃんも、僕ががんばるのを許してくれないの?」
「がんばるなら、ボクシングじゃなくて、もっと他にやることがあるだろう?」
「う、うん・・でも・・」
「約束だからな。俺がお前を守ってやる。だからボクシングなんて危険なことはするんじゃねぇぞ!」
キッパリと断言した大二郎は、背を向けて道場の入り口に向かって立ち去っていった。
その背中は、大きくて逞しくて、凛々しい感じがして・・。
太一はその背中を、ただ見つめるだけだった。
どうして大二郎が怒ったのか、理由も分からずに。
次回をお楽しみに。