千太君小説(5)


登場人物

千太キュンです。

山田さんです。

あの頃−
あの頃のボク
人じゃなくて物だった
ボクの体はボクのものじゃなかった
ボク以外の、みんなの・・
毎日が辛かった、毎日が悲しかった、誰にも相談できなかった
体だけじゃなくて心も限界だった
だからもう一人の自分を、何があってもニコニコしていられるもう一人の自分を創らなくちゃ自分を保てなかったんだ
そしてそのもう一人の自分が本当の自分なんだって魔法をかけたのに、ずっとうまくいっていたのに・・もう魔法は解けてしまった
ボク・・もう笑顔が作れないよ


「山田さん・・いま何を見てるんですか」
「?」
「いま見てるのはボクじゃないですよね」
「・・・」
「山田さんが見てるのは海野千太って記号の、ボクの入れ物なんだ!」
悲しくて涙があふれてきた、哀しくて言葉があふれてきた
「ボクの中にポッカリ穴が空いてて、何をしても埋まらなくて、ねぇ、穴をふさいでくださいよ」
「いまじっとしてたら、ずっとガマンしてたらいいんですか」
「ボクを見て下さいよ、ボクを見てくださいヨォ!」
「うわぁあアぁぁあァアア!」
後は嗚咽で声にならない
「千太・・」
山田さんの手が止まった
しばらく戸惑っていたみたいだけど上着をかけてくれた
「ごめん・・千太」


ボーっとした頭のままボクは部屋を出て行く
その時荷物につまづいて派手に転んだ、痛い
でもいくらか頭がハッキリしてきた
振り返ると、山田さんは頭をかかえて座り込んでる
「・・何だか放っておけないよ」
たった今ひどいことをされたのにそう思った
だって今の山田さんは泣きじゃくる子供のように見えるんだもん
「何とかしてあげたい」
ボクは部屋を後にした


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