千太君小説(6)


登場人物

千太キュンです。

山田さんです。

僕は何てことしてたんだろう
自分が傷ついたからって千太をそれ以上に傷つけただけじゃないか
結局僕は何も変わってない、ここでも駄目な奴ってことか・・
はは、こんなに苦しくて悲しいのに涙のひとつも出やしないや
あの頃とっくに涸れてしまったから・・


あの頃−
あの頃の僕は何をやらせても不器用な、いわゆる駄目な子だった
周りから向けられる、僕を否定する視線
「そんな目で見ないで 僕を見ないで!」
僕に存在価値なんてないってとことは自分でもわかっていたさ
それでも誰かにそれを否定してほしくて、でもかなうことなんてなくて、信じて、裏切られて、ついには親が僕を見る目も・・
残ったものは絶望
でも自分でこの世界に別れを告げる勇気すらないちっぽけな僕
あとは感情もなくただ惰性で生きているだけ・・
そんな時に鈴木さんに出会ったんだ
鈴木さんは暖かい目で僕を見てくれた
こんな僕を見てにっこり笑ってくれた
僕は今の僕だからこそ僕なんだと教えてくれた
生まれて初めて夢をみた、鈴木さんと一緒に生きていきたい、鈴木さんに必要とされたい
それから僕は必死に勉強した、夢をかなえるために、鈴木さんのそばにいられるようにそして今、鈴木さんと一緒にこの707にいるっていうのに・・もう、鈴木さんは僕を見てくれていない、必要としてくれてはいない んだ・・
僕にはもう、帰るところはなくなってしまった


「!? この匂いは・・コロッケ?」
顔を上げると、目の前に千太がいた
「誰でもおなかが空いてると思ってもいないようなこと言っちゃったり、思っていることが言えなかったりするんでよね」
そう言って僕に紙袋いっぱいのコロッケを差し出した
「君って奴は・・」
千太は笑顔を作ろうとしてるみたいけど・・全然笑顔になってない、胸が痛む
「ボクさっき気が動転して言いそびれたんですけど、その、ボク誰ともHなんて−」
「・・いいから」
「え?」
「・・もういいから」
「いや、でも」
「いいって!」
払った手が千太のコロッケを次々と床にころがす
「千太の・・千太のやさしさが痛いんだ・・」
「・・・」
「千太のやさしさが僕を苦しめるんだよ!」
僕はため息とともに思いを吐き出した
「・・・」
「もう、いいから・・ゴメン」
「・・残ったコロッケ、ここに置いておきますね」
「・・・」
千太が去った暗い部屋の中
「もう707にはいられないな」
たぶん千太は誰にも何も言わないだろう
でもそんな千太のやさしささえ今の僕には辛かった
それにどんな顔して鈴木さんと会えばいいやら・・
ふと、床に転がったコロッケを口にしてみる
「はは、今の僕には味なんかわからないや」
それ以上食べる気力すら湧いてこない
あれ? 周りの景色がかすんでいく
視界の端っこから暗闇が侵食してくる
「あぁ、いっそこのまま僕を闇の向こうへつれて行ってくれませんか・・」

−そして虚無−


戻る