ピンボールスタジアムに現れた真帆路(まほろ)の目的は・・?
登場人物
天城大地。巨漢だが繊細の性格な持ち主。真帆路との思い出が忘れられない。
真帆路(まほろ)。幻影学園のキャプテン。天城とは小学生のときに一番の友達だった。
箱野(はこの)。幻影学園のゴールキーパー。デブ専らしい。
幻影学園の選手たち。箱野に扇動されて集団で天城を襲う。
ピンボールスタジアムに突然現れた真帆路(まほろ)。
入口から中央に向かってゆっくりと歩いてきた。
その表情はいつもと変わらずポーカーフェイスだったが、なにやら全身から怒りのような気迫を感じる。
真帆路は少し距離を取ったところで、歩くのを止めた。
中央で倒れている天城、馬乗りになっている箱野、それを取り囲むチームのメンバー。
いま、グラウンドで何が起こっているのかを分析しているようだった。
一方の箱野は、この状況を真帆路にどう説明したらよいのか分からず、額に汗を流す。
急いで天城のお腹から飛び起きて、思わず顔を伏せた。
天城は膝まで降りたユニフォームを元に戻し、勃起したアソコが見えないようにゴロンとうつ伏せになった。
「真帆路・・!」
真帆路が現れたことを一番喜んだのは他でもない天城だった。
イジメられたときは、いつも真帆路が助けに来てくれる。
3年前はいつも真帆路に助けてもらった。
──天城をいじめるな!
もしかしたら、今すぐにそんな言葉をかけてくれるかもしれない。
(やっぱり真帆路は俺のことを心配してくれていたんだど・・!)
天城は涙ぐんだまま、嬉しくて思わず口元が弛んだ。
一方の箱野は、額に汗を流しながら、呟いた。
「真帆路、どうしてここに・・?」
真帆路は箱野を一瞥すると、全員に向かって問いただした。
「練習をしに来たに決まってるだろう。お前らこそ、どうして俺に内緒でここにいる?」
箱野は悟った。
自分たちが秘密でここに来たことが、真帆路にバレていることを。
真帆路はさらに詰め寄る。
「お前ら、どうしてここにいる?」
みなが押し黙ってうつむく中、箱野が一歩前に出た。
箱野は困ったような声で返した。
「その・・今日は個人練習の日だから、スタジアムで練習を・・」
「なぜ俺を呼ばなかった?」
「真帆路がいなくても、俺たちだけでコンビネーションができるように・・なっ、みんな?」
箱野の問いかけに対し、誰もうなづく者はいなかった。
真帆路はさらに険しい表情で尋ねた。
「おい、箱野。その中央にいる黄色のユニフォームの選手は誰だ?」
箱野はあわてて答えた。
「コイツは雷門のスパイっすよ。不法侵入したので厳格に処分していたところで・・」
「ウソをいうな。そいつは今度対戦する雷門の天城大地だ。何をしていたかきちんと説明してもらおうか」
いつも真面目な顔の真帆路が、さらに真顔で迫ってくる。
箱野は自分の全てが見透かされているような気がして、体をすくめた。
しばらくグラウンドに静寂だけが支配した。
だが、箱野は突然狂ったような声をあげた。
「ワーハハハッ、こりゃおかしい!」
箱野は大声で笑いながら、真帆路に向かって話しかけた。
「まさか真帆路がこのタイミングで現れるとはな。これも香坂の策略か?」
「香坂・・?」
「こりゃ一本取られたな。ワーハハッ」
突然、腹をかかえてゲラゲラと笑い始めた箱野に、真帆路も他の選手たちも一歩引いてしまった。
真帆路は箱野の豹変に驚きながらも、さらに問い詰める。
「香坂の策略とはどういう事だ!?」
「なぁ、真帆路? お前は天城大地と幼馴染なんだよなぁ?」
「そうだが・・」
「悪いが、お前の幼馴染は今日から俺のものになった」
箱野の得意気な顔に、真帆路はけげんな顔をする。
「何を言っている?」
「ハハハッ、全部話すぜ。香坂が天城大地をココに呼び出したんだ」
「香坂がなぜだ?」
「香坂は命令した。『天城大地が二度とサッカーできないように潰せ』とな」
その瞬間、真帆路と天城は表情を凍りつかせた。
小学生のときに、あんなに仲が良かった香坂が、仕組んだ罠だというのか?
真帆路は珍しく顔に緊張を走らせながら、口を開いた。
「香坂が・・そんなことをするか!」
「ウソじゃない。お前が香坂のことを無視するから、香坂が嫉妬したのかぁ?」
「・・・」
「香坂が『天城大地を潰せ』と命令したということは・・。なるほど、分かったぜ。
香坂は"真帆路が天城大地のことを好きだ"と感づいたわけだ。香坂を無視して男に走るなんて隅に置けないヤツだな」
「そんなわけがないだろう」
「まぁいい。真帆路と天城、そして香坂。お前ら3人に何があったかは知らないぜ。
だが俺は香坂に従っただけだ。責めるのならば、香坂を責めろ」
箱野の開き直った表情に、真帆路は口をつぐんだ。
箱野はさらに話し続ける。
「天城大地が俺のものになっても、文句はないよな?」
その問いに真帆路は憤然としながら、返事をした。
「お前はさっきから何を話しているんだ」
「俺は真帆路に了承を得ているんだぜ。お前の好きな天城を奪っても良いのかをな」
真帆路はイラついた表情で、返答をした。
「俺は別に天城を好きなわけではない。
それに自分が何をしているのか、分かっているのか?
天城大地は雷門の選手だ。このスタジアムに侵入したとしても、傷つけるような行為は許されない。
それにキャプテンである俺に無断で、全員を扇動したことも許されないぞ」
すると箱野はせせら笑う。
「正論を言うじゃねーか。たしかにお前は幻影学園のキャプテンだ。
しかしなぁ、俺は天城大地を気に入ったんだ。男として、男の天城大地が好きなんだよ。
もう一度聞くぜ。真帆路よ、お前は天城大地のことをどう思っているんだ? 単なる幼馴染だよな?」
箱野の発言は支離滅裂で、真帆路の質問に対して全く答えになっていなかった。
しかし、真帆路は箱野の質問に対して、答えに窮した。
「真帆路、まさかこのデブのことが好きなんじゃないだろうな?」
「しつこいぞ。男が男を好きなわけないだろう」
「だったらコイツを俺の好きなようにさせてくれよ」
「ダメだ。俺たちはサッカーで戦うんだ。不当な手段は用いない」
「いい子ぶってんじゃねーよ。
俺はサッカーで天城大地に勝ったんだ。お前のいうサッカーで正々堂々と勝負したんだぜ。それも罰するのか?」
「それは・・・」
「これから天城大地を俺の家に連れて行くぜ。そして好きなことをさせてもらう」
「そんなことが許されるかっ!」
「天城大地は俺に絶対に服従すると誓った。だから問題ない」
「うっ・・」
真帆路は箱野のとんでもない発言に対し、どのように答えてよいか迷った。
現場を見る限り、箱野たちが明らかに天城を傷つけたとしか思えない。
しかし、証拠はなかった。
それに天城が箱野に従う意思があれば、何も問題ないのではないか。
しかし、それ以前に・・・。
──天城が箱野に奪われる。
そう考えた時、いつも冷静な真帆路の心は穏やかではなくなった。
それがどうしてなのか、真帆路にも分からなかった。
真帆路が迷っているうちに、箱野はうつ伏せで様子を伺っている天城に視線を向けた。
天城は真帆路を涙目で、ぼんやりと見つめているようだった。
先ほどよりも、ずいぶんと顔つきが柔らかい。
おそらく、真帆路が助けに来たことで、安心しているのだろう。
(これはマズい展開だな・・)
箱野は策を講じようと、天城に問いかけた。
「おい、天城大地」
「・・・・」
「お前の大好きな真帆路が来たぜ」
「そんなこと、分かってるど・・」
「今の話は全部聞いていたよな。すべては香坂の罠だ」
「香坂がどうして・・!?」
「香坂は、『お前が真帆路を傷つけた』と言っていた。だから復讐したかったんだとさ」
「俺が真帆路を・・?」
「そうだ。お前は真帆路にとって有害な存在なのだ。お前がいると真帆路が苦しむだけだ」
「・・・・」
「真帆路のことは忘れろ。どうせ、お前は真帆路に嫌われているんだ」
「そ、そんなことないど・・」
「もし真帆路がお前のことを好きならば、いますぐに力づくでも助けるだろうぜ」
「うっ・・・」
「真帆路はお前のことが嫌いなんだよ。いい加減に悟れ。
そして今日から俺の恋人になれ。俺が弱いお前を守ってやる。真帆路に代わってな!」
箱野は仁王立ちになって、ニンマリと笑みを浮かべた。
天城は傷ついた体で、ゆっくりと立ち上がった。
そして、少し離れた距離にいる真帆路に視線を向けた。
「真帆路・・」
深く沈んだ表情で、真帆路に弱々しく告げた。
「真帆路、少しだけ話をしたいど・・」
真帆路はニコリともせずに、天城に無愛想に返事をした。
「なんだ?」
「俺のことが嫌いっていうのは、本当なんだど!?」
天城の質問に対し、真帆路は押し黙ったままだった。
「俺はいまでも真帆路のことが好きだど。ずっと友達でいたいど。ずっと一緒にいたいど・・」
「天城・・」
天城の素直な気持ちに、真帆路の表情が少しだけ反応する。
「俺は、真帆路のことを傷つけていたんだど・・?」
「それは・・」
「ここに来てくれたのは、本当は"俺のことを助けにきてくれた"んだど? 俺を守るために・・」
「なんだと・・?」
「違うんだど!?」
天城の何気ない言葉に、真帆路の顔が一変した。
睨み付けるような表情になった。
真帆路は真面目に口調で、天城に返事をした。
「お前はずっと変わらないな」
「え・・?」
「俺が助けないと、お前は何もできないのか」
「・・・・」
「男のくせにメソメソして、弱虫ですぐに俺に助けを求めて・・。そういうところが邪魔なんだ」
「ご、ごめん・・」
「自分で何も出来ないような臆病者が、フィフスセクターに逆らえるわけがない。
強い者には従うべきだ。でも、よかったな。これからは箱野がお前を守ってくれるそうだ」
真帆路は、自分が天城にとても冷たい言い方をしていると思った。
本当に伝えたいことは違う。
しかし、天城の甘ったれた言葉に、思わず言葉が出てしまったのだ。
「真帆路・・本気で言っているんだど・・?」
「お前が1人で何もできない弱虫だから、香坂が傷ついたんだ。もちろん俺にも責任があるがな」
「俺が弱いから・・?」
「そうだ。俺たちはもう二度と会わないほうがいいんだ」
──「二度と会わない」
真帆路の言葉が天城の脳内に、何度も響き渡った。
「二度と・・会えない・・・」
天城は表情をひどく沈ませて、わなわなと体を震えさせ始めた。
「現実を受け止めろ、天城」
「真帆路・・・」
天城はウツロな目をして語り始めた。
「俺は真帆路に嫌われていないと、勝手に思っていたど。
そう信じたかったから・・。
いつかまた、真帆路から声をかけてくると勝手に思っていた。でもそれは間違いだったど・・。
真帆路の言うとおり、俺は現実を受け入れるのが怖かったのかもしれない。
自分のことばかり考えていたから、真帆路も香坂も苦しんだんだど・・。
真帆路、ごめん。俺は平気で真帆路と香坂のことを、傷つけていたんだ」
天城の表情は、いままで真帆路が知っているどの表情よりも険しいものだった。
そんな天城の苦悩が、ヒシヒシと伝わってくる。
自分が天城をそこまで追い詰める権利はないのに。
出来ることなら天城を助けたい。
しかし、真帆路はその一歩が踏み出せなかった。
天城は苦しい表情で、真帆路に必死に気持ちを伝えてた。
「俺、受け止めるど。
真帆路も香坂も、3年間ずっと苦しんでいた現実・・。俺はいまごろ分かったど・・。
でも真帆路に知ってほしいど。俺も俺なりの苦しい現実を、精一杯乗り越えてきたんだど。
俺は鈍感そうだけど、俺だって3年間苦しんだんだ。真帆路に会えないことも苦しかったし、
雷門でレギュラーになるのだって、すごい大変だったんだど。ずっと努力したんだど。
俺は真帆路みたいにサッカーが上手くなかったから、人一倍頑張ったんだ。
だってサッカーをしていれば、真帆路ともう一回、会うことができると思ったからだど。
だから、俺の本当の気持ち、いまここで真帆路に伝えるど!」
「天城・・?」
「真帆路・・俺は真帆路のことが好きだど!」
「お前・・」
天城は先ほどまでの弱々しい表情から、精悍な表情に変わっていた。
それはやっと自分の苦しかった心を、真帆路に告白できたからかもしれない。
「俺は真帆路に嫌われても、もうクヨクヨしない。
二度と会えなくても悲しまない。
だけど俺は3年間で変わったんだど! それだけは見てほしいんだど!」
天城は突然、両手で拳を握り、その場で「うー」と地鳴りのするような声を出した。
「うぉぉっ!」
「「なんだ!?」」
その場にいる全員が、天城から発せられる"気"のようなものを感じた。
やがてその"気"のようなものは、天城の周りの空気を渦のように変えていった。
天城は歯を食いしばり、全身全霊をかけてただ真帆路のことを考えた。
まるで、自分の命をそのままエネルギーに変えるような、そんな"気"が渦を作り上げた。
「真帆路見てくれ!! これが俺が3年間、ずっと真帆路のことを想っていた気持ちだど!
そして、これからは自分のことは自分で守っていくど!
もう真帆路に守ってもらわなくても大丈夫だって、知ってほしいど!
真帆路も香坂も、もう苦しまなくていいんだど!! うおぉぉ!!」
天城が何かを叫んだ瞬間、周りにいた幻影学園の選手たちは、渦に巻き込まれるように吹っ飛ばされていた。
化身を思わせるような、想像を絶する気迫だった。
・・・。
真帆路以外のすべての選手は、空気の渦によって吹き飛ばされて気絶してしまった。
天城もすべての力を使い果たしたのか、その場にバッタリと倒れた。
次回をお楽しみに。次の話を読む