天城と真帆路の行く末は・・?
登場人物
天城大地。巨漢だが繊細の性格な持ち主。真帆路との思い出が忘れられない。
真帆路(まほろ)。幻影学園のキャプテン。天城とは小学生のときに一番の友達だった。
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ここはグラウンドの上だろうか。
いつの間にか、すがすがしい風が吹いていた。
とても気持ちいい。
草の香りが心に染み入るようだ。
──(おーい、天城)。
誰かが呼んでいるような気がする。
(うーん、眠いんだど・・・)
(天城っ)
(うーん・・)
(俺と遊ぼうぜ!)
(まだ寝かせてほしいど・・)
(いいから起きろって)
(うーん・・わかったど・・)
重いまぶたをゆっくりと開ける。
視界に入ったものは、少し汚れた白い天井の壁。
なんだか懐かしい感じがする。
「天城、気が付いたか?」
声の方向に視線を向けると、ぼんやりと赤毛の少年が目に入った。
いや、良く見ると少年ではない。
似ているが、もう少し大人になった青年。
心配そうにこちらを見つめている。
その表情を見て、心が温かくなった。
「真帆路・・?」
「天城、大丈夫か?」
「俺、まだ夢を見ているんだど・・?」
「ここは現実だぞ」
「本物の真帆路・・俺のことを、心配してくれてるんだど・・?」
真帆路は少し照れた笑いを浮かべ、ゆっくりとうなづいた。
「そうか・・よかったど・・」
天城は微笑みを返すと、気持ちよさそうに視線を天井に向けた。
──真帆路が隣にいてくれる。
たったそれだけの事実で、なぜか嬉しい気持ちで一杯になった。
胸に込み上げる感情を抑えながら、左右を見渡す。
小さな部屋。
天城は、この部屋に懐かしい感覚を覚えた。
自分は部屋の中央で、白い布団の上で仰向けになって寝ていた。
視線を下に向けると、まだ雷門のユニフォームを着ている。
黄色い上半身のユニフォームと、青い下半身のズボン。
天城はゆっくりと顔を横に向けて、話しかけた。
「俺、どうなったんだど・・?」
「お前、強くなったんだな」
「えっ・・?」
「ピンボールスタジアムで、お前がものすごい波動を起こしただろう? みんな吹っ飛んじまった。
幸いなことに全員ケガはなかったし、箱野もお前に恐れをなして、真っ先に逃げて行ったよ」
天城は真帆路の言葉を聞いて、ゆっくりと目を閉じた。
自分は先ほどまでピンボールスタジアムにいて、幻影学園の選手たちに暴行を受けていた。
その後、脱がされて、はずかしめを受けて・・。
そこに真帆路が来てくれた。
そして、真帆路に自分の気持ちを伝えるために、自分の命を削るような、なにか大切なものを投げ打ったのは覚えている。
そのあとのことは覚えていないが、幻影学園の選手まで傷つけたとは知らなかった。
サッカーをする者として、彼らにすまないことをしたと天城は思った。
天城はゆっくりとまぶたを開き、もう一度部屋を見渡した。
少し汚れた天井、茶色のフローリング、勉強机、小さな窓ガラス・・。
そして、とても懐かしい部屋の匂い。
「ここは・・まさか・・?」
「俺の部屋だ」
「俺のことを運んできてくれたんだど!?」
「偶然にフィフスセクターの事務員が来たので、気絶したお前の巨体を俺の家まで運んでもらった」
まさか車に乗せられて、病院ならぬ、真帆路の家に運ばれたとは夢にも思わなかった。
「でもどうして真帆路の家に・・?」
「お前にきちんと話さなくちゃいけないと思ってな」
「きちんと・・?」
「あぁ。すべては"あの日"に俺の部屋で始まったことだからだ」
真帆路の発言に、天城はゴクリと唾を飲み込む。
「いま、"あの日"って言ったど?」
「あぁ」
「"あの日"のことを覚えているんだど!?」
「昨日、公園で話したときは、"覚えていない"とウソをついた。すまなかったと思っている」
「うれしいど・・真帆路が"あの日"のことを覚えていてくれて・・」
天城がずっと忘れられなかった"あの日"のことを、真帆路も覚えていてくれた。
それだけで天城の心臓が高鳴った。
「でも、どうしてウソをついたど? 曲がったことが嫌いなお前がどうして・・?」
真帆路はその問いかけに、目を閉じて深い溜息をついた。
真帆路はゆっくりと語りだした。
「俺は弱かった。現実を受け入れなれなかったのは俺のほうだったんだ」
「どういう意味だど?」
「あの日のこと、まだ覚えているか?」
真帆路の問いかけに、天城はキッパリと答えた。
「もちろんだど。俺はイジメっ子たちに公園で囲まれたときに、
『天城をイジメるな!』って真帆路が助けてくれたど。俺、あのときはすごいうれしかったど。
真帆路の背中がとても大きく見えて、一生の友達でいようって決心したんだど」
「そうか・・」
「助けてくれた日、真帆路の部屋に、つまりここに連れてこられたんだど。
俺、とてもうれしかったど。真帆路の部屋を見たのも初めてだったし、
あのときの真帆路の言葉がとてもうれしかったんだど。イジメられていたけど、全部忘れるくらい嬉しかったど」
「俺は何て言ったか覚えているのか?」
「当たり前だど! 忘れるわけないど!」
真帆路は、自分を納得させるかのように話し始めた。
「そうだ、俺はあのとき、こう言ったんだ。
俺は"お前のことが好き"だと。俺は男であるお前に対して告白した。
お前とずっと一緒にいたい。お前のすべてが欲しい。お前のすべてが知りたい。
お前のことが抱きたい。体を触らせてほしい。俺は・・自分の欲望をお前にぶつけてしまった」
そこまで語ると、真帆路はゆっくりと立ち上がり、夕陽が落ちる窓に視線を送った。
「あの日、俺はお前のすべてを知った。
お前の心の優しさ、お前の柔らかくて溶けるような体の感触、熱い息遣い、唇の感触・・俺は全部知ってしまった。
あんなことをして、俺はお前のことを傷つけたのではないかと、不安にもなった」
天城は真帆路の話に呼応するかのように、上半身を起こして訴えた。
「そんなことないど。俺はうれしかったど。
真帆路に俺の色んなところを触られて、すごい気持ちよかったど。
真帆路が太っているほうがいいっていうから、あれからもっと太ったんだど。
だって、俺はいまでも真帆路のことが・・・」
そこまで言うと、天城は顔を真っ赤にして、口をつぐんだ。
真帆路は窓に視線を送ったまま、語り続けた。
「あの日、お前が帰った後に、俺は自分の行為に嫌悪した。
お前のことを考えただけで、俺の胸は張り裂けそうに痛くなる。
どうして男である俺が、天城大地に恋愛感情を抱くようになったのか。
分からなかった。
どうして"男を好きだ"なんて、お前にとんでもないことを告白してしまったのか?
俺は自分が怖くなった。男が好きなんて、普通に考えれば異常なことだ。
俺は自分が"男である天城大地を愛している"という事実から逃げ出したくなった。
そんなことがあってはならないと。
だからイジメの矛先が俺に向いたことを良いことに、お前を俺の視界から消した。
大好きな天城大地から逃げしたんだ。
香坂には「天城と仲良くするとイジメの矛先がまた天城に向くから」というもっともらしい理由を話した。
しかし本当は、天城大地に恋愛感情を抱くことを恐れたんだ。
わざとお前を無視して、お前を遠ざけて、現実を逃避しようとした」
真帆路は声をしぼりだすように話していた。
天城は真帆路から語られた衝撃の事実に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
真帆路は天城に視線を戻した。
そして天城をまっすぐに見ながら、真剣に話した。
「今日だって、俺は逃げようとしていた。
俺がグラウンドに到着したとき、箱野たちがお前を好き勝手にしていた。
俺は動揺した。そして助けようか迷った。
助けるのが当たり前なのに・・。
3年かけて、やっと天城大地のことが吹っ切れそうだったのに、もし助けたら・・。
お前の優しい笑顔を見たら、俺はまた天城大地のことを忘れられなくなってしまう。
だから、躊躇した。そしてお前のことを"弱虫だ"といって非難した。最低だ」
「真帆路・・・」
「だが、お前が最後に見せたあの"波動"のような力はなんだ?
お前は俺や香坂のために、あんなに傷ついてボロボロになって、それでも必死に俺のことを考えてくれて・・。
俺は一体なにをしているのかと、情けなくなった。自分の弱さに情けなくなった。
天城、本当にすまなかった。すべてをお前に押し付けて、俺はずっとお前のことを傷つけていた。本当にすまない・・」
「・・・・」
「俺は本当のこという。俺はいまでも天城大地のことが大好きだ。もうウソをつきたくない。
お前を守ることすらできなかった俺を、もう一度受け入れてくれるか・・?
今さらこんなことを言って、虫がいいのは分かっている。だけど、いま言わなければ俺は一生後悔してしまう」
いつも表情を顔に出さない真帆路が、握った拳はわなわなと震えせていた。
天城が初めてみる、真帆路の苦悩に満ちた表情だった。
2人のあいだに、しばらく静寂のときが流れた。
お互いに次になんと切り出してよいのか、困ってしまったのだ。
しかし、天城はゆっくりと静寂を破った。
「真帆路、本当のことを言ってくれてありがとう。
俺はずっと真帆路のことを友達だと思っているど。3年間ずっと忘れたことはなかった。
それに真帆路は弱くなんかない。理由はどうあれ、イジメの矛先を自分に向けて、
俺を守ってくれたことは事実なんだど。そんなことは強い意思がないとできないことだど」
「天城・・」
「俺は真帆路とずっと一緒にいたい。ただそれだけだど。
守るとか、守られるとか、そういうことはもういいんだど」
2人は自然に微笑んでいた。
ずっと溜めていたモヤモヤを吹き飛ばすような、決して大きな笑いではない。
だが、小さな微笑みでも十分だった。
次回をお楽しみに。次の話を読む