大塚に暴力を振るった柔道部員を、説得しようと試みる太一だったが・・?
登場人物
亀山太一。温厚な性格だが、メタボでノロマな事からクラスでは一人ぼっち。
空はだんだんと暗くなり、部活動も終わりの時間に近づいていた。
太一は教えてもらった通り、体育館の裏手にある道場へと向かった。
(柔道部の山下さん・・どうして大塚くんに暴力を振ったんだろう?)
柔道部の山下という男が、大塚にケガをさせた張本人らしい。
柔道とボクシング、形は違えど同じスポーツをする者として、話せば分かるはずだ。
しかし、一体なにを話せば説得できるのか、太一に妙案があるわけではなかった。
ただ、なんとかしたいという気持ちが、太一の体を動かしていた。
体育館では、バスケットボールの練習をしているのだろうか、中の照明は明るい。
しかし、体育館の裏手に進むにつれて人影はなくなり、ジメッとした風が吹いてきた。
太一は体育館の脇を沿って進み、一番奥を曲がる。
すると視界にポツンとした建物が見えた。
柔道の道場は昔ながらの木造の平屋建てで、体育館の影に隠れるようにたたずんでいた。
それほど大きい建物ではない。10人くらいが練習できる程度だろうか?
周りが一段と暗くなり、気味が悪い感じがする。
太一はゆっくりと道場に近づいた。
(なんとなく入りにくい場所だなぁ・・どうしよう・・)
道場の中はほんのりと明かりがついているので、人はいるようだ。
しかし、先ほどの体育館のような元気の良い声はしていない。
"柔道部"という響きから、きっとガタイのいい男たちが中にいることは、容易に想像できる。
──怖い。
──なにを話したら良いのか分からない。
太一はぶるっと武者震いをする。
心臓がドキドキする。
しかし道場の中には、大塚とケンカをした"山下"という人がいるかもしれないのだから、引き返せない。
あれこれ迷っていた太一だが、ふぅと大きく深呼吸をする。
(ボクが大塚くんにできることは、相手を説得することなんだ。がんばらないと・・)
太一は気合を入れて道場の扉をくぐり、中に入っていった。
道場の玄関から中に入ると、そこには3人の柔道着を来た男たちがいた。
練習をしている様子はなく、あぐらをかいて座って何やら話をしている。
すでに練習時間は終わっているらしい。
そっと中の様子を伺っていた太一の耳に、男たちが話している会話が少しだけ聞こえる。
<山下、職員室に呼び出されたって本当かよ?>
<大塚のヤツ、チクったのか?>
<ボクシングなんて、くだらなすぎるぜ>
<どうせプロのライセンスって、誰でも取れるんだろ?>
会話の内容から察するに、間違いなく"山下"という男がいる。
そして、わずかに聞こえる会話に、太一はだんだん怒りがこみあげてきた。
大塚のことをバカにするのも許せないが、ボクシング自体を否定することがもっと許せない。
太一は自分でも知らぬ間に道場に入り、そして3人の男たちに叫んでいた。
「大塚くんにケガをさせた山下さんって、誰なんですか!?」
道場に響く太一の怒り声。
3人の柔道部員は、驚いたように一斉に太一の方向に振り向く。
そして、リーダーと思われる1人の大きな男がゆっくりと立ち上がった。
「なんだ、てめーは?」
怒りで顔を赤くしてカッと目を見開いている太一に、1人の男が近寄ってきた。
その男は身長が180cm近くあるだろうか、太一が見上げるほどの巨漢だ。
太一はハッと我に返り、慌てて口を両手で塞ぐ。
そして真っ赤になって、オロオロとしながら後ずさりした。
「いや、その・・・」
「初めて見る顔だな。北高の制服じゃないし、随分と太っているな。中学生か?」
「ち、違います。亀山太一といいます・・」
太一は額に汗を滲ませながら、質問と全然関係ない受け答えをしていた。
相手の迫力に圧倒される太一。
目の前にいる柔道部員は太一が見上げるほどの背の高さで、
体格も骨太でガッチリとしており、頭はスポーツ刈りにした、いかつい男だった。
太っているというよりは、ガッチリしている。
顔はブルドッグみたいな、噛み付きそうな感じ。
(この人、すごく怖い・・どうしよう・・)
最初の威勢はどこへやら、太一は目の前の巨漢の迫力に、すでに飲まれていた。
出鼻をくじかれた太一に、男が話しかける。
「ふーん、太一くんって言うんだ。ずいぶんと威勢がいいな。
よく見ると名前も顔もカワイイじゃねーか。それで柔道部に何の用だ? 大塚がどうのこうのと言っていたが」
「そ、その・・・山下さんっていう人を探しているんですケド・・」
「山下は俺だ」
鋭い目で睨み返されて、太一は血の気が引くのが分かった。
まさか、目の前の巨漢が山下で、彼が大塚にケガをさせた張本人だなんて・・!
(どうしよう・・・この人を説得するなんてムリだよ・・)
今度は山下から話しかけてきた。
「大塚にケガをさせたのは俺だぜ。なんか文句でも言いにきたのか?」
「いえ、あの・・」
「はっきりしないヤツだな」
「・・・」
「ちなみに、太一くんは大塚の何? まさか付き合ってんの?」
「付き合ってるって・・ボクは男です!」
「じゃ、太一くんって相方いるの?」
「いいえ・・ってボクのことはどうてもいいんですっ」
「それじゃ、太一くんは大塚の何なんだよ」
その質問に太一は両手の中指をツンツンとさせながら、返事をした。
「・・友達です」
「は?」
「だから、友達です・・」
しばらく道場が静まったあと、3人の部員が一斉に笑い始めた。
<アーハハハッ、冗談だろ?>
<大塚と友達だってさ、ありえねーな!>
<でもコイツ、真面目な顔して言ってるぜ>
腹を抱えて笑っている部員たちを見ているうちに、太一はだんだん腹が立ってきた。
少しだけ目尻を吊り上げて、叫んだ。
「な、なにがおかしいんですか!?」
憤然とする太一に、山下が口を開く。
「大塚と友達だぁ? 俺は大塚が友達と一緒にいるところを見たことねぇぜ。
いつも1人でムスッとして愛想がねぇし、ガン飛ばしてくるわ、ケンカ売ってるとしかおもえねーしな。
"お前らとは生きている世界が違います"みたいなオーラが全開じゃねーか」
「そ、そんなことありません!」
「友達なら、大塚とどういうこと話してるの、太一くん?」
予想だにしない質問に、太一は「うっ」と答えに窮した。
返答ができずにまごつく太一の姿を見て、山下はくくっと笑いをこぼした。
「やはりな。太一くんはお友達じゃなくて、大塚のパシリだろ? ケンカは弱そうだし」
「ち、違います! ボクシングの友達です!」
「ボクシングだぁ?」
「そうです。一緒のジムでボクシングをやっているんです」
「へぇ・・。ボクシングをやっている体型には見えないけどな。このでかい腹でか?」
山下は太一の豊満な胸やお腹を、舐め回すように視線を送った。
ほかの部員も、太一の体型を見てククッと笑いを堪えている。
みなの視線に耐えられず、太一は思わず「ううっ」とたじろいだ。
デブな体型をコンプレックスに感じている太一にとって、ジロジロと見られることは耐えがたい恥辱なのだ。
「それで、太一くんは俺に何の用なんだよ?」
緊張した面持ちでうつむいている太一に、山下が話しかけた。
「それは・・その・・」
「ボクシングの友達なんだろ? まさか俺と勝負しにきたわけ?」
「いえ・・」
太一は困ったように頬をかきながら、ソッと視線をあげる。
そこには仁王立ちをして、余裕の笑みを浮かべた巨漢の山下。
(ど、どうしよう・・説得なんてムリだよ・・)
山下の迫力に、太一はゴクリと唾を飲み込む。
(すごい怖いけど、大塚くんに手を出さないように説得しなきゃ・・。ここまで来た意味がないじゃないか)
弱気になった太一だが、覚悟を決めてグッと下唇を噛む。
そしてカラカラに乾いた喉で、必死に声を振り絞った。
「あの、山下さん、どうして大塚くんに暴力を振るったんですか?」
太一の質問に山下は腕を組み直し、ヘヘッと薄笑いをして返事をした。
「大塚が生意気なんだよ。俺たちは目が合えばケンカっていう関係だしな」
「そんなの理由になりません・・」
「そもそも、アイツがガン飛ばしてくるんだ。大塚が悪いんだぜ」
「大塚くんはそういう顔をしているだけで、悪気はないんです」
「ならば、大塚のほうが問題だろ」
「・・・。大塚くんはプロテストに合格して、素人には手をだせないんです。だから暴力はやめてください」
「そんなこと俺が知るか」
「山下さんだって柔道部なんだから、相手にケガをさせたら・・その・・まずいんじゃないですか?」
「なに!?」
突然山下は、太一のシャツの胸ぐらを掴んで自分の手元に引き寄せ、睨みつけた。
顔と顔が数十センチの距離。
どうやら太一の発言が、山下の痛いところを突いたらしい。
「ひぃ・・ぐるじい・・・」
「てめー、カワイイ顔して、俺にケンカ売りにきたのか?」
「ち、違います・・。山下さんにお願いにきたんです・・」
しばらく太一を睨んでいた山下だが、シャツをスッと放す。
太一は畳にドスンと尻餅をついて、ゴホゴホと咳き込みをした。
「しかし驚いたな。大塚にこんなイイ友達がいるなんてよ。大塚はいつも学校では1人だから、
てっきり友達なんて誰もいないと思ってたのに。こんなカワイイ子と友達だなんて、嫉妬してきたぜ」
「・・・」
太一はいままでの会話で思った。
(まさか大塚くんに友達が1人もいなかったなんて・・。信じられない。
学校では誰とも話さず、お昼も1人で食べているのかな。それで学校が終わるとボクシング・・。
それって、ボクの今の生活と同じじゃないか。
大塚くんも、ボクと同じ・・。
ボクシングのことだけを考えて・・だからボクシングをしていれば友達なんか要らない・・?
でも、ボクとは何かが違う感じがする。
ボクは周りから無視されているけど、大塚くんは自分から友達を拒んでいる・・?
もしかして、大塚くんも・・)
太一がボッと考え事をしていると、再び山下が話しかけてきた。
「ねぇ、太一くん。条件次第では、大塚に手を出さないでやってもいいぜ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。しかも簡単な条件だ」
「あ、ありがとうございます!」
先ほどまで怒っていた山下だが、
なぜかスムーズに事が運んでしまい、太一は少し拍子抜けをした。
第6話に続きます。次の話を読む